099.街を襲う影
控えめに言って、現状は最悪の部類だった。
溶岩竜がこちらに来ていないだけ、まだ現実的な最悪、かしらね。
『祈りは欠かさずに! 来るわよ!』
「イアちゃん!」
大事な家族の声にそちらを向けば、草原を駆けてくる小さな影、影、影。でもそれらが実はそこそこの大きさで、近くに来ると厄介な相手だということを私だけじゃない、街の皆のほうが良く知っている。
お騒がせなドワーフ、ウィンスと共に街に逃げる彼らに追いつき、一緒に街へと飛び込んで間もなく。
遠くでお兄様と竜たちとの戦いが始まったことを否応なしに感じた。あれだけの咆哮を響かせる存在なんて高位竜ぐらいしかいないもの。
時に、強い存在の行動は弱い者たちを狂乱の渦に叩き込む。現状はまさしくそれだった。
溶岩竜と火竜が暴れていること、そしておそらくお兄様が暴れ始めたことによる竜種の気配の変化。
それは周辺の動物や魔物へも大きく影響を与え、今、まさに今アースディアへとその影響を受けた魔物達が迫っていた。
特に目的もなく、圧倒的な力の持ち主に恐怖し、闇雲に走っているのだ。ただその先にこの街があるというだけの事。
「なんて数じゃ……障壁が間に合わんかったら終わりじゃった」
古ぼけた斧を手に、老ドワーフの1人が私の横で呆然と呟く。目の前の光景が信じられないというのは気持ちはわかるけど、今は後。
少しでも戦えるなら数を減らさないと後々危ない。
『ほら、おじい様。1匹でもあいつらを減らさないと』
「おお、そうじゃな。ようし、いっくぞ若いもんがああ!」
叫んでおじいさんは障壁ぎりぎりにぶつかってきている魔物、ラプトやその亜種、そのほかの獣や魔物などへと切り込んでいく。
他の面々も、それぞれに組を作って討伐に向かっているはずだ。
「イアちゃん、どうするの?」
『私たちはこのまま支援と火竜の警戒よ。カーラ、来てる?』
心配そうに私を見上げるミィを抱き寄せて、その背中をごく自然に撫でる。色々と、確認しておく必要があるのだ。
(うん、この調子なら……行けるわね)
『ガウ! ガウ!』
ゆっくりだけど、そうカーラから伝わってくる。他でもない、火竜の気配。
あの火竜がそこまで器用かは別として、もしかしたらカーラの事も感じ取っているかもしれない。
そうでなくても、近くの集落を襲うことは十分に考えられる。
竜にとって、魔法を使える生き物は手っ取り早い魔力の補給源に他ならないのだから。
周辺の魔物をちまちま食べるぐらいなら……と考えそうなぐらいには効率が違う。
「イア、ごめんね」
『ルリアが謝ることなんて何もないわ。やれることをやる、それだけでいいのよ』
一人、力不足で後衛に回っていることを恥じるようにうつむくルリア。
私としては何ら問題を感じないのだけど、当人にとってはそうはいかないみたい。
お兄様にしてみれば、帰る場所を守ってくれる人もいてほしい、と思っているんじゃないのかしらとは思うのよね。
段々と、障壁の外に倒された獣や魔物の屍が積み重なっていくのがここからでも見える。
『二人とも、どんどん打ちなさい』
「うん。でもミィは魔法じゃなくていいの?」
そう、今ミィは借りた弓を使ってとにかく矢を打ってもらっている。本当は私も含めて魔法を撃ちつづけている方が今迫っている奴らを倒すには効率がいいのは間違いない。
エルフにかつてと今の魔王の魔法なんだもの、他に代わりなんて効かないわ。
そうしてるうちに……ほら。
『ガウ!』
『ええ、来たわね……お兄様が逃がしてくれたのか、溶岩竜が厄介だったのか。
ここはお兄様が信じて見逃した、と思うことにしましょうか』
カーラをミィの方へと押し出し、私はふわりとドワーフの指揮を執っている壮年のドワーフの元へと舞い降りる。
この緊急時でも慌てずに防衛の指示を出しているなかなかすごいドワーフなのよね。
『あいつが来るわ。どうするの、逃げる?』
「そうか……お前さんたちは逃げてくれ。我々はこの街を守る!」
彼の言葉に嘘はないように思えた。しっかりとした意志が瞳にあったからなのだけどね。
だから、私も首を横に振って答えとした。
『いいえ、私たちも戦うわ』
「馬鹿な、命を無駄にすることはない!」
現に子供たちは既に港に避難している、そう叫ぶ彼は本当にこちらを心配しているようだ。
今もなお迫る魔物達の体当たりで、街を守る白蛇様の障壁は確実に薄くなってるというのに……あきらめていない。
『貴方達はラプトや魔物だけを相手にして頂戴。あいつは、私たちがやるわ』
「何を!?」
出来るだけ、そう出来るだけ余裕を浮かべた笑み。
そのまま私は大地の底に祈りを捧げ、その力を借りる。ドワーフを見守り続けた、白蛇様の力を。
もう一度つながりなおすのは大変な時があるけど、お兄様が少し前につながっていたのは見ていた。だから、今度は私がその道をたどるだけ。
でも今回は戦うためじゃない、白蛇の加護はここにあり、と示すための光。
私の足元から白い光と、幻影のような白蛇様に似た半透明の肌が産まれ、それはそのまま私を包み込んでいく。
『始めるわ。お互いに頑張りましょう』
呆然とする彼をおきっぱなしにして私は飛び上がり、ミィ達の元へ。ルリアが護衛のようにそばに立つ中、ミィは集中して魔力を巡らせていた。
『ミィ、いきましょ。カーラもね』
「うんっ。お兄ちゃんの期待に答えなきゃ!」
叫ぶミィの手を取り、そっと意識を合わせる。ミィの魔王の力を呼び出すために二人で決めた合図。
私は……ずっと、一人きりだった。
大地を蹴る足も、空を飛ぶ翼も。火を生み出す指先も、何もかも。
でも、今は違う。
お兄様にミィ、ルリア、カーラという本当の家族がいる。今……この力は、誰かのために使えるのだ。
そのことに私の心がざわめく。もしかしたらそれは前の私の現状への嫉妬かもしれない。
『ルリア、街を頼むわね』
「わかった。一番前で、見守ってる」
自分が前に出られない悔しさを隠そうとしないルリア。私にも気持ちはよくわかる。
気持ちだけあってもダメなことが嫌すぎるほどわかるんだもの。
「いいよ、イアちゃん」
渦を巻くように体の中で魔力を練っていたミィの体からほのかに赤い光が漏れてくる。
他でもない魔王の、力。周囲から視線が私達に集まってくる。白い私と、赤いミィ。
お互いに手を取り合い、尋常じゃない気配になっているはず。
間にカーラが浮いてるのが少しばかり、おかしいかしらね。
私を見たドワーフたちはその白蛇様の姿を確認してくれるはず。
つまりはこの戦いは私たちが勝手にやった物ではなく、白蛇様の力を借りたドワーフもともに戦う戦いなのだと。
ついに火竜が視界に見える距離に近づいてきた。草原を走る魔物達も必死な様子だ。
当然よね、後ろからあんなのが飛んでくるんだから。
お兄様に切られたのだろう、右の翼はほとんど動いていない。かろうじて、左の翼に展開した魔法で浮いているような物だわ。
だからこそ、この街を襲って魔力を補充しようとしているわけよ。
『させるもんですか』
呟いて、カーラを抱えたまま建物の屋根を蹴り、火竜へと向かう。
見る間に近づいてくる火竜の姿。パッと見は巨体に宿る気配も合わせて、勝てるはずもないと思わせる迫力がある。
だけど、ね。
お兄様がこちらに来るのを良しとしたなら……それは私達なら勝てると思っているということ。
私達のまとう気配に火竜が驚いているのが良くわかる。
これでもカーラはよく観察していたんだもの。竜の表情ぐらい読めるようには勝手になるわ。
『ミィは左!』
「うんっ!」
弾けるように左右に分かれて大地に降り立つ。中央には体を戻すべく力を集中しているカーラを残し、私とミィは打ち合わせ通りに自身の魔力を練り、力として発動させる。
「『母なる海よりいでよ、大地の始まり! グレイブアッパー!』」
偶然に、お兄様と同じ行動をとったことを知ったのは、戦いが全て終わってからだった。
私達……勇者の妹達の戦いが、始まる。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。