表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/184

009.兄、決断する。

妹成分が少なめですがご了承ください。

 

 その日、村は吹雪に包まれていた。それ自体は不思議なことじゃない。

 季節が冬である以上、悪天候と言う物は当然あり、その日もそうだと思っていた。

 ルフスが家に飛び込んでくるなり、叫ぶまでは。


「ラディ、アンナ達は来てないか!?」


 既にあちこち走り回った後なのだろう、ルフスは汗だくで、足元は雪解けのせいだろう、泥だらけだ。

 アンナとは彼の親戚となる子の事だ。名前からわかるように、女の子。

 確か灰色とも銀色ともわからない色合いの綺麗な毛並みの子だって、ちょっと待て。


「来てないぞ。……帰ってないのか」


 焦りが見て取れるルフスを少しでも落ち着かせようと、敢えて冷静に問いかけるとルフスは上がった息のまま頷いた。

 今日は昼過ぎまでは晴天で、俺も村の外に出て作業をしていたほどだ。

 夕方には天気が悪くなりそうだったので戻ってきていたのだが……。


「川の罠を見に行くって行ったきりなんだ。そうか、ありがとう」


「待てって」


 踵を返して飛び出ていこうとするルフスの肩を無理やりつかみ、外に出るのを止める。

 ルフスは既に成人した立派な獣人であり、日ごろ鍛えている筋力は常人のそれとは比べ物にならないだろう。

 だというのに俺があっさりと自分を止めたことに驚いているようだ。


 俺は俺で魔力での強化はしていないとはいえ、勇者の俺の力でもちょっと抵抗を感じた当たり、獣人の力の具合を改めて感じて内心びっくりしている。


「ラディ、君は……。いや、止めないでくれ。危険なのはわかってる」


 一転、表情を硬くして決意を口にするルフス。獣人は家族や仲間を大事にする。

 それこそ人間からしたらそこまでどうして、という具合にだ。

 だからといってどんな危険な場所にでも飛び込むというわけではさすがにない。

 そう、この吹雪の中を探しに行くというのは危険なことだ。

 二次遭難の恐れも高いし、どちらも寒さにやられて帰ってこない、なんてこともあるかもしれない。


(だけど、それでもルフスは行こうとしている)


 そのことが俺の背中を押し、一歩を踏み出させる。


「アンナちゃんにはミィ達も世話になってるからな、俺も行く」


 にかっと笑って俺はルフスにそう宣言した。


『そうなると寒さを感じない私も出番ね』


 ふわりと、部屋の向こうにいたイアも俺の肩に捕まるようにしてルフスにウィンク1つ。

 とてとてと、背中に届く足音はミィの物だ。戸棚から持ってきたのは雪ウサギの皮を使った手袋。

 記念にと3人分作ったおそろいの物だ。


「ミィ、一人が寂しかったら隣のお家に行くんだよ」


「うう……気を付けてね、お兄ちゃん、イアちゃん。それと、ルフスさんも」


 俺がしゃがみ、諭すように言うとミィはついていくとは言いださず、俺達の心配をしながらもしっかりと頷いてくれた。と、ミィが俺の頬に手をやったかと思うと顔が近づいてきた。

 鼻の頭に何かが触れる音。


「ミィ?」


 ミィが、俺の鼻に口づけをしたのだ。


 しかし、それは恥ずかしがるような物ではないらしく、近いミィの顔は真剣な物だ。


「教わったの。帰ってきますようにっておまじないだって」


 ちらりとルフスに視線をやると、頷いている。


(そっか、そんな風習があるんだな)


 俺はこれから寒さの中に突撃しようというのに心が温かくなるのを感じた。


「任せとけ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだからな」


「うんっ!」


 最後にちょこっとだけミィを抱きしめて色々補給すると、待っていてくれたルフスに向き直り、一緒に外に出る。

 扉を開けた途端、部屋に吹き込む吹雪。既に向かいの家すらギリギリの状態だ。


「ラディ、ありがとう」


「なあに、お礼はアンナちゃんに美味い料理を作ってもらうとするさ」


 肩にイアが捕まっているのを感じながら、俺はルフスと共に村の通りを進む。

 途中、ルフスがアンナちゃんを探していることを知った村の皆から声をかけられる。


「必ず帰ってくるからな、あっつい風呂でも用意しておいてくれ!」


 危険をわかっている年長者からは何度も引き留められたが、そういって半ば強引に振り切った。

 村の門であろう場所に立つも、既に普段使う道は雪に埋もれている。

 確かにこれでは帰ってこようにもなかなかその通りには行かないだろう。

 どこかで吹雪が止むのを待つのが賢明と言う物だ。それが出来る状態にあれば、だが。


『お兄様、この吹雪……気を付けて。気配がある』


「ああ。獣じゃないようだけど……魔物か……しかもこいつは」


 イアの声は普通と違い、魔力を使った一種の魔法だ。

 だからこそこの吹雪でもしっかりと俺に聞こえる。代わりに俺のつぶやきは吹雪の音とまじりあい、隣にいるルフスにも碌に聞こえないはずだ。しかし、そこは獣人の身体能力。

 俺の言葉をある程度聞けたらしく、顔色を変えていそうな表情で俺の方を向いた。


「ラディ、魔物って……本当か?」


「恐らく。覚えがある気配だ」


 顔を近づけ、防寒具で吹雪を遮っての会話。

 魔力を使い、体を強化していなければすぐに体は冷え切ってしまうだろう。


 吹雪、そして魔物。だからといってルフスも引けないのだろう。

 ぐっとこらえた顔をし、前に進み出す。俺はそんなルフスを見て、1つの決意をしていた。

 出し惜しみはしない、と。


『……いいの?』


 多くを語らないイアの問いかけに俺は頷きだけで応える。

 俺にとっての出し惜しみとは、勇者としての力全般の事だ。誰かを助けられるのに力を惜しんで助けなかった。

 きっと、その時ミィの兄としての俺は死んでしまうのだ。だからこそ……。


「ラディ?」


 がしっと自分の体をつかんだ俺を困惑してみるルフス。それはそうだろうと思うが、今はそれどころではない。


「ルフス、吹雪はひどいがアンナちゃんたちの匂いは追えるのか」


「一体何を……」


 問いかけてくるルフスに答えず、俺は彼をつかんだまま力を1部解放し、雪原を蹴った。

 たった一歩。 それだけで高跳びのように俺達は雪原を移動した。

 その時だけは吹雪の音も聞こえないような気がしたが、気のせいだろう。


「追えるのか、いや……助けたいのかと聞いているのさ、ルフス」


「……ああ! 獣人は家族を見捨てない! 地の果てまでだって嗅ぎ分けて見せるさ」


 上等、と俺は短く答え、今度は全身に戦いの時の様な魔法を巡らせた。

 魔法と言うよりもう魔力そのものの鎧と言える強化魔法だ。

 久しぶりの充足した感覚に俺は深呼吸をする。自然と視界も吹雪の中に魔力の流れも見て取れるようになっていく。


「イア」


『任せて、お兄様。周辺への影響は私が抑えるから、どーんとかっとばしちゃいなさい』


 置いて行かれないようにか、俺の首と肩にしっかりと掴まったイアは俺の短い問いかけに頷き、素早く魔法を周囲に展開する。

 風の中位神に祈ったのがわかったが、俺の知らない魔法名だった。戻ったら俺も色々と教えてもらおうかな。


「飛ぶぞ」


「おうっ!」


 そして俺はルフスの腰に手をやったまま、雪原の上を疾走した。

 感覚としては水面を駆けているような物だろうか。要は片足が沈む前にもう片方の足で踏みだせばいいのだ。

 レイフィルドからここに来るのにやったことを雪の上でやればいいだけだ。


 足元にわずかに魔力での足場を作り出し、踏み込みのための抵抗を生み出す。

 硬い感触が俺の体を前に押し出す力を支え、しっかりと脚は地面のようにそれを蹴る。

 イアの魔法により顔や体に雪が貼りつくことは無く、風だけは体にぶつかってくる。

 これならルフスも匂いを追えるだろう。


「おおおお!?」


 驚きのルフスの声を聴きながら、俺は川へと向かう。

 そうしてる間にもルフスは落ち着きを取り戻し、己の役割を思い出したのかしきりに鼻をひくつかせている。


「ん? ラディ、右だ! 林の方に移動している!」


「なるほど。雪原そのままよりマシだな!」


 どうやらアンナちゃんらは川沿いや雪原、道の途中での休憩や帰還より木々が防風の役目を果たす林に移動したらしい。

 しばらく後、見えてくる景色が変わってくる。白い一面の世界から、何かがそびえたつような黒。


「近い! あっちだ!」


 ルフスの声に従い、走る方向を変える。

 同時に後方で俺が巻き上げた雪が波のようになっているような気がしたが無視。


『いた! この気配、間違いない。雪狼だわ!』


 イアの声が届くのと、俺が相手の気配を感じるのはほぼ同時だった。

 勇者活動時代、何度か出会った事のある魔物。吹雪と風に乗り、まるで泳ぐように獲物に食らいつく雪原の覇者。

 生半可な腕では足元の状態もあり、苦戦以前の問題となる相手だ……普通なら。


「ルフス、投げるぞ」


「!? よし、やってくれ! うひいいいい!!!」


 承諾を得た俺はルフスの能力を信じて投擲具のように彼をアンナちゃんらと思わしき気配へ向け投げ飛ばした。

 高速で移動しながらの投擲と言うか投げ飛ばしだ。まるで放たれた矢のように飛んでいくルフスを視界に収めながら、俺は背負ったままの鉄剣を握る。

 聖剣を使うことも出来るが、あれは威力が高すぎるので巻き添えが怖い。


「狼ども! こっちだ!」


 すべり込むようにして林の前に駆けつけた俺は雪原に動くいくつもの影に向かい、叫んだ。


『気迫だけで吹っ飛ばせそうね……さすがすぎるわ、お兄様』


 イアの評価通り、俺の魔力を込めた気迫と言うか挑発はばっちりだったようで、今にも林に突っ込んでいきそうだった雪狼たちは皆足を止め、俺の方へ向き直る。

 昔、山ごもりをしているという武芸者に習った甲斐があるという物だ。


「さて、せっかかくだが君たちには退場してもらう。毛皮と肉になるのと、生き残るのと、どっちがいい?」


 相手は魔物であり、人語は通じない。それでも言いたいことは伝わったのか、鳴き声と共に雪狼が飛びかかってくる。


「100もいれば違ったかもしれないが……な」


 吹雪の中、金属の輝きが舞い踊った。




 その日、アンナちゃん他4名は無事に村に戻ることが出来た。

 そして、俺の正体が知られてしまった日でもあった。


感想やポイントはいつでも歓迎です。


こんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。



誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
ぽちっとされると「ああ、楽しんでもらえたんだな」とわかり小躍りします。
今後ともよろしくお願いします。

小説家になろう 勝手にランキング

○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ