5
青年は事の顛末を説明した。
2人は本道から逸れていく細い道を歩いていた。
森の緑はどんどん深くなっていく。植物の種類は増え、木は密集していく。ハート型の葉をわさわさと携えた木には、頭の赤い真っ黒な鳥が止まっている。鳥が木を突つくと、カンカンと乾いた音が鳴り響いた。足元から姿を現した、ふわふわとした大きな尻尾を持つ山鼠が、灰白色の背の高い木に走っていった。見慣れない動物も増えてきた。
暫く歩くとピーピーと鳴く鳥の声が煩く聞こえてきた。
最初は2人とも気に掛けず進んでいたのだが、道を進むにつれてその声は次第に大きなり、一向に鳴き止む気配がなかった。
必死に鳴く声は警告音にも似ていた。
「何の声ですかね。まるで危険を知らせている様な……」
カハクが心配そうに言う。
「なんだろう……見に行ってみる?」
ライナも不安を覚えて、カハクを仰ぐ。
「そうですね。すぐ近くから聞こえてきますし、少し行ってみましょう」
2人は道を逸れて、鳴き声のする方に気配を隠しながらそっと近づいていった。
鳴き声はより一層大きくなり、まるで助けてと言わんばかりに、狂った様に鳴り続けている。
「あ、あれ……!」
先に見付けたのはライナだった。
木の根元に羽を沢山持った白っぽい鳥がいた。異常な鳴き声はそこから聞こえた。鳥は怪我をしているのか、片側の羽だけをバタバタと振って威嚇している。
その先には子供の犬狼がいた。犬狼は鳥を食べようとする様子は無く、ただ動く物が楽しいのか、前脚で突きながら遊んでいる。
犬狼の爪にやられたのだろうか、鳥は飛んで逃げる事ができない様だった。
「……助けてあげよう」
本当は自然の摂理に人が介入する事は好ましく無いのであろうが、ライナはそれを見過ごす事ができなかった。
必死にもがき、助けを求める鳥。
暗闇の中、叫んでも叫んでも誰も居ない自分の様だった。
「カハクはここにいて」
そう言うと、ライナは鳴き続ける鳥に駆け寄って、素早く抱き上げた。
子供の犬狼は吃驚した様ライナを見て、キャンっと吠えて飛び上がった。まだ仔犬ほどの大きさだが、爪も牙も鋭い。
ライナは身を捩り、上手に躱して、ごめんねと小さく呟いた。
ライナは鳥を抱き上げたのと逆の手を子供の犬狼に振り翳すと、その鼻先に、青く光る水の輪が現れた。次の瞬間、強いフラッシュが光ったかと思うと、子供の犬狼は全身びしょ濡れになっていた。子供の犬狼は驚いてその場から遠去かった。奥の方の木の横で、耳を伏せて、キャンキャンと鳴いているが、もうこちらを襲ってくる様子は無い。
ライナはふぅっと一息ついて、少し離れた場所にいるカハクを見る。
カハクは気付かぬうちに握り締めていた、胸元のロザリオから手を離し、ライナに近づいて行った。
「大丈夫ですか?」
ライナは頷くと、手の中の鳥を見た。
鳥は鳴き疲れたのか、自分の危機が去った事を感じ取ったのか、ライナの手の中で大人しくしている。息をする度に羽毛が震えて、鳥の温かい体温が伝わってくる。
見た事の無い鳥だった。
背面が薄いアイスグレーで、光をキラキラと反射した。腹面は白とアイスグレーの薄っすらとした横縞模様がある。
そして、羽が左右3枚ずつ、6枚も生えていた。
怪我を見ようと羽をそっと摘み、広げてみると、羽の内側はグレーの濃淡で美しい模様が作られていた。
鳥は抵抗する様に身じろいだが、程なく諦めて大人しくなった。
その見た事も無い、美しい鳥の羽を覗き込んでいると、先程子供の犬狼が逃げて行った方に気配を感じた。
そこに現れたのは、親と思しき立派の体躯の大きな犬狼だった。
子育て中の動物はとても気性が荒い。子供に手を出して怒らせてしまったのであろうか。
後ずさると木にぶつかってしまった。こんな木が密集した場所では、彼女の精霊魔法は使いづらい。せめてもう少し広い場所に出たかった。
「カハク、逃げよう」
ライナはカハクの手を引っ張って、木々の間を縫う様に夢中で走った。