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取り残されたライナは、近くの椅子に座って、祭壇に鎮座する“神の子”の像を見上げる。
白い大理石を精密に彫られた美しい像は、慈愛に満ちた表情をしている。
この教会の空気は、何となくあの人に似ている、と銀色の髪の人を思い出す。
この世界の教会は大きく分けて2つの宗派があると、カハクに以前聞いた。
“創世神”を崇めるものと、“神の子”を崇めるもの。
小さなものも数えれば、土着のものや自然を崇めるものなど無数にあるのだが。
創世神派が圧倒的に多数で、竜妃や王都の民の殆どが属している。創世神派の教会は人の手の成せる業が注ぎ込まれた、とても豪華で華美な作りだという。
それに比べて、神の御子派の教会は自然や大地を大切にした質素なものだと聞いた。
パラスロットの教会は神の御子派だ。この教会でも充分美しいのに、王都の教会とはどんなに凄いものなのだろう。
教会の無い村で育ったライナは思いを巡らせた。
「お待たせして申し訳ありません」
程なくして、カハクだけが戻ってきた。
「向こうで少しお話しませんか?」
そう言って、椅子と同じ深い焦茶の重厚な扉の奥へと促す。ライナは誘われるまま、後に付いて行く。
案内されたこじんまりした部屋は飾り気がなく、壁には窓が無かった。部屋の中央に木製の小さな机と2つの椅子だけがぽつんと置かれている。
手前の椅子にライナを促し、カハクは奥の椅子に座る。
「ナディルさんとはよくお話しできましたか」
「……うん、まぁ」
ライナは曖昧に頷く。はっきりしない彼女の様子を、カハクは穏やかに見守る。
「まだ気持ちの整理が付かないのですね。無理もありません」
ライナは“家族”に向き合えない自分の弱い心を恥じた。
でも自分の気持ちを置いてきぼりに、感情を押しつけられるのが怖かった。
ーー何て未熟で弱いのだろう
早く大人になって、誰にも頼らずひとりで生きて行ける様になりたかった。
カハクはライナの気持ちを汲み取ろうと、優しく見つめた。
「大丈夫です。ライナは答えを見つけ出せます」
きっぱりと言い切るカハクの言葉に、ライナは顔を上げる。
カハクの言葉はいつも神聖で、混じり気が無く、暖かい。彼に言われると根拠もないのに、本当に大丈夫な気がしてくる。不思議だ。普段あまり感じる事の無い、暖かい気持ちに満たされる。
ライナの様子を見届けて、カハクは安心した様にやんわりと微笑む。
「私、ここに残ろうと思います」
カハクの言葉にライナは驚く。
「実は……フライングしてしまいました」
すこし照れたように首をもたげる。
「ライナさんとお会いした時に、“神のお告げ”を受けました。
貴方が私を連れ出してくれるのだと確信しました。私の求めているものへと導いてくれると。でも、まだ“その時”ではないとも」
分かっていた。
しかし出会ったライナはあまりに愛らしく、頼りなく、心配になった。でもーー
「……またここに戻ってきてしまいました。
神の思し召しですね」
そう言って、静かに胸の前で両手を組んだ。
神に仕える者が神の言葉に背くなど、してはいけないと分かっていた。だから自分は何処にも行けなかったのだ。
ナディルの手帳を見た時に確信してしまった。まるで神に背いた罰を受けた気分だった。
だからカハクは待つしかなかった。この場所で、その時まで。
「ナディルさんがいれば安心です。
もう一度、“その時”に迎えに来てください。
お待ちしています」
カハクは少しだけ哀しげに微笑んだ。憂いを帯びたその顔はどこか神々しくもあった。