5
朝、目覚めると眩しい日差しが目に入る。
真っ白な清潔なシーツが気持ちいい。
もう少し寝たい……うとうとしかけて、カハクとの約束を思い出す。
ーー起きなきゃ
ライナは重い体を起こし、ベッドから起き上がる。
半分寝ぼけたまま支度を済ませ、食堂へと降りて行くと、片隅に座って珈琲を飲んでいるナディルを見つけた。
「おはよう」
ライナに気が付いたナディルは、爽やかな笑顔で彼女に声を掛ける。
「…はよぅ」
血圧の低いライナは、聞こえないくらいの声でぼそりと答える。
「朝食をもらっておいで。どれもおいしいよ」
そう言ってナディルは奥のテーブルを指差す。
部屋の奥の大きなテーブルには、赤と白のチェックの布が敷かれていて、その上に色々な種類の食べ物が置かれていた。ガラスの瓶に入れられたシリアル、焼き立てのパン、緑やグレーの茹でた卵、分厚い薔薇色のハム、ハーブの練り込まれたソーセージ、カットされた色鮮やかなフルーツ……コンチネンタルスタイルの朝食だ。
飲み物は左端にまとめて置いてある。珈琲と紅い茶葉のお茶、梔子色のジュース、牛乳。
ライナは沢山種類のあるパンの中から小さな白いパンを1つ取る。そして、手の平サイズのボール状の器に珈琲を注ぎ、牛乳をたっぷり入れてシナモンを少しだけ振る。パンと飲み物を持って、ナディルのいるテーブルに戻った。
テーブルには小さなガラスの小瓶があり、赤い花が1本差してある。
食事を終えた様子のナディルはコーヒーを飲みながら、文字のびっしり書かれた薄い紙の束を見ている。街の情報が書かれている新聞だ。
ライナは普段、朝食は飲み物だけで済ませてしまう事が多い。しかし、昨日カハクが是非と言っていたので、食べない訳にはいかない。
やわらかいパンを頬張ると、暖かくて優しい味がした。
教会に向かう途中、ナディルがライナに話し掛ける。
「実はこの街で用事を済ませた後、俺も王都に行かなくてはならないんだ。
一緒に行ってももいいかな」
ナディルの最大の旅の目的は、今目の前にある。
とは言え、ナディルは彼女を探しながら、他に仕事もしていた。お金が無くては旅もできない。ナディルにとって大切な生活の糧だ。
正直なところ、ライナにとってその申し出は有難かった。ライナは方向音痴で、土地勘も無い。殆ど村から出た事が無かったため、世間もよく知らない。多分、神殿勤めをしているカハクも同じようなものだろう。昨日の様な失態を繰り返しかねない。
旅慣れしているナディルが同行してくれるという事はとても心強い。
ーー家に帰ろうと言い出さない限りは。
そんな警戒心を察知してか、ナディルは続けた。
「家にはライナが行きたいと思うまで行かなくていいから。
もう俺から帰ろうなんて言わない。
もし心の整理ができて、少しでも他の家族に会ってみたいと思ったら教えてくれればいい。気長に待つよ」
そう言って、ライナの警戒心を解こうと優しく微笑む。
やっと見つけたのだ。離れたらまたどこかに消えてしまいそうで不安だった。大切なものはしっかりと持っていないと、簡単に指の隙間を転がり落ちていってしまう。
ライナは少し悩んだ後、帰れと言わないなら、と頷いた。
ライナはナディルの顔に弱い。出会ったばかりなのにどうしても警戒が解けてしまう。
王都まで。王都までだから。そう自分に言い聞かせた。