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セブンス エッダ  作者: りん
少女が小さな世界の殻を破る音
15/118

4

「ライナはフスト=フェルトの街に向かってるって言っていたけど、どんな目的だったの?」


 ナディルがグラスを置くと、黄金色の液体が揺れて、シュワシュワと細かな泡がたった。


「色々な街を見てみたいから……」


 ライナはそう答えて、瑞々しい葉を口に運ぶ。花の香りと爽やかな酸味が口の中に広がる。

 世界を見てごらんと言われた。そうすれば、きっと自分の事も分かるかもしれない。


王都(オスタルト)に行ってみたい」


 王都(オスタルト)は賑やかで、華やかで、とても美しい街だと聞く。多くの人や情報が集まる場所なので、ライナの無くした記憶を取り戻す手掛かりがあるかもしれない。

 フスト=フェルトからずっと北に進めば、この大陸の端に辿り着く。北端の街には王都(オスタルト)へ繋がる、特別な転移の魔法陣(ビフレスト)がある。多少時間はかかるが、そこから翼竜に乗って大陸を渡る事もできる。


 そっか、と頷き、ナディルは話を切り出す。


「……その前に、父様と母様に会いに行ってみないかな」


 ーー父様と母様……

 ライナは、自分にはずっと関係のないと思っていた言葉にどきりとする。


 ライナの村には孤児院があった。主に戦災孤児を集めた院だったが、そこに自ら子供を預ける者も後を絶たなかった。だからずっと、自分は両親には捨てられたのだと思ってきた。“中途半端”な外見のライナを要らないから、と。

 父や母の存在を羨ましいと思うと同時に、心の奥底で憎んでもいた。


「父様も母様もとっても心配していたんだ。

 見つかった事をすぐにでも知らせてあげたい。

 きっと物凄く喜んでくれるよ」


 もっとも、最近では半ば諦めた様子で、ナディルの身体の心配や旅の土産話を楽しみにするばかりだったので、きっと驚くだろう。


 上機嫌なナディルとは裏腹に、ライナは冷淡な気持ちで自分に問いかける。


 ーー私は、彼らに会いたいのだろうか。


 文句の一つでも言ってやりたいという気持ちと、会うのが怖いという感情が入り混じって、ぐちゃぐちゃになり整理できない。捨てられたのでは無いと分かった今でも、本当にそうなのかと疑ってしまう。どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。

 ナディルが嘘を吐いているとは思えなかったが、彼を見れば見るほど、心の片隅で囁く、本当に兄弟なのかという疑問を拭い去れないでいた。

 それに、例え会ったとしても、ライナの探し求めている“記憶”の手掛かりがあるとは思えなかった。


 答えられないでいるライナに、ナディルは少し意地悪そうに言う。


「君は本当に俺が兄なのか疑っているでしょう」


 ライナはその言葉に喉を詰まらせる。

 ナディルの口調は、決して彼女を責めるように言ったものではなかったが、ライナは心の内を覗き込まれたみたいで、体温が下がっていくのを感じた。


「無理もないよ、俺達似ていないから」

 まるで種族さえも違ってみえる、と肩を竦める。


「でも俺は自信をもって君が妹だって言えるよ。

 君は父様にそっくりだ」


 ーー父様に?

 ライナは自分にはちっとも似ていないナディルの顔を見返す。


「あまり大きな声で言えない話なんだけどね、父様は精霊で母様は人間なんだ」


 その言葉にライナは息をのむ。

 だって、精霊の力(エレメンタル)を持った者と魔力(グリモワール)を持った者との交配は禁じられている。


 だから内緒、とナディルは人差し指を口の辺りに持ってきて悪戯そうな笑顔をつくる。


「俺はどちらかと言うとお母様似だし、魔力(グリモワール)しか持っていないけど……」


「じゃあ、どうして私は精霊の力(エレメンタル)が使えるの?」


 心の内を暴かれたのなら、疑問を口にしてしまおうと、ライナはナディルに問い掛ける。

 2つの力の交配は、互いに力を消しあって、僅かな魔力しか持たない者しか生まれないと本で読んだ事があった。だから禁忌なのだと。


「そうだね、確かに不思議だけど、それはきっと父様の力が特別強いからじゃないかな。

 心配しなくてもライナは父様そっくりだよ」


 ナディルの言葉に違和感を感じた。そんな事あり得るのだろうか。しかしライナにその真偽は分からない。それに見た事も無い父親に似ていると言われてもライナは嬉しく思えなかった。


「そうそう、君には姉も居るんだよ。

 俺の1つ下だから、ライナの3つ上かな。彼女は母様にそっくりなんだ」


 ナディルはもう一人の妹を思い浮かべて、優しい顔になる。


「彼女、ルースって言うんだけどね、ルースは家に居るから、彼女にも会えるよ」


  両親と暮らす姉……会った事も無い姉だが、きっと何不自由なく、両親の愛情を一身に降り注がれて暮らしているのだろうと想像し、何だか疎ましく思えた。ライナはそんな自分の醜い心に嫌気がさして、小さく溜め息を吐いた。


 何か聞かなくては。でも何を?家族の事?彼らに素直に向き合える自身がまだ無い。何故だか怖い。

 誕生日?今更知っても何も変わらない。そんな些細な事は別にいい。

 産まれた場所?でも自分の暮していた場所の事を話したく無い。

 どうしよう……考えれば考える程口が貝の様に固く重くてなっていく。


 ずっと押し黙ったライナを見兼ねて、ナディルは少し困った様な笑顔を浮かべる。


「急に言っても気持ちの整理が付かないよね。ごめん。

 じっくり考えてからでいいよ」


 そう言ってナディルはライナに取り分けた魚料理の乗った小皿を渡した。

 香ばしく焼けた魚からはセージとアニスの良い匂いがする。

 ライナは差し出された皿を無言で受け取る。

 せっかくの美味しそうな料理の味はよく分からなかった。

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