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二ダヴェリールへの転移魔法陣は王宮内にある。容易く行き来が出来ない様に、幾重にも厳重な扉と騎士達が護っている。何枚目かの分厚く重い扉を開けるとやっとその部屋へ辿り着いた。
王宮内だからだろうか、珍しくウォーラも見送りに来ている。
「気を付けて行って参れ」
セファは頭を下げる。目線の先にある足元の魔法陣の光が増してゆく。
「セファ、其方はゆっくりして来てかまわぬぞ」
ウォーラの言葉にセファは少しムッとして言い返す。
「そうゆう訳にはいきません」
光が一層強くなり、どこか少し悲し気に微笑むウォーラの顔が見えなくなった。
目の前には白い石の柱と幾つもの美しく繊細な彫刻が並んでいた。壁からは清らかな水が流れ、涼し気な音を立てている。部屋を取り囲む水路には睡蓮が咲いている。魔法陣を取り囲む術者達は豪華な装飾品で胸元を飾っている。ローブの隙間から少しだけ覗く腕は白く長い。
「お帰りなさいませ、セファ様」
口元を薄いヴェール で隠した妖精の女性が頭を下げて待っていた。たっぷりとドレープを取った白い生地の上から、透けるホリゾンブルーとコスモス色の布を左肩に掛けている。それらを纏めてウエストで紐を巻きつけている。彼女は外へ続く扉へと誘う。彼女の後を追う様にホリゾンブルーとコスモスがひらひらと揺蕩う。
二ダヴェリールは水に囲まれた土地だ。滝がカーテンの様に大陸を取り囲む。その光景は何とも圧巻で幻想的だ。細かく飛び散った飛沫が光を浴びて色硝子の様に輝き、彼方此方で虹を作っている。小さな緑豊かな島々が空に浮かぶ。羽の生えた妖精達が空を飛び交っている。
「セファ、おかえりなさい」
神殿を出た処で、2人の背の高い女性に出迎えられた。セファは彼女達に歩み寄り軽く頭を下げた。そしてライナ達を振り返り言った。
「姉のエーヴァとイルヴァです」
髪を複雑に結い上げた女性がにっこりと微笑み口を開く。
「初めまして、エーヴァです」
セファと同じ様にストロベリーブランドの前髪と栗色の髪の毛をしている。
「ようこそいらっしゃいました、イルヴァです」
そう名乗った彼女は反対に、全体がストロベリーブランドで毛先が栗色になっている。ふわふわとした柔らかそうな髪にいくつもの花を飾っている。瞳はセファと同じ淡褐色だ。
2人は挨拶を済ませると、すっとセファの右隣と左隣に分かれて行き、それぞれ片腕を絡ませる。
「セファったら全然帰ってきてくれないんだもの。寂しかったわ」
「たまには顔を見せてほしいわ。私達の大切な弟ですもの」
両脇をブロックされて、セファは少したじろぐ。
「すみません、忙しくて。腕を離して下さい」
エーヴァとイルヴァは微笑みながらより腕を強く絡ませる。
「そんな事言って。確かにウォーラの補佐は大変だと思うけど、私達家族の事ももっと大切にしてほしいわ」
「そうよ。かわいい弟が元気にやっているか心配なのよ」
「わかりました、すみませんって。兎に角離れて下さい。動けません」
セファは2人の姉にたじろぎながら、解放してくれる様、訴えてる。
「わかったわ、こうしましょう」
そう言うと、彼女達は腕組みをやめてセファの手を取った。2人はセファの手を引っ張り歩き出す。
「さぁ、こっちよ」
「ちょっと、やめて下さい」
自由な姉達に翻弄されているセファの様が珍しくて、可笑しい。ライナ達は邪魔にならない様に黙って彼らの後を着い行く。
「騒がしいな、何事だ」
剪定された庭の木の小さな影から声が聞こえた。
「あら、アレクシス」
2人はセファを解放して、姿を現した小さな男の子の元へと駆け寄った。
「うふふ、可愛いでしょ」
「竜の一族のアレクシスよ」
2人は代わる代わるアレクシスの髪や頬を撫でる。
太陽に光る見事な金髪にウォーラと同じ金色の瞳をした小さな子供だった。生意気そうに口を尖らせ、しかめっ面をしている。
「ウォーラの血族の者です。私と交換でこちらで預かっています」
セファはさらりと彼を紹介した。妖精王と竜妃の交わした盟約だろう。所謂、人質交換だ。ウォーラもこの国も、穏やかそうに見えてそれだけではない政治的な闇が垣間見えた気がした。
でも、ウォーラの親類が彼なら、セファは……?とライナが疑問に思っていると、セファと目が合った。
「クヴァシルは我が父です。」
ライナの疑問を察してセファは事もなげに答える。驚くライナを他所に、セファはさっさと歩き出した。
「兎に角、父に会いに行きましょう」