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セブンス エッダ  作者: りん
夜に溺れるカタストロフ
106/118

2

「ナディル」


 報告を終え、広間を去ろうとしたナディルをウォーラは呼び止めた。ナディルは笑顔で振り返り答える。


「何でしょうか」

「左手の調子はどうだ」

「問題ありません」


 ナディルはにっこりと微笑んだ。

 そうか、とウォーラは目を伏せ薄っすら笑みを浮かべる。彼女の長い睫毛が白い頬に影を落とした。

 杞憂かもしれないが彼は何か隠してるのかもしれない。ナディルの事だから無茶はしないだろうが、定期的にメンテナンスを行わないといけない。あれは古いが強力な呪いだ。確かに、あれを抑えるには時間と労力を要す。しかし、それは竜妃の義務だ。

 そんな彼女の心の内を察してか、ナディルはウォーラの前までやってきて言った。


「大丈夫です。こんな事に御手を煩わせないで下さい」


 そう言い、跪くと彼女の右手に忠誠のキスをする。




 ナディルがあの忌々しい鎖を宿した時、彼は未だ年端もいかない子供だった。


 数えてもいないし、忘れてしまったが、何度目かの生誕祭の夜だった。空には目映い花火が打ち上げられ、人々は歓喜と酒に酔いしれていた。王宮では様々な出し物が披露され、(おびただ)しい数と種類の料理が消費されていった。

 彼は曲芸団の一員として城に招かれていた。ティレットに見たいとせがまれて、呼び寄せたのだ。

 彼らの演目はどれも見事なものだった。蝶ネクタイを付けた鼠がハート型の炎を吐き、その中を少年がくるくると潜り抜けると炎は大きく揺れて七色に変化する。煌びやかな衣装の踊り子が舞いながら投げキスをすると、漂う風船が割れる。割れた風船からはキラキラ光る星が現れる。その星を高くジャンプして拾い集めたかと思うと観客に投げる。投げられた星は観客の手の中で花火になって消える。高い身体能力を持つ者達と効果的な魔法の組み合わせが、場を大いに盛り上げた。ティレットは目を輝かせて彼等の一挙一動に感嘆した。きゃっきゃと高い声を上げて笑う彼女は天使の様だった。

 

 その後も続く立食形式のパーティーの中、出演者たちは運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。皆が楽しそうに宴を楽しむ一方、巨大な広間の奥では竜妃へのプレゼントが次々と献上されていた。時間毎に色を変える宝石、流行りのデザイナーが仕立てたドレス、100年に1度しか取れない薬草、おもちゃみたいな髪飾り、強力な魔力が封じ込められた魔石、幻の酒……宝物とガラクタに紛れてあの禁術が潜んでいた。

 胡散臭そうな顔をした商人が、黒く禍々しい鎖に巻かれた古ぼけた本を恭しく掲げたかと思うと、突然その鎖が暴走した。暗殺だったのか、事故だったのか、最早知る由も無かった。

 竜妃は片手でそれを防ぎ、捕まえた。鎖のもう一片は陸に打ち上げられた魚の様に盛大に暴れた。彼女より後ろに居た者は無傷だった。しかし、目の前は血の海と化していた。千切れた腕や脚が行儀悪く机の上に乗り、銀の皿に並べられていた料理は無残に飛び散っていた。壁は抉ぐられ、飾られていたガーランドの代わりに血飛沫と誰かの内臓が張り付いている。肉片か食べ残しか装飾か、区別が付かないほど入り乱れ、部屋の殆どが赤く染まっていた。ウォーラの頭に、彼女が王になった日の事が(よぎ)る。自分には血塗れの城がお似合いとゆう事だろうか。

 悲鳴、怒号、混乱の前に静寂が訪れた。


 踊り子の女に守られたのか、先程火の輪を潜っていた少年が幸か不幸か生きているのを発見した。頭の無い彼女の腕の中で、辛うじて息をしている。彼以外は息絶えているか、助からない程損傷していた。少年も虫の息だった。竜妃は鎖の一片を持ったまま、少年に近づく。鎖は竜妃から逃れて、でも生き延びようと宿主を探し、ナディルの身体に死体ごとぐるぐると巻き付く。ウォーラは血塗れの少年に問い掛けた。


「其方の家族は皆死んだ。其方は運悪く闇の禁術に捕らえられてしまった。」


 この状況で事実を突き付けるのは酷だが時間が無い。彼の命は長くはなかった。


「選べ。家族と共に安らかに眠るか、この禁術と共に地獄を生きるか」


「……っ…」


 彼の声は微かにしか聞こえず、ウォーラはしゃがみ込み耳を近づける。白いドレスの裾が赤く染まる。苦しげな浅い息遣いの間に、言葉を拾う事ができた。


「まだ……見つけて、ない……」

 

 何かを訴えようと必死で伸ばした少年の左手は、肘から下がぐちゃぐちゃに潰れていた。鮮明な赤い肉から真っ白で無垢な骨が覗く。


「……まだ…死、ね、ない」


 焦点が合っていないであろう瞳には、それでも強い光が宿っていた。


「……まだ…」


 何度も繰り返す少年の左手をそっと手に取り、ウォーラは強い声で言った。


「承知した。其方の地獄、余も付き合おう」


 ウォーラは鎖を強く握ると、握られた元から黄金に輝き始めた。


(いにしえ)の呪いよ、お前を我が力を持って封じよう。我が眷属と為るが良い」


 そう言うと、ナディルの左手に光った鎖がぐるぐると巻き付いた。


(レージングル)


 鎖の名を唱えると、鎖はナディルの左手を形作る。そして光が止んだ。ウォーラは鎖をナディルの左手に封じた。彼を過酷な運命へと導いてしまった。





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