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ガイ=オーラムとシロガネは別行動したいと言ったが、ナディルが何とか説得して王宮まで連れてきた。
「最初だけでいいから。竜妃様に挨拶すれば、後は好きな処に行けるし、行き易くもなるから」
特にガイ=オーラムは獣人だ。最近は以前より見かける様になったとは言え、他の種族達にとっては珍しく、まだまだ偏見も多い。”竜妃のお墨付き”があった方が何かと便利だろう。
「それに、多くの情報も得られるし。王宮には至る所からの情報が入るからね」
ナディルはガイ=オーラムとシロガネに何か目的がある様に思えた。彼らが何を探しているのかは分からないが、宝珠の所有者になったからには、好き勝手に行動されては困る。情報とゆう餌をチラつかせると彼らは渋々従ってくれた。
ガイ=オーラムとシロガネは今、巨大な広間の竜妃の前に居る。竜妃はコツコツと足音を鳴らしてゆっくりと進むと、どっしりとヴィリジアンの革張りの玉座に座った。顔を上げなくてもわかる彼女の圧倒的なオーラに気おじする。
「して、」
竜妃が口を開くとガイ=オーラムはビクッとして身体を正した。その様子を見てウォーラは面白がる。
「そう身構えるな。何も取って食おうなんぞ思っておらぬ……硬くて不味そうじゃ」
彼女の眼光が意地悪くきらりと光る。ガイ=オーラムは天敵を目の前にした獲物の様に固くなり身震いをする。それを見てウォーラは、冗談じゃ、と可笑しそうに笑う。
「アル=ヴァルディは息災か」
今度は優しい声で問い掛ける。
「……はい!」
ガイ=オーラムは緊張して裏返った声で答え、大きく首を縦に振る。
「父親に似て立派な毛並みをしておるな。あまり心配掛けるでないぞ」
ウォーラは微笑む。どうやら、一連の出来事は既に彼女の耳に入っている様だ。きっとアル=ヴァルディが愚息の事を頼んだのだろう。
「其方は、クヴァシルの処の者か」
ウォーラはニダヴェリールの王の名を出し、シロガネに声を掛けた。
「はい」
シロガネはガイ=オーラムとは対照的に、物怖じせずに答える。
「名を何と申す」
「シロガネ・フロールフ・クラキです」
その名に聞き覚えがあるのか、竜妃は感嘆の声を出す。
「ほう、クラキの血族か。運命とは数奇なものよ」
「クラキをご存知ですか」
「あぁ、古き英雄じゃ。妖精の王になってもおかしく無かった」
シロガネの一族は貴族ではあるが、辺境の地に住んでいた。なので、そんな話は両親からも聞いたことが無かった。もしかしたら王座の争いで何かしらあったのかもしれない。しかし……
ーー矢張り、父上は素晴らしい方だったんだ
シロガネは父親の事を誇りに思い、同時に胸を刺す痛みを思い出す。もっと聞きたそうなシロガネに竜妃は静かに門を閉ざす。
「……隣国の事情じゃ。詳しくは知らぬ」
交流のある現王クヴァシルを立ててか、彼女は多くは語らなかった。隣でセファの顔が曇ったのを気付いたものは殆ど居なかった。
「アルフヘイムの宝珠を探しに行き、精霊族の英雄の血族が付いてくるとは、何とも奇妙な事よの」
ウォーラは右手を顎に持っていき不思議そうに言った。
「あの……シロガネも一緒じゃダメ……デスカ?」
ガイ=オーラムはおずおずと尋ねる。
「うむ。問題は無い。次は二ダヴェリールへ向かってもらおうと思っておった。寧ろ適任かもしれぬ」
ウォーラはにっこりと微笑み、そうじゃな、とセファに相槌を求めた。セファは左手に持った書類に目を落としたまま、はいと答えた。
「いえ、私は二ダヴェリールには……」
「其方の、探し物が見つかるかもしれぬぞ」
シロガネが言い終わらないうちにウォーラが口を挟む。シロガネは怪訝な顔をする。彼が此処に居る理由を竜妃は知らないはずだ。しかし彼女は何もかも、未来さえも見透かしたように美しい瞳でシロガネを見つめる。
「急がば回れとゆう事じゃ」
彼女はそう言うと訳知り顔で薄っすらと笑った。絵画の様なその表情に、シロガネは美しいと思うより怖ろしいと思ってしまった。其処に居るのは高価なドレスを纏った女性ではなく大陸の覇者であった。