13
「ライナ、目が覚めた?気分はどう?」
仕切りの薄い布の向こうからナディルの優しい声がした。ゆらゆら揺れる薄布にナディルの影が映る。
ライナは気付かれない様に涙を袖口で拭い、答える。隣で丸くなっているシャヒが慰める様に身体を擦り付けてくる。
「もう、大丈夫」
シャヒを撫でながら、ライナ答えた。喉が乾いていて声がカサついた。
「ライナ、起きられました?」
カハクがタイミング良く木製のお盆に水を入れたコップを載せて持ってくる。ナディルが薄布を捲くり、カハクを通らせる。
「お水です。どうぞ」
カハクはライナにコップを手渡す。
「ありがとう」
ライナは木をくり抜いて作られたコップを受け取り、冷たい水を飲み干す。冷んやりとした感覚が喉を潤し、胃の辺りまですっと入っていく。中身の無くなった素朴な形のコップはライナの手にすっぽりと収まる。
枕元にはシャヒが身を起こし此方を心配そうに窺い、カハクとナディルがベッド脇に座る。
ーーこっちが現実だ
ライナは冴えてきた頭で思う。最近、過去と現実を行き来している所為か、自分の居る場所が分からなくなる。
ライナは先程まで見ていた過去を思い出す。コールナ、覇王樹、百合……全て見た事のある花だった。
ーー私は辿っているんだ
ライナは確信する。この旅で見てきた花を、では無く、“彼の墓に手向けられた花”を。銀色の髪の人は月毎に白い花を持って来て、その花の咲く大陸の話をしてくれた。それを聞いて、未だ見ぬ世界に想いを馳せた。その人との逢瀬は、大切な人を亡くした心の痛みが薄れていく様だった。
ーーでも、だとしたら、ティレットとあの人は通じているの??
しかし、ティレットはあの人の方を“アイツ”呼ばわりして嫌っている様に見えた。だとしたら、ティレットはーー
「大丈夫?まだ具合悪い?」
考え込んで黙り込むライナの顔をナディルが心配そうに覗き込む。
「ううん、大丈夫」
ライナは慌てて首を振る。
その様子をカハクは微笑ましく思う。
「すっかり、良いお兄様ですね」
出会った頃、戸惑いを隠せず警戒していたライナを思い出す。
「つい構い過ぎて、嫌われないか心配だよ」
ナディルは苦笑いする。
「ふふふ、分かります。愛しいモノ程、余計に手を掛けたくなるものです」
「そうなんだよね。昔、大事に育てようとした花に水をやり過ぎて枯らしてしまった事があったな」
ナディルは、うんうん、と昔を思い出して語る。
カハクはライナの顔を見て尋ねた。
「ライナはナディルの愛情を負担に感じていますか?」
「愛、情……?」
カハクからの突然の質問と、使い慣れない単語に声が裏返る。
「こんなにも大切にしてもらって、嬉しい限りですが、でもそれが疎ましく思える事もあるでしょう?」
「そんな事、無い……」
恥ずかしくて最後の方は小声になる。ライナは顔を赤らめながら、照れ隠しにシャヒを撫でた。
ライナは2人が纏う空気が好きだ。優しく柔らかな空気が似ている。穏やかな、午後の日溜りみたいな暖かさを感じる。2人と居ると安心して落ち着く。シャヒを撫でながら思う。こんなに穏やかな場所に居ていいのだろうかと。穏やかさを感じば感じる程、大切にしてもらえばもらう程、怖くなる。いつか、この何倍もの悲しみがやって来ないだろうかと。