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セブンス エッダ  作者: りん
密林を流れる赤い水
102/118

11

 ガイ=オーラムが目を開けると、馴染みの深い天井が彼を迎え入れた。煤けた黄土色の生地の天蓋には赤茶の模様が浮かんでいる。

 良く眠れるように、夢魔から守ってくれる(まじな)いだと言っていたのは母親だ。

 あれは夢だったのだろうか、と起き上がろうとすると、身体中に刺す様な痛みが走る。身体は一瞬強張り、蹲ると、余韻を残す様な鈍い痛みに変わった。筋肉痛の様な全体の倦怠感と胸の刺す様な痛みがぼんやりとしていた意識をはっきりとさせる。


ーー夢、って訳では無さそうだナ……


 はだけた胸からは薄らとした傷痕が覗く。

 やはり耳の小さな子栗鼠に刺された事が事実だと改めて実感する。

 しかし、自分はどうして此処に居るのだろう。他の皆は、そうだ、シロガネは……!彼の存在がバレてはまずい。

 獣人と精霊の仲は(すこぶ)る悪い。精霊と密な関係にある妖精ともだ。あの綺麗な生き物は誰にも汚されたくなかった。そう思い必死に隠していたのに。

 ガイ=オーラムは慌てて立ち上がると、重い身体に鞭を打ち、急いでテントを出た。


 明るい日差しが刺す様だ。足早に父親のテントを目指す。

 ガイ=オーラムとアル=ヴァルディのテントは遠くない。裸足の裏から乾いた土が舞う。


「親父!!」


 そう叫ぶと同時に、入口の毛皮を勢いよく捲ると、呼び鈴替わりの吊るし飾りがガラガラと乱暴な音を立てる。


 案の定、ナディル、カリュウ、シロガネが其処には居た。


「ガイ、もう身体は大丈夫なの?」


 ナディルが振り返り、ガイ=オーラムに声を掛ける。

 その返事を待たず、アル=ヴァルディの低く唸る声が響く。


「お前、妖精を祭壇に入れたのカ」


 黄金の瞳が睨みを利かせ、周囲を威圧する。

 ガイ=オーラムは一瞬たじろぐが、居直り、彼の眼を見つめ返す。ここで怯んではいけない。


「あぁ」


 ガイ=オーラムはできる限り落ち着いた声で答える。


「彼処は我々の神の住まう場所と分かっての事カ?」


 怒気を孕んだ声は地を這う様に響く。

 カリュウは身を縮めて怖がっている様だが、一方のシロガネは我関せずとしれっと座っている。


「……神は彼処には居ナイ」


 ガイ=オーラムは一言一言、慎重に言葉を紡ぐ。ずっと秘密にしていた事だ。ガイ=オーラムは昔、一度だけ神を見た。しかし、彼が居たのはあの神殿では無かった。シロガネとの出会いでそれは確信となった。


「愚か者!!!!」


 アル=ヴァルディが怒鳴った。空気が震える。有無を言わさ無い物言いにガイ=オーラムも頭に血が昇る。


「竜妃の遣いも妖精が混じっているダロ!」


 あの不思議な匂い、あれは確かに精霊の匂いだった。シロガネの匂いとは少し違うが、精霊独特の匂いだ。出会った時に感じた違和感、間違いなくそれだった。何故ソイツを許してシロガネを許さないのか。ガイ=オーラムにはわからなかった。


「ソイツとコイツは違う!別の生き物ダ!」


 アル=ヴァルディは更に声を荒げる。何故か彼は一瞬目を逸らす。


「シロガネは精霊ダ……でも親父や皆が語る様に陰湿でも冷酷でも無イ!この集落を壊そうとなんて思って無イ!

 親父達が何で“精霊”を憎んでいるのかは知らない……でも、シロガネは“ソイツら”とは別の生き物ダ‼︎」


 アル=ヴァルディは大きく息を吐き、冷静さを取り戻し静かに言う。


「オマエ、神殿に潜んで居た栗鼠(ラタトクス)に負けたんダロ。神殿に宿る大地の力を借りれなかったのは、妖精が居て神域を汚したからダ」


「……オレが負けたのは、オレの力不足ダ。言い訳なんて出来ナイ。それはシロガネのせいじゃないし、全く別問題ダ‼︎

 オレは弱い……親父が嫌でも認める位に強くなってやるヨ‼︎」


 ガイ=オーラムは大股でナディルの前を、横切り、シロガネの前で立ち止まる。


「行くぞ、シロガネ‼︎」


 そう言うと同時にシロガネの腕を掴み、強く引っ張り彼を立たせると、そのまま威勢よくテントを飛び出した。


「ガイ!」


 アル=ヴァルディはガイ=オーラムの名を呼ぶが、彼は制止を無視して行ってしまった。

 アル=ヴァルディは額に手を当て大きく溜息を吐いて下を向いたかと思うと、ククク……と肩を振るわせ笑い始めた。


「アイツがオレに歯向かったのは初めてダ」


 怒っているのかと思いきや、彼は嬉しそうににやりと口元を歪める。

 アル=ヴァルディは居直り、ナディルの目を見据えて言う。


「ナディル、すまんがアイツの面倒を見てやってくれ」


 2人の言い合いを黙って聞いていたナディルは穏やかに微笑み、軽く頭を下げる。


「承知しました」


 アル=ヴァルディも顔を綻ばせた後、遠くを見る目で呟く様に言った。


「親として寂しくもあり嬉しくもある事だ」


 カリュウはアル=ヴァルディ親子のやり取りをただ呆然と聞いていた。自分にはあり得ない親子の言い合いに、ぼんやり母親の事を思い出していた。

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