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第3-4話 変わらない日々

「朧兄!遅いよーーー」

「悪いな、待たせた」

 とはいえ、朧に駆け寄ってきてのは一人だけだった。残りの子らは砂場での遊びに夢中になっていた。別にそれを悲しいとは思わない。聞けば、歌燐やのーりんが迎えに来てもだいたい一緒だ。場合によっては一人も気づかないこともある。

「和美ーーどこだーーー?」

 隣では桐花が妹を呼んでいた。

「カズちゃんならカイ君と一緒にお部屋にいるよ」

「なぬぅ!まさか!二人でか?」

「たぶん」

 桐花が年長組の教室を睨み、そして悪鬼の形相で朧を睨んだ。カイ君こと、満潮海は『Memory』の一員だ。まさに「娘は嫁にやらん」とでも言いたそうな桐花。朧からしてみれば馬鹿げた怒りだ。

「お前、うちの妹をたぶらかす気か・・・」

 怨嗟でも振りまきそうな声。冗談だとは思うが、冗談に聞こえなかった。

 そしてそれはその年長組の教室から二人が手を繋いで出てきたことで狂気へと変わった。

「海馬・・・おめぇんとこのチビに言っとけ・・・30年はえぇと」

 桐花はそう言い残して、妹のもとにかけていった。

「さすがに30年は言い過ぎだ。せいぜい15年だろう」

 桐花が絶対に聞こえない距離で朧はそう呟いた。今日喧嘩になるのは嫌だった。体が痛いのだ。

「おおーーーい。みんなーーー集合!」

 朧は朝礼の時のようにみんなを集めようとする朧。だが、方々から帰ってきたのは「えーー」だとか「もっといるー」とか言った声だ。朧は相貌を崩し、足を一歩踏み出した。

 直後、後頭部に痛みが走った。

 反射的に痛んだ場所に触れる。指先は傷の凹凸に触れた。

 朧は背後を振り返った。今しがた走り抜けた車の後部が幼稚園の門の裏へと消えていくところだった。考えるより先に体が動く。朧は一気に駆け出して道路に飛び出た。道に車の気配はない、怪しい人影もない。

朧の全身から汗が噴き出ていた。この感覚を朧は知っている。というよりも、つい昨日味わったばかりだった。

「・・・・・・まさか・・・」

 見つかった。もう?

「朧兄?どうしたの?」

「・・・あ・・・いや・・・」

 突然駆け出した朧を心配して付いてきた子。邪気のない瞳で見上げられ、朧は乾ききった唇を舐めた。朧達は下の子供達に自分達の『魔法』のことを話したことはない。彼らに教える必要はないし、彼らは知る必要もない。

「なんでもないよ。猫がいた気がしたんだ」

「猫!どこ!!」

「もう行っちまったよ」

 胸にささる小さな罪悪感。朧は深呼吸と共にそれらを飲み込む。

「おーーい。いい加減帰るぞ!!」

 朧が二回目の声をかけると、さすがに子供達も集まってきた。そしてなぜか桐花も集まってきた。

「また明日ねカイ君」

「うん、またねカズちゃん」

 悪鬼というか般若というか、判別がつかない桐花。それが朧の方に向いた。

 途端、その顔が消える。いるもの桐花を少しかっこよくした顔になる。

「海馬、なんかあったか?」

「え?なんでだよ」

「いや、なんか変な顔になってるぞ」

「あぁ?誰の顔が変だって?」

 朧は気分を悪くしたような演技で誤魔化す。だが、桐花は心配そうな顔をしてきた。

「いや、おめぇの顔のことじゃなくてさ」

「ああ・・・いや・・・」

 朧は気まずそうに顔を歪めた。こういう直線的な心配を家族以外から向けられるとどう反応していいのかわからない。特に桐花を相手にするとなお困る。

「その・・・気にすんな。なんでもねぇから」

「なんかあったんだな?」

「なんでもねぇって」

 それでも深く突っ込んでくる桐花。これが単なる冷やかしや嘲笑なら朧は怒る。鍛えた体を見せびらかし、練習を重ねた格闘技を見せて追い払う。

 だが、彼は純粋に心配してくれているのだ。そういう相手は無碍にしにくい。

「・・・そうか。ならいいけどよ」

 結局、桐花の方が引き下がった。

 引いてくれた桐花に朧は心の中で感謝する。あれ以上突っ込まれると子供達にまで不安を与えることになっていた。多分、こいつはそれを感じ取ったんだろう。

 普段はおちゃらけて、軽いように見える男だが、気配りはできる奴だ。だから朧は彼と友達になったのだ。

 朧は話題を変える。

「帰りにスーパーに寄りたいんだが、付いて来るか?」

 周囲の子供達から明るい声があがる。高学年の人とスーパーに一緒に行くと高確率で食玩を買ってもらえるのだ。朧達の小遣いで賄える範囲なのでたかが知れているが、彼等からしてみれば嬉しいのだ。

「んーーー和美、行きたいか?」

「うん!カイ君と一緒に行きたい」

 瞬時に羅刹の顔をする桐花。朧はそれを同意とみなしてスーパーに足を向けた。『Memory』とは逆方向の道。興奮する子供達を先に行かせて、道を外れないように注意する。朧は時折背後を気にし、監視の目を探していた。

 やっぱり頭の奥が痛むような気がしていた。

 スーパーにつく。自動ドアが開くとやや肌寒いぐらい気温を感じる。カゴを手に取る朧の前で子供達は一目散に食玩コーナーへと駆けていった。

「桐花、任せていいか?」

「おう、お前は買い物してこい」

 桐花は気さくにそう言って子供達に付いて行った。

 朧はそのスーパーの入口に一瞬だけ視線を送る。特につけられている気配はない。

 やっぱり考えすぎだろうか?

そう思いもしたがさっきの冷や汗を思い出す。あれほどの衝撃はそう簡単に抜けない。

「・・・・・・・」

 だが、いつまでもこうしていられない。

 朧はカゴを片手にスーパーの奥へと歩いていった。

 今朝改めて渡された御使いのメモの内容を次々に放り込んでいく。本当は昨日買ってくる内容だったもの。

 昨日、これを買いに出かける前のことは一切頭に残っていなかった。それでも朧は自分の記憶を探す。だが、それは決して浮かび上がってこない。

普通は一度記憶したものは必ずその残滓のようなものが頭に残る。だから『思い出せない』という言葉がある。

朧の英単語にしたってそうだ。なんとなくどこかで勉強した気はするが、思い出せない。

 それに対して昨日の出かける前の記憶はその残滓すらない。『思い出せない』のではない、『記憶がない』のだ。何かの関連で思い出すことはない。昨日の出来事を言われても「ああ、そんなことあったかも」などといった曖昧な記憶すらない。時間の経過でふとした拍子にフラッシュバックすることもない。完全に消滅しているのだ。

 それが、『魔法』を使うということだった。

 ふと、朧の足が止まった。パンの棚にエクレアがぽつんと置いてあった。中には小さなエクレアが三個入っている。

「そういやあいつ、エクレアが好きだったな」

 思い出したのは歌燐の笑顔だ。こいつを買っていったら喜ぶだろうか。

 ふと、そんなことが頭に浮かんだ。だが、これをこのままカゴに入れたら高確率で子供たちに食われるだろう。彼等は決して見逃さない。

 少しの逡巡の後、朧は呟く。

「・・・ま、いっか」

 朧はエクレアを棚に戻した。

 その後、食玩コーナーで子供達を呼び出す。彼等はカゴの中に次々と食玩を放り込んでいった。

「俺も出そうか?」

「いいよ、一人二人入れたところで変わらないからさ」

 ついでなので桐花の妹の分も一緒に会計。お金はぎりぎり足りた。

「悪いな」

「気にすんな」

 二人で手際よくお菓子を袋に詰め込む。その間、子供たちは自分の食玩を開けて遊んでいた。行儀が悪い、と言いたかったがやめておいた。こうやって遊ぶのは子供の特権だ。

「んじゃ、俺はこっちから帰るから」

 朧はそうして駐車場側の出入り口の方に指を向ける。

「えっ?どうしてだよ」

「こっちの方が近いんだよ」

「たいして変わんないだろ?」

「カズちゃんとカイをさっさと引き離したくないか?」

「うし、じゃあな!和美、帰るぞ!!」

「うん、またねー」

「またあしたー」

 どこまで本気かわからないが、桐花は乗ってくれた。

朧は二人を見送り、子供達を集めて駐車場側へと向かった。

 自動ドアを抜けるとそこは立体駐車場だった。薄暗く天井が低い駐車場。わずかな圧迫感が朧の呼吸を締め付ける。やはりどうしても慣れないものだ。

「朧兄、大丈夫?」

「おう、平気平気」

 強がってみせる。

 外に出ると相変わらずいい天気だ。もうすぐ5時ということもあり、どことなく夕方の空気が伝わってくる。

 朧はもう一度周囲を警戒した。やはり尾行されてはいないようだ。考えすぎだったんだろう。神経が張り詰めていたし、多分その影響だ。

 朧はそう結論付けて『Memory』への道を歩き出した。

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