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第2-2話 『Memory』

元々は学生寮だった建物。敷地内の中心寄りに位置するこの建物はこの養護施設の主な生活圏である。建物の名前は『Memory』わかりやすくていい名前だ。

今、そこの食堂には5歳から14歳までの子供達が20人程席についていた。その彼らの中に年長者である朧、歌燐、凛堂の姿も混じっている。

「箸とお皿は行き渡ってるか?」

そう声をかけたのは、長机が見渡せる位置に座っているメモリさんである。

「では、手を合わせろ」

乾いた音とともに皆が手を打ち合わせる。いつも思うのだが、これは柏手なのではないだろうか。

「いただきます」

大勢の復唱。そして、慌ただしくなる食卓。だが、朧は箸を取らずに青い顔をしていた。

「朧、どうした?食わないのか?」

それを不審に思ったメモリが声をかける。

「メモリさん。活きがいい食材って、どれだったんですか?」

「ん?何を言ってる?お前の目の前の大皿に乗っているだろ?」

いつまでも食事に手をつけない朧。年長者の朧が動かないので子供達は空気を読んだのか動かそうとしていた手を止めた。

「なんなんだこれは!?」

「佃煮だ」

「材料は!?」

「イナゴだ」

目の前にあったのは昆虫料理である。

「これのどこが活きがいいんだよ!」

「馬鹿者!旬が外れてる上に生きた食材だったんだぞ!感謝して食え!」

「食えるか!!」

見た目がまんま虫だ。こんなの普通の感性の日本人なら生理的に受け付けるわけがない。

「食べないの?美味しいよ?」

その声は横合いから入った。そちらに目を向けると歌燐がバリバリと音を立てつつイナゴを食べているところだった。それを皮切りに皆が皿に手を伸ばす。

「メモリさんの佃煮美味しい!」

「ご飯が進むよな」

「私的には少し味が薄い方がいいかな」

「朧兄ちゃん、好き嫌いはいけないよ」

周囲の子供達からも、そんな声がかかる。

「おかしいのか!?俺がおかしいのか!?」

「ああ、もう五月蝿いね!恵美!朧の皿に山程ついでやれ!」

「はーい!」

「のわぁぁぁぁあ!」

テキパキと皿にイナゴが乗せられ、朧の前に運ばれてくる。

「『Memory』の家訓その8!」

「・・・皿についだものはその人のもの」

「自分の持ち物には責任を取れよ」

逃げ道は無くなった。

「まったく朧は・・・虫ぐらい食べたらどう?」

やけくそ気味に皿のイナゴをかき込む朧に、歌燐が斜め前の席からそう言った。

「むしろ、何でお前らは平気なんだよ!」

「私からしたら、この前の『猿の脳みそ』よりは百倍ましよ」

「あれこそ、普通に食えよ!蟹味噌みたいなもんじゃねぇか!」

「嫌よ!というか、一人につき首一つってなんだったのあれ!!頭蓋を開いて食べるとか、信じられない!」

二人の会話を聞いてメモリさんは堂々と胸を張った。

「あれは本来客人に振る舞う高級料理だ。むしろ、喜んで欲しいね」

「嫌です!」

キッパリと言い放ち、歌燐はイナゴを口に放り込む。

「明日はエスカルゴになりそうだからな、楽しみにしておけよ」

子供達から元気な声があがる。

「まぁ、エスカルゴは私も好きだからいいけど」

「俺も・・・って、誰だ!俺の皿にまたイナゴ乗せた奴は!」

大家族のような人数で行う食卓はいつも賑やかだ。

「おーい、誰かのーりんを起こしてやれ」

この中でよく凛堂は眠ってられるよな、と朧は思いつつ味噌汁を啜ったのだった。口の中に柔らかい肉の感触がした。張りがあり、魚の刺身のような食感だが味はやや苦い。

「ん?何この肉質?」

「カブトムシの幼虫だ」

朧は胸の内でため息を吐き出して、あまり咀嚼せずにその肉を飲み込んだ。



食後の自由時間と言う名前の子供アニメタイムが終わり、その後の勉強時間が終わる。

子供達が主に集まるのは娯楽室と談話室だ。遊びたい奴らは娯楽室で騒ぎ、新聞を読んだり、本を読んだり、お茶をしつつドラマを眺めたりしたい人はここに集まる。そんな部屋の片隅で歌燐はソファーに腰掛けて雑誌を読んでいた。もう何度も読んだ古い雑誌だが、そこに出てくる連載小説が好きで読み返しているところだった。こっそりと文庫化を期待しているのだが、本屋にその兆候は見られない。

「どういう状況だ?」

後ろから声がかかり、歌燐は背後を振り返った。風呂上がりでシャツとジャージという格好の朧がいた。格闘技をひたすらにやってるだけあって、身体は随分と引き締まっている。

「なにが?」

「お前の膝の上だよ」

「ああ、これ」

歌燐に『これ』呼ばわりされたのは複数の下級生の男女である。皆に共通しているのは歌燐の狭い膝の上に頭を載せていることである。狭い大腿の部分を四人分の頭が取り合っていた。

「って、のーりんもいるのかよ」

「むしろ、のーりんが最初に倒れたのが原因」

「なるほど、羨ましがられた他の皆にたかられたわけだ。膝痛くないのか?」

「痛いに決まってるでしょ。代わってよ」

「寝てる奴らに言え」

我関せずとばかりに、棚から雑誌を探す朧。その中から一冊を歌燐に投げ渡した。

「ほれ、続きでも読んでろ」

「薄情もん」

「役得だろうが」

ぶつくさと文句を言いつつも受け取った雑誌を開く歌燐。朧も自分の愛読誌を探す。しばらく棚を物色していたその手は程なくして止まった。

「そういや、最新刊出てたっけか」

手に取った雑誌は先月のもの。次巻の発売日を見ると日付は既に一週間過ぎていた。朧は時計を見上げた。この時間ならまだ近くの本屋は空いている。買うのは明日でもいいかもしれないが、一度思い出した以上は最新刊を読みたくなってきた。

「・・・ちょっと出かけてくる」

歌燐に声をかけると、無言で何かを渡された。メモ書きである。メモにはボールペンなどの筆記用具や買い置きのお菓子、インスタント食品などが個数と共に記されていた。

「おい、なんだこれ」

「買い出し」

そんなのは見ればわかる。

「そのメモをなんで歌燐に渡されなきゃならないんだよ。メモリさんからならまだしも」

「私がメモリさんから渡されたの。明日にでも買ってきてって」

「それをなんで俺に渡す」

「自分で考えたら?あ、レシートとっとかないとお金もらえないからね」

既に歌燐は雑誌に目を落としている。メモを突き返すタイミングを逃した朧は敗北宣言のようにため息を吐き出した。

「あ、ついでにあれ買ってきて」

「エクレアか?」

「うん」

「相変わらずお前はそれが好きだな」

「いいでしょ」

太るぞ、と忠告したかったが口の中でとどめておく。毎日のようにダンスの練習をしている歌燐だ。余計なお世話だろう。

朧はメモをポケットに突っ込み、出かけて行った。

歌燐が談話室から外を眺めると、暗い夜道を朧が歩いていた。まだ春先のこの季節、外はまだ肌寒いだろう。風呂上がりの身体で朧を行かせたのはまずかったかもしれない。

少しだけ朧のことを心配した歌燐。

彼が帰ってきた時のためにコーヒーでも煎れておこうか。

だが、そのためには膝の上のこの子らが問題であった。

今も気持ち良さそうに寝息をたてて眠る子供達。起こすのも忍びないが、そろそろ本格的に足がしびれてきている。歌燐は一番起こすのに手間のかかる凛堂の肩に手を置いた。

『次のニュースです。本日未明、通り魔事件が市内にて発生しました』

ふと、歌燐の目の端を通り過ぎたニュース。普段は気にも留めないはずの地方ニュースに歌燐の目は引きつけられた。ニュースのタイトルは『被害者は記憶喪失』

『被害者は意識を取り戻す以前の記憶を全て失っており、家族や自分の名前もわからないという状況です』

『更には電車の乗り方や、ペンの使い方といった社会的な記憶も失われている場合もあり、複数の原因による記憶喪失かと』

『専門家は何らかの強いショックによるものだと考えています』

『今でも犯人に繋がる明確な手がかりはみつかっておらず、警察の調査が進んでおります』

毎日のように日本のどこかで起きる事件の一つ。それが日常の風景であるかのようにアナウンサーは淡々と次のニュースを読み上げていった。

談話室の皆も気に留めた様子もない。所詮はテレビ画面の向こう側の話。外国のテロリズムと同じだ。それは遠い世界のことである。

その中で二人。今のニュースに背筋の寒いものを感じている者がいた。

「・・・・記憶喪失ですか」

「のーりん、起きてたの?」

「目が覚めました」

いつの間にか目を見開いていた凛堂。彼女は既にCMへと切り替わったテレビ画面を見続けていた。

けれど、その目にはテレビ画面など映ってはいない。歌燐も同じだ。凛堂の髪を撫でながらも見ている景色はもっと遠い場所。

はるか昔。今も鮮明に覚えている悪夢のような日々。それは二人に『名前』というプロフィールも無かった頃だった。

「大丈夫・・・よね」

 歌燐が小さな声で呟いた。

「大丈夫です。今更、何かが始まるわけがありません」

凛堂はそう言ったが、声にはあまり自信がない。

「なにも・・・起きません」

むしろ彼女は自分に言い聞かせようとしてるように歌燐には聞こえた。

歌燐はそんな凛堂の頭を軽く叩く。彼女の頭はいい音がした。

「・・・叩きましたね」

「叩いたよ」

見上げてきた静を歌燐は笑顔で出迎えた。満面の笑み。先程の遠くを見ていた影のある表情は微塵も無い。

「よく笑ってられますね」

「考えてみれば、何の確証もないもんね。暗くなっても仕方ないし、元気だそ」

凛堂はその笑顔から顔を背けて、寝返りをうった。

「私は・・・」

「ん?」

「あなたの笑顔が嫌いです」

明確な拒絶の言葉。歌燐は少しだけ寂しそうな顔をしたが、笑顔を崩すことはなかった。

「ですが、歌燐の膝枕は好きなのでこのままでお願いします」

歌燐はもう一度静の頭を叩いた。

「残念だけど、私はどいて欲しいの」

「どうしてですか?」

「コーヒー煎れようと思って」

「私はいりませんよ」

「朧に煎れるの」

凛堂は器用に目だけで談話室を確認した。

「あの人、どこ行ったんですか?」

「買い物」

凛堂は窓の外に視線を向ける。

「随分、外が荒れてますね」

「ほんとだ」

風がやけに強く吹き荒れていた。それはまるで、小さな嵐の中にいるようだった。窓に吹き付ける強い風。出歩くには不穏な景色が二人の不安を掻き立てる。

言葉が消える二人。笑顔と皮肉で乗り切ったはずの悪夢が否応無しに彼女達の中に忍び込んできた。

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