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第5-6話 Memory Energy

「・・・・・・え?」

「は?」

 朧の足から数センチの箇所でコンクリがえぐれていた。驚いたのは朧だけではない、相模もだ。

 次の瞬間、スピーカーの電源が入るような音が聞こえた。ここは元大学。通信用のスピーカーならいたるところにある。そして、そこから聞き覚えのある声が流れ出した。

「・・・いい加減にして・・・」

 不機嫌そうな抑揚の乏しい声。

「・・・のー・・・りん・・・」

 空を裂くような鋭い音がした。

 直後、何かに押されるように相模が後退する。

「ぐうっ!このっ!これはっ!」

 次々と鋭い何かが相模目がけて突き刺さる。空気の盾が発動し防ごうとするも、その力に押されるように相模は後退していく。

「ああ・・・くそっ」

 悪態が口をつく。だが、助かったのは確かだった。

「・・・朧・・・行って・・・」

 朧は走り出した。空手の技は最も基本である武器を二つ失っている。朧が選んだのはムエタイだった。

 蹴りを主体としたタイの伝統的な格闘技だ。その特徴として組み合う程の近接状態からでも蹴りを繰り出すような技がある。

 走り込み、踏み込み、線では無く点を打つように真っ直ぐな蹴りを叩き込む。その直後、朧の耳を掠めるようにして鋭い何かが駆け抜けた。相模の防御が散り、朧の蹴りが相模の白衣に触れた。

「ここだぁ!」

 朧は一気に間合いを詰め、高い位置から肘打ちをその頭部に向けて打ち下ろす。

「そう簡単には・・・ぐうっ!」

 空気の盾で防いだ直後に別の箇所が被弾する。朧は一気に攻撃に移った。膝蹴りを二度ねじ込み、蹴り上げる。動き回る朧の隙間を縫うように援護射撃が飛ぶ。相模が離れようとするも朧は決して間合いを開けない。

「うおおおおおお!」

 ローキック、ミドルキック、ハイキックを順に打つ。そしてついに最後のハイキックが頭部にダメージを残した。

「ぐうっ!」

 だが、相模もただでやられはしない。朧の腹に空気の塊が直撃する。光弾とは違う、空気の大砲だ。これならばやせ我慢がきく。

 朧は強く踏み込み、腰を捻った。体を半回転させながらも視線は決して相模から切らない。全身のパワーと体重を腰と蹴りに集約する。

「おらぁぁああああ!」

 強烈な回し蹴り。それと全く同じタイミングで相模に鋭い一撃が三発叩き込まれた。

「ぬああああぁぁああ!」

 相模がよろめき、そしてついに膝をついた。

「・・・おせぇよ・・・」

 朧はそう呟く。それが聞こえていたのかスピーカーから声がした。

「・・・助けにきました・・・」

「だから遅いっての。来て欲しいとは思わなかったがな」

 朧の背後、メモリさんの後ろ、公園を抜け、半壊した『Memory』の屋上に彼女はいた。スピーカーに声を入れる為の無線を片手に持ち、もう片方の手を水平に伸ばして人差し指の先を真っ直ぐ相模に向けていた。

 能登崎 凛堂

 のーりんといつも呼ばれる少女が冷たく戦場を見下ろしていた。

「のーりん!」

 メモリさんが屋上を見上げる。その目には今も涙が浮かんでいた。

 それは後悔。また、子供達に魔法を使わせてしまったことへの後悔。そして己の不甲斐なさ。

「あぁあ・・・メモリさんの気持ちがよくわかるな」

 大事な人が魔法を使ってしまったというやるせない気持ちが朧にもわかる。

 ただ、やってきたのがのーりんであったことに感謝だ。彼女ならまだ取り返しがつく。

「・・・まだ生きていますか・・・」

「のーりん!もういい!」

 朧が叫ぶために振り返る。その視界にはアーチのように弧を描く光の線が6本続いていた。

「ぐあぁああ!」

朧の周囲を迂回し、相模に直撃する鋭い砲弾。相模が被弾した箇所からポロポロと零れ落ちるのは小石だった。『引力と斥力』物体を引き寄せる力と反発し合う力。のーりんの魔法はその力に干渉する。一発一発のエネルギーはあまりに膨大。それを持ち前の完全記憶で蓄えた数多くの情報を用いて叩き込む。それがのーりんの魔法だった。

「・・・・・・・・許しません」

 のーりんは足元の砕けたコンクリの欠片を拾い上げ、宙に放り投げる。彼女が真っ直ぐ指を向ける。わずかな駆動音が骨の外に漏れだす。そして投げ上げられた小石が宙で止まった。

「・・・・・・ここで・・・仕留めます」

 無線を通じて放送が流れる。

「くそったれ!」

 朧の声がここまで聞こえていた。

「・・・くそったれは・・・あなたですよ・・・メモリさんに酷いことを・・・」

 通信を切っていたため、その声は放送には乗らなかった。

「まぁ・・・私も同罪ですかね・・・」

 コンクリの欠片に力が乗る。弾丸のように石が飛び出し、相模を取り囲むような軌道で迫る。決して朧の邪魔にならない方向からの攻撃。そのどれもが決定打になるには威力が乏しい。だが、のーりんは止めを刺す必要は無いのだ。そこには彼がいる。

「おらぁぁあああ!」

 ムエタイ式の体重の乗った蹴りが次々と空気の盾を突破する。白衣の下にある機械越しに相模を蹴る感触が足裏に伝わる。

「くそがぁあああ!」

「おらあぁぁああ!」

 余裕の無くなってきた相模が叫ぶ。それを気合の裂帛で押し返す朧。

 朧自身も度重なる連撃で息が上がっている。それでも叫ぶ。

気持ちで負けたら技が鈍る。技が鈍れば力が伝わらない。己の全霊を持ってこいつを蹴り落とす!

「朧!待て!」

 メモリさんの声が聞こえた。

 大振りの一撃。

それは空気の盾に絡め取られた。

「なっ!」

「なぁぁぁぁめぇえええええるぅぅぅぅぅうなぁぁああああああ!」

 空気、いや空間が爆発した。そう思える程の衝撃。朧は吹き飛ばされ、相模に迫っていたのーりんの弾丸もまた失速して地に落ちる。

「はぁはぁ!そうかそうか!ここにいた被験体は一体ではなかったのか!ならばもう出し惜しみをする必要は無い!全てのストックを使い果たしても釣りが来る!」

 相模は髪を振り乱し、目を血走らせて叫ぶ。

「もう一度だ。もう一度くれてやる!」

「朧!のーりん!逃げろ!」

 メモリさんが声を震わせていた。

 メモリさんがその攻撃に恐怖しているとは思えない。怖いのはきっと、俺やのーりんが魔法を使うこと。いつだってメモリさんは自分が傷つくことを怖がってはいない。

 いつだって俺達のことを考えてくれていた。

「だから・・・なおさら引けねぇんだよな」

 大量の攻撃が来るのに、メモリさんを敵の眼前に放置なんてできるわけがなかった。

「おおおおぉぉおおおおぉおおおおおお!」

 まるで己の限界に迫ろうとしているかのような叫び。限界まで擦り切れていくような駆動音が不気味に響く。白衣の下の機械が気流を起こすほどの熱を発していた。風が相模に向かって吹き込んでいく。

「貴様らを潰すならここまでやってやるよ!さぁ、今度はさっきの倍だぁぁぁあ!」

 朧は拳を構え。そして、空を見上げた。

「おいおい・・・まじ・・・かよ・・・」

 結論から言うと、想定外だった。

「ここまでの光弾・・・安くは無かったぞ!受け取れ!これが私の研究成果だぁ!さぁあああ、沈めぇぇぇええええ!」

 視界一杯に光弾が溢れていた。その数はもはや数えることができない。夜空に浮かぶ星のように、天から降り注ぐ流星群のように朧の視界一杯に空気を圧縮した光弾が満ちていた。

「さぁああ!それほど守りたいと言うのなら守ってみせろよぉおおお!」

 余りにも圧倒的。その威力は小型爆弾に匹敵する空気の爆弾が大量に浮かんでいた。それが様々なスピードで迫っていた。速いもの、遅いもの。おそらくこれだけの『魔法』の発動で威力が不安定になったんだ。

「さぁああああああ!最後の時だぁ!」

迎撃するか?魔法を使って?どれだけの量の記憶を飛ばせばいいのかわからない。

 後方からのーりんが速い光弾に優先的に射撃を加えている。だが、彼女の攻撃は所詮点での攻撃だ。これほどの物量には焼け石に水だった。

 朧にしたってそうだ。格闘技は線や面での攻撃方法は少ない。パンチにしろキックにしろ、直線的で点で放つものが多い。それは相手が人間であり、大振りの攻撃よりも最短で相手に届く攻撃が有効だからだ。そして、その攻撃の延長で魔法を放つ以上、朧の攻撃も点でしか撃てない。

 撃つか?数発だけでも落とせれば、いや、せめて数十発、違う、全部だ。全部落とさなきゃならない。じゃなきゃ、『Memory』はもたない。そうなればその地下にあるパニックルームがどうなるかはわからない。

「・・・・・・っ!」

 握りしめた拳、噛みしめた唇。悔しかった。

 再度、スピーカーが付く音がした。

「力が欲しい?なら貸してあげよっか」

 校内放送じゃない。後ろからだった。

 振り返る。大きなアンプが公園の中央に運び出されていた。それを持ってきたのはあいつだ。

「歌燐・・・」

 彼女が何をやろうとしているのかを悟る。朧の形相が変わった。

「やめろ!お前はそれを使うんじゃねぇええ!」

「・・・ダメです!歌燐、それは!」

 焦ったようにのーりんの声も飛ぶ。だが、彼女はもうアンプの準備を終えていた。

 背後に迫る光弾も、高らかにあざ笑う相模も忘れ、朧とのーりんは歌燐に訴える。

「・・・あなたの『魔法』は本当に何を忘れるかわからないんですよ!」

「お前が大事なことを忘れてどうすんだぁ!お前が言ったんだろ!思い出を切り捨てたくないって!」

 二人の叫びはきちんと彼女に届いていた。だが、それでも彼女の決意は変わらない。

 歌燐は小さな声でメモリに声をかけた。

「メモリさん・・・ごめんなさい・・・私も・・・戦わなきゃ」

「・・・・・・・お前ら・・・」

 言葉にならない感情が伝わってくる。

 わかっている。そんな気持ちを込めて歌燐は笑顔を見せた。そして、彼女はマイクを取った。

「もう、やんなきゃなんないじゃん。私しか、できないでしょ」

 アンプに繋がれたマイクを通じ、歌燐の声が響く。

「いつだってそうだった」

 まるで、食堂や談話室で昔話をするかのように歌燐は落ち着いていた。

「朧が実験室から帰ってきた時も、のーりんが怖い夢から覚めた時も、笑顔で迎えるのが私の仕事。最後の仕事は私の仕事」

「・・・・・・私は・・・あの笑顔が大っ嫌いでした。あんな嘘っぱちな・・・作った笑顔・・・」

「俺もだよ!おめぇだって辛かったんだろ!てめぇだって苦しんでたんだろ!なのになんで笑ってられんだ!」

「だって、私にはそれしかできなかったから」

 アンプから音が流れだした。それは音楽。

「朧みたいに率先して前に出る勇気もない。のーりんみたいに凄い記憶力も無い。でも私は皆が帰ってくるところを守る。その為なら・・・なんだってできる」

 曲が始まる。朧ものーりんも知っている。それは、彼女がよく口ずさんでいた曲。それは彼女の覚悟。

「だから・・・私を守ってよ!このバカ共!」

 親指を下に向けてそんなことを言いやがる。

 朧の頬を滴が伝う。それは戦いに疲れた汗なのか、それとも瞼の端から零れ落ちた涙なのか。

「ちきしょぉおおおおおおお!」

 振り返り、朧は全力で吠える。そこにはしみったれた感情など一つも乗っていなかった。

 彼女が覚悟を決めたのだ。

 俺は何と約束した?過去の自分と何と約束した?

『僕は皆を守らなきゃならない』

ここでやらなきゃ、意味がない。

 皆を守る為に前に出てきた朧の存在意味が無い。

 目の前に迫る大量の光弾。そこに闇雲ともヤケクソとも言えるようにのーりんの攻撃が刺さっていく。朧は息を整え、その時を待った。

 朧の背後で曲が本格的に始まった。

 歌燐はリズムを取り、腕を振り上げた。

 曲が爆発的に加速する。

 それに合わせて歌燐は手を回し、足を振り上げ、体を揺らす。

『ダンス』

 一曲分のその動きを記憶するのは朧の『体性記憶』とは若干の違いがある。当然体の動きを記憶する点では一緒だ。だが、リズムや音楽を記憶する記憶野はまた別にある。音を捉え、一連の曲として繋げ、リズムを取り、体を動かす。そしてここからでは聞こえないが彼女は歌っているのだ。歌詞という通常の記憶をそこに混ぜ、全てを連動して一つの記憶として『魔法』を取り出す。それは膨大な力となる。

 だが、歌や曲は人の日常に強く結びつく。ふとした時に口ずさみ、時に意味も無く皆と唄う。それでいていつ唄ったかを覚えている人はいない。だが、それは確実に脳に音楽と関連付けられて記憶の底に沈んでいる。

 この『魔法』はそれを根こそぎ奪っていく。

 『あの場所』で皆を励ました時に歌った。旅行中に音楽プレーヤーで聞いていたこともあった。きっと子守唄代わりに使った。

 そんな思い出を全て解き放つ『魔法』

 そんな札を歌燐に切らせて、朧が黙っていられるわけもなかった。

「・・・・・・ああ、そうだ・・・そういや・・・あれがあったな・・・」

 点では無く、線で、そして面での攻撃を主とする格闘技。

『朧ってカポエラって武術使える?』

格闘技と音楽、ダンスの要素が合わさったブラジル発祥の武術。

カポエラ

朧は音に合わせるように、ステップを刻んだ。カポエラの独特の基本ステップ。ジンガだ。

 一つステップを刻む。

 自分の動きに集中する。

 一つステップを刻む。

 目の前の敵に集中する。

 一つステップを刻む。

 頭の中で駆動音がした。

 朧は地を蹴った。空中で体を捻り、二度の蹴りを放つ。目線はしっかりと空に浮かぶ光弾を見据え、蹴りの軌道は完全に光弾をなぞっていた。

 足先から放たれる空気の鎌。風圧が空気を塊を産み、亜音速で宙を駆ける。

 次の瞬間、数個の光弾が空中で炸裂した。

 だが、次の光弾がすぐに迫る。残った光弾はどんどん高度を落とし、加速をはじめていた。

「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ!この場所を吹き飛ばせぇえええ」

 相模などもう朧の視界には入っていなかった。

 朧は手でコンクリを掴み、着地し、また地を蹴る。朧は全身で舞う。後ろ回し蹴りのように足を振り上げる。円月切りのように下段蹴りを放つ。その度に空気の鎌が空を駆ける。同じ動きは一つもない。全てを出し尽くすかのように朧は踊る。まるでブレイクダンスのような動きを朧は繰り出し続ける。

「・・・・・・・はぁはぁはぁ」

 そしてそれも限界に来た。頭に靄がかかったような感覚が酷い。目の前の視界がぼやけてピントがずれたカメラのようになっていた。

「はぁっはっはっはぁぁぁああ!」

 動きが止まった朧を見て相模が笑う。

「これで終わりだぁああ!」

 いくつ撃ち落としたのだろうか。それでも空には光弾が大量に瞬いていた。

「いや・・・終わっちゃいねぇよ」

 さっきまでカポエラを使っていたはずなのに、朧はそれを何一つ覚えていなかった。

 それでも、なんの為に戦っていたのかは覚えている。それだけで十分だ。

「さぁ、曲のサビだ」

 曲の盛り上がりが最高潮に達する。

 その瞬間、空気の色が変わった。

 形容ではない。実際に色が変わったのだ。赤、青、黄、他にも様々な色が渦巻いていた。

 それはまるで虹。地上に零れ落ちた虹だ。その中心にいるのはいつも歌燐だ。

 その色は純粋なエネルギーの塊だ。質量を持たず、原子を伴わず、世界の現象そのものに干渉するエネルギー。

 それが歌燐を中心に渦を巻く。

「超広範囲撃滅型の魔法だ・・・ぶちかませ」

 音波が空気を媒介にして伝わるように、色が世界を媒介に放たれる。朧が放っていた空気の鎌を何倍かに増幅したような衝撃波が空を裂いて駆け抜ける。

「なに・・・なんだ?・・・なんだぁ!なんだぁ!!」

 それは空だけではなく、地上をも席巻する。

 メモリや朧さんを素通りし、建物をかわし、黒助にはちょっとだけ当たり、そして相模を直撃した。

「なぁぁあああああ!このおおおおおおお!」

 空気の盾を作り出すもその圧倒的なエネルギーに相模の身体が押される。

 頭上では迫っていた光弾が次々と空中で爆発を遂げていた。圧縮空気が膨張する際の風さえもその色が拒む。朧達にはその余波の一片すら届かせることなく、光弾が端から撃ち落とされていく。

 わずか一分足らず。朧からは一瞬のような出来事だった。一回の曲で放たれた魔法は空に浮かんだ脅威を全て撃墜した。

 全てが終わり色が薄れた時、空には暗くなった夜空に本物の星が残っていた。

 後ろで誰かが倒れる音がした。

「歌燐!」

 メモリさんの声がした。後は任せればいいか。

 朧はただ前を見据えた。

「くそぉお・・・・」

 相模はまだ立っていた。ボロボロの白衣からは砕けた機械や千切れたコードが零れ落ち、内臓のようにまき散らされていた。

「まだだ・・・まだ・・・」

 まだ動けるらしい。また魔法を使う気らしい。

「させねぇよ!」

 朧は一歩踏み出した。二歩目は駆け出した。三歩目は蹴りを放つために強く大地を踏みしめた。

 歌燐が死力を尽くして作り上げたチャンスだ。ここで確実に仕留める。

 朧が放った渾身の蹴りは相模の鳩尾にめり込んだ。

「かはっ!」

 唾液とも胃液ともつかないものが相模の口からこぼれる。朧は下がってきた頭部に肘打ちを叩き込む。

「くそっ・・・」

 また空気の盾だ。だが、その場しのぎにすぎない。

 朧は膝蹴りに切り替え、相模の額を叩き割った。

 のけ反るように後ろに倒れそうになる相模。

「くうっ!せめて貴様の記憶だけでもぉおおおお!」

 相模はふんばり、大振りで拳を振り抜いた。朧はそれを掻い潜り、カウンターを決める。

「ぐぶほぁ!」

「俺は・・・負けられねぇんだぁああ!」

「このぉおおお!出来損ないのモルモットがぁあああああ!」

 最後の力を振り絞るように白衣の内側の機械が音をあげた。

 そして生み出される光弾。辺りの空気を吸い上げ風を産む。それを見て朧はゆっくりと腰を落とした。腕を顔の前に構え、拳の隙間から相模を見据える。ボクシングのファイティングポーズだ。

「一つ、教えてやるよ!」

 放たれた光弾。朧の頭でまたチップが唸りをあげる。

 真っ直ぐに撃ちぬかれたストレートの拳が光る。二つの光がぶつかりあい、風が吹き荒れ、そして消える。立っていたのは朧だ。

「来るな!来るな!来るな!」

 風圧が次々と叩きつけられる。朧はそれらを腹に受けながらも全てを無視する。

ただのやせ我慢。それが朧の特技。朧は一気に間合いを詰めた。

「俺達は!」

「来るなぁぁ!」

「出来損ないでも!」

 ボディにコンパクトなフックが刺さる。

「モルモットでも!」

鋭いアッパーカットが相模の頭を跳ね上げる。

「被験体でもねぇ!」

 上段から打ち下ろす形で右拳を顎に叩きつける。

「俺達は・・・」

 相模の脳が揺れていた。膝が震え、意識が混濁する。それでも、倒れなかったのは相模の最後の執念か。

 そして棒立ちの相模の顔面には朧の拳が迫っていた。

「魔法使いだぁぁああああああ!!」

 振り抜かれた拳。仰向けに吹き飛ぶ相模。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 残心の姿勢を取る朧。動かなくなった相模を確認し朧の意識は急速に薄れて行った。

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