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第5-4話 Memory Energy

 朧は一直線に『Memory』へと向かっていた。胸騒ぎがしていた。

 さっきの奴は姿形はこの前戦った相手と同じだった。だが、戦い方がまるで違う。魔法をほとんど見せないし、パンチのキレもいまいちだった。そっくりさんか、それとも変装の類か。とにかく、『Memory』が襲われているかもしれないんだ。

朧の頭の中にいろんな笑顔が思い浮かぶ。皆が無事であってほしい。朧の願いはただそれだけだった。

角を曲がり、『Memory』の敷地が見えてくる。その時、強い風が吹いた。その場所が大学を名乗っていた時代に植えられた木々の葉が激しく揺れた。ふんばらなければ立ってすらいられない暴風に朧の足が止まる。

「くそっ」

 あまりにも強い風。朧の胸騒ぎが大きくなる。

 風が収まり、朧は顔を上げた。

「・・・っ・・・なんだあれ・・・」

 朧が木々の上に見たのは大量の光の弾だった。それが唐突に降り注いだ。次いで響き渡る轟音。

「・・・・・・・」

 朧はすぐにまた駆け出した。出入り口の前に止まっているトレーラーの前に立つ。

 そして、目の前の光景に絶望する。

「なっ!」

 朧が暮らす『Memory』はボロボロだった。文字通り、ボロボロだった。窓は全て砕け散り、コンクリは砕けて鉄筋が露出している。壁が吹っ飛び、むき出しになっているのは中学生の部屋だ。

 周囲も酷い有様だった。一直線に続く道に立っていたはずの木々は強風にあおられたかのように根元から引き抜かれ、コンクリは割れ、地面がところどころ不自然に盛り上がっていた。

 だが、朧の目を引いたのは人だった。ボロボロの『Memory』を守るようにメモリさんが立っていた。左腕が不自然に曲がり、額から血を流している。それでも、強い瞳で前を見据え、震える右腕で銃を構えていた。

 そしてどうでもいいことだが、黒助がその脇で転がっている。

「まだやりますか・・・」

「当たり前だ・・・」

「どうしてそこまでするんですか?あの時もそうだ。あなたは自分の命など投げ捨てるように戦っていた」

 メモリが立ち向かっているのは白衣の背中。その姿には見覚えがあった。

 だが、視覚で捉えられる情報など二の次だ。奴が誰なのかはこの震える体が証明してくれる。

 奴は『あの場所』にいた人間だ。

「大人が・・・子供を守るのは・・・当たり前だろ」

「命を懸ける理由にしては余りに軽いですな」

「言ってろ。保護者ってのはな、時々そうしなきゃならない時があるんだよ!」

「では・・・」

 白衣の男が手を振りかざす。そして、風が吹き荒れた。あまりにも膨大な風の流れ。空気を圧縮し、光さえも屈折で捻じ曲がる。不規則に収束するそれは宝石の輝きのように瞬くような光を放っていた。

「生体反応は地下室でしたね。地上の建造物を壊してしょうか」

 朧は足元で空気を爆発させる。

「させるかよぉおおおお!」

 猛烈な飛び蹴りは空気の盾に阻まれた。

「おや、もう来ましたか」

「朧!」

 朧はそれでも拳を叩きつける。一気呵成に攻め立てた攻撃は空気の盾の迎撃を突破することはできなかった。

「集中したいので、邪魔しないでもらえませんか?」

「ふざけろよ」

 朧が回し蹴りを叩き込むとようやく相模は朧の方を向いた。

 朧は瞬時に足を動かした。飛び退くように動き、メモリと相模の間に立つ。

「朧!ここはいい!はやくパニックルームに!」

「・・・・・メモリさん。そんなボロボロで何言ってんですか」

 朧は構える。それは空手の構えだった。

「朧!私の言うことが聞けないのか!」

 朧はその声を無視し、駆け出した。

「おっと、また会ったな少年!いや、被験体197!」

「うるせぇ!」

 朧は相手の懐に飛び込み、一気呵成に攻め立てる。無駄だとわかっていても、それでも前に出る。

 『魔法』は記憶力を消費する。つまり、エネルギーは有限だ。攻撃を仕掛け続ければ、いつか隙が産まれる。

「残念だな。そんな行動を取るとは」

 朧の腹に衝撃が加わる。空気の塊がぶつかった衝撃。朧は吹き飛ばされ、地面に転がる。

「まだまだぁ!」

 直後、受け身を取り、体を振り回し、筋肉を攣りそうになりながらも再び立ち上がった。

「朧!私の言うことを・・・くそぉおっ!」

 メモリさんのサブマシンガンから銃弾が放たれ、相模へと突き刺さる。

「無駄ですって」

 空気の盾が全ての銃弾を彼の手前で止めてしまう。それとほぼ同時に相模は空気の塊を作り上げた。光が曲がる程の密度を持った空気の塊。

「朧!あれは圧縮空気の爆弾だ。弾頭を持ったミサイルと同じだ!」

「関係ねぇ!ぶっ叩く!」

「馬鹿!やめろ!!」

「では、試させてあげますか」

 相模は指揮を取るように腕を振った。光が瞬く空気の弾丸が迫る。

「・・・・・・っ!」

 一瞬、足がすくんだ。

 目の前から飛んでくる脅威を肌で感じ取ったのだ。胸の内に這い上がってくるのは恐怖。手に滲む汗は焦り。間違った選択肢を選んだかのような後悔が首を持ち上げた。

「うおおおおおおおおおお!」

 それらを押し殺して朧は叫んだ。一緒だ。いつもと一緒だ。高速で迫る光弾を前に、朧は何度も繰り返した動きをもう一度なぞった。

 左足を踏み込み、自分の中に越えてはいけない支点を築きあげる。足裏でコンクリを掴む。右足を蹴りだし、勢いを左足で抑え込む。二本の足でため込んだパワーを下半身で育て上げ、上半身、腕、そして拳へとひねり込む。

 考えることは何もない。ただ自分の中に構築している動きのイメージを体に伝える。不意に鼻の奥に酸味がかった鉄の匂いがした。

 朧の拳は飛び来る光弾の直前数センチで止まる。タイミングが早かったのか?違う。

 ここは朧の間合いだった。

 拳の先で一点に集約された一撃が放たれた。

 空気と空気のぶつかり合い。ジェット機の爆音のような音が響き、風が吹き荒れる。

 風が止んだ時、光弾は消滅していた。

「こいつを作れるのはお前だけだと思うなよ」



 振動は地下にまで届いていた。度重なって起きる衝撃波。

 やけに大きな部屋だった。居間があり、キッチンがあり、食堂があり、大部屋の寝室がある。

 閉所恐怖症の朧がいるからこそ、逃げ込む先であるパニックルームには圧迫感は無かった。

 今、皆は寝室に集まり布団を持ち出していた。寝る為じゃない。少しでも恐怖を紛らわせる為だ。そして、居間に設置してある外部の監視カメラの映像を見せないためだった。

「・・・歌燐姉ちゃん・・・」

「大丈夫だって。メモリさんは強いんだから」

 脅える子供達を引き寄せ、布団を肩にかけてあげる。眠ることとは無防備を晒すということ。温もりのある寝具は守られていることを実感させる。

 それを歌燐は長年の経験と実験施設での記憶で知っている。

 怖がる子供を宥めるのは慣れたものだった。

 方々では中学生が低学年の子達をまとめて、気を紛らわせるためにゲームに興じている。ごまかしきれているとは思えない。それでも皆が気丈にふるまうのは信じているのだ。戦っているメモリさんのことを。

「・・・明日香・・・この子達お願いしていい?」

「あ、うん」

「歌燐姉ちゃん!行っちゃやだ!」

 必死に裾を握ってくる。歌燐はその子に視線を合わせ、微笑む。

「すぐ戻ってくる。隣の居間にいるだけだから」

「本当?そこにいる」

「うん、もちろん。私は皆を置いて行ったりしないから」

 その頭を優しく撫でて、歌燐は後を明日香に任せた。

「お姉ちゃんは?」

「あ、えと・・・私、緑 明日香・・・歌燐のお友達」

「おともだち?」

「うん・・・歌燐姉ちゃん・・・友達できたんだ」

「え・・・」

 緑の表情が微妙な顔のままで固まった。

「ふふっ、変な顔」

「あ・・・あははは」

 緑は若干驚いていた。

上では摩訶不思議なことが起こっている。日本という国で銃を持って、こんな爆発が起きる程の戦いが起きている。それなのにここの子供達は皆が笑おうとしている。

私なんかよりもずっと肝が据わっている。

「・・・ねぇ・・・怖く・・・ないの?」

 聞いてから失敗したと思った。

 不安を煽ってどうする。

面倒を見てと頼まれた直後にこれだ。緑は自分の不用意さに唇を噛んだ。

だが、目の前の少女は笑っていた。

「・・・怖いよ・・・でも・・・メモリさんがいるもん」

「え?」

 メモリさん。今朝、海馬くんが言っていた。この施設の『お母さん』

「メモリさんはねすっごいんだよ!料理もおいしいし、喧嘩もすごい強いし、頭もいいし・・・怒ると怖いし・・・」

 メモリさんのことを語るその子はとても楽しそうに話す。こんな状況で、こんな時でも、夢中になって話す。

「それに、すっごくかっこいいの!」

「メモリさんのこと・・・好きなんだね」

「うん!」

 いい笑顔だった。緑の中の不安が消えてしまうほどの笑顔だった。

「ねぇ、メモリさんってどんな人?私に教えてくれないかな?」

「いいよ!えっとね・・・えーっと・・・うーーん、なにから話したらいいかな?」

 再び地響きが起こる。だが、不思議とさっきほどの恐怖は感じなかった。

「あっ、そうだ!この前ね・・・」

 緑はそっと布団を引き寄せ、その子の話に耳を傾けた。



 歌燐が居間にいくと、そこには厳しい顔でのーりんが画面を見ていた。

「・・・・・・朧が・・・馬鹿をしてます」

「・・・・・・・」

 画面にはメモリさんと朧が科学者に相対していた。

そして、彼はメモリさんの静止を振り切り、前に出て、『魔法』を放った。

「・・・あのバカ・・・」

「・・・・・・どうします?」

「私達が行っても・・・メモリさんを悲しませるだけ」

「・・・ですよね」

 魔法を使うことを彼女は望んではいない。戦うことを誰も褒めてはくれない。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 頭ではわかる。メモリさんがこのままやられるわけがない。このまま負けるわけがない。

 私達にはここでやることがある。皆を不安にさせないために、ここにいることが大事なのだ。

 でも、それでも・・・

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