菊池茜
ギャルゲーには回想シーンというものがある。
シナリオの要所要所に差し込まれることもあれば、1つの章をまるまる回想シーンとする作品もある。
だが両者にいえることはそこに重要な伏線が含まれていることだ。
幼き日の結婚の約束、語り合った夢、目に見える形としてはお祭りで買ったおもちゃの指輪などがキーアイテムとなることが多い。
そんなわけで回想シーンは重要だ。
しかしゲーム開始時から振り返るからこその回想であり、姫咲凛が幼女である現在は過去ではなく今だ。
ならば為すべきことがある。
決まっている、改変だ。
◇ ◇ ◇
「やあ、恭弥。おはよう、いい朝だな」
「………」
「なんだいなんだい、そんなしょぼくれた顔をして。せっかくのかっこいい顔が台無しだぞ」
「……うるせえな」
「おや、ようやく返事を返したと思ったらうるさいか。いけないな、1日の始まりの挨拶はおはようだ。ほらほら言ってごらん」
「ッチ……はよ」
「ん、まあ及第点だがいいだろう。よし、改めておはよう、恭弥。君も何か飲むかい?」
「いらね」
談話室での一幕だ。朝目を覚ました私は寝ている黒木を横目に談話室まで降り、ココアを飲みながらテレビの朝の占いを見ていた。
そこへ起きた恭弥が降りてきたので挨拶をしたのが先ほどの会話だ。恭弥は洗面所に顔を洗いにいったのだろう。
自室にはトイレはついているが、洗面所や風呂は共用だ。
もちろん風呂には4人とも幼いので亜矢子さんと一緒に入っている。亜矢子さんの推定Gカップのバストに男としての自分が鎌首をもたげたが、さすがに自制した。
私と黒木の入居より10日が過ぎた。
この期間にあったことといえば、少しホームシックになりかけた黒木を私がなだめたり、最初は無視を決め込んだ恭弥を若干ウザいくらい話しかけることによって会話を成立させることが可能になったことと、怯えていた茜とポツリポツリ会話ができるようになったことぐらいだ。
さて、肝心のアイリスでの生活は身構えていたほどここに来る前の生活と違いはあまりなかった。
アイリスは養護施設と幼稚舎が合体したような施設だ。
朝起きたら皆で朝食をとり、その後は保育園のごとく亜矢子さんが先生、我々4人が生徒で勉強、終わったら自由時間の後夕食を取り就寝といったサイクルだ。
勉強といっても話を聞いたり歌を歌ったり庭で遊んだり疲れたら昼寝という普通の子どもとなんら変わらない生活である。
特殊なことといったらギフトの勉強があることだ。といってもやっぱりお話レベルの説明なので内容は簡単だ。むやみに人に向けて使ってはいけませんよ、悪いことに使ってはいけませんよといった感じのふんわりとした話だ。
問題があるとすれば、なにをするにしても未だ私と黒木、菊池兄妹という2グループに別れて行動していることだ。
この10日間は彼らにとって我々は異物であったためしょうがないが、そろそろどうにかしなくてはな。
問題の解決の鍵を握るのは、
「茜、少しいいか?」
「凛ちゃん?えっと、うん、いいよ」
少し間があったのはここにいない兄を思ったのだろう。
「それで、どうしたの?」
「なに、茜と話がしたいと思ってな」
「私と……?」
「ああ」
茜は少し考え、
「プリティキュアが始まるまでならいいよ」
「もちろんだ、私も見たい」
この日は日曜日、時間帯は朝。世の少年少女と大きなお友達が起きる時間だ。私はこの時間帯を狙って茜に声をかけた。男どもは今頃、戦隊ヒーローとバッタライダーに夢中でテレビに齧りついているだろう。
私はプリティキュア派だ。お前元男だろうというつっこみはなしで。今は女だから問題ないんですー。
「では、どこで話そうか。君の部屋と私の部屋どちらがいい?」
「……じゃあ凛ちゃんの部屋で」
「そうか、ではちゃっちゃと向かおう。時は金なり、だ」
私の部屋は黒木の部屋でもある。茜は初めて入るであろう男の子の部屋というのに興味があるらしく、所在なさげにキョロキョロと見回している。
「どうした?何か面白いものでもあったか?」
「えっ!いや、ううん。なんでもないの」
真っ赤な顔で手を前にバタバタさせる茜は死ぬほど愛らしい。しばらく観察したかったが時間もないので、さっそく本題に入る。
「さて、茜。話があるというのは他でもない君と君の兄君についてだ」
その言葉に茜の肩がビクリとした。
「私は最初に言ったように君たちと仲良くなりたい。しかし、君たちはというより恭弥は私たちが君たちに……いや茜、君に近づくのが相当に嫌なようだ。
そこになんらかの理由があることは薄々察している。できればそれを教えてくれないか?」
言いきった私の前で茜は俯いたまま動かない。
チッ、急ぎすぎたか?心の中で毒づく。
長い静寂の後茜は顔を上げ真っ直ぐ私を見つめる。
「……凛ちゃん」
「……なんだい?」
「私、凛ちゃんや悠人くんと仲良くしてもいいのかな?」
「ああ、いいとも、悪いはずがない」
「私もお兄ちゃんもみんなと一緒に遊べるかなあ?」
「もちろんだ」
それはずっと胸に秘めていた思いだったのだろう。
激情となって溢れ出した思いが彼女目からこぼれ落ちる。私は優しく彼女の目に浮かぶ雫を拭うとゆっくりと抱きしめた。
泣き止んだ彼女から聞いた恭弥の過剰な警戒の理由、臆病な彼女のその原因。分かってはいたが気持ちのいいものではなかった。
優しくフォローをして彼女を送り出した後、これからの算段について考える。
今回、私が行ったのはフラグ立てだ。恭弥か茜、どちらかに彼らの事情を聞いておく必要があった。なにせ大野雄二は知っているが姫咲凛は知らない情報だからな。
打算はあったが彼らと仲良くなりたいというのは紛れもなく私の本心だ。そこを履き違えてはならない。
これで手札は揃った。
この世界はギャルゲーの世界なのだ。やることは決まっている。
では始めよう、攻略を。