菊池兄妹
児童養護施設「アイリス」にはギフト持ちの子どもは姫咲凛、黒木悠人、菊池恭弥、菊池茜の4名しか所属していない。それはおそらくここをでるまで変わらない。
この街に住む同年齢のギフト持ちは10名前後だ。ならばアイリスにもそれに準ずる人数のギフト持ちが所属していないのはおかしいじゃないか。
その指摘は正しい。ただしおかしいのはアイリスではなく我々4名の方だ。
そもそもギフトの発現は刻印によって認知される。では最も多い刻印が現れる年齢はと問われると小学校高学年に一番多い。
つまり、私たちの年齢で刻印が現れることなど滅多にないのだ。十年に1人現れればいい方だろう。な、おかしいだろう?
ではなぜ、我々は4名も発現したのか。
だって
それは
ギャルゲー的ご都合主義だからだ!
◇ ◇ ◇
その空間には剣呑な空気が流れていた。
「……で?」
と、菊池兄が私と黒木に値踏みするような視線を向ける。黒木はムッとしているが私には可愛いものだ。
「私は姫咲凛、こっちは黒木悠人、よろしく。それで君たちの名前は?」
「……菊池恭弥、こいつは妹の茜だ」
「……よろしくお願いします……」
蚊の鳴くような声が茜嬢の口から聞こえた。
「よろしくッ!」
と黒木は菊池兄妹に笑顔で挨拶するが恭弥少年にキッと睨まれ怯む。
やれやれ。
「君たちがなにをそんなに警戒しているのかは知らないが(まあ知ってるが)私たちに敵意はない。むしろ友好的な関係でありたいと思っている。
だからそんな頑なに拒むような態度はやめてくれないか?」
「必要ない」
間髪いれず恭弥少年から返事が返ってくる。
「俺たちと仲良くする必要はない、関わらないでくれ」
にべも無い。
私と恭弥少年との問答を茜嬢は不安げに見守っている。
「君の兄はそう言っているが君はどうだい、茜嬢?」
急に名指しされて驚いたようだ。肩がビクリと跳ねる。
「私は……」
「茜」
それ以上の言葉を言わせないように恭弥少年が言葉を遮る。それによって茜嬢も完全に口を閉ざしてしまった。
「ふむ、なかなか難しいようだね。では今回はこのくらいにしておこう。
ああ、関わるなというのは無理だ。一緒に住むんだ、私からはガンガン干渉していくからそのつもりで」
唖然とした表情で私を見つめる菊池兄妹。
頃合いだな。
「では黒木、私たちはでようか。この部屋を見る限り、君と私は同じ部屋に住むようだ。
ならば急ごう、私たちの愛の巣へ」
はっはっはと菊池兄妹の部屋を出る。
「待って凛ちゃん!突っ込む所が多すぎて僕には処理できないよぉ!」
と黒木が悲鳴を上げながら私の後に続く。
去り際に私の耳に届いた声は、
「……変な奴」
と戸惑ったような恭弥少年の言葉だった。
失敬な。
「凛ちゃん、あなた本当に4歳?」
亜矢子さんが驚いた様子で声をかけてくる。
「なにをいう、どこに出しても恥ずかしくない4歳児であることを私は自負してるよ」
「だからそういうところ……」
どこか疲れたように亜矢子さんが呟く。
「凛ちゃんは大人っぽいんだよね!」
と黒木が好意的な解釈で私をフォローする。
「ああ、もう、それでいいわ」
亜矢子さんの諦めた様子の声で私たちの部屋に着いたようだ。
「ここがあなた達の部屋よ」
そういうとドアを開ける。内装は菊池兄妹の部屋と変わらない2人部屋だ。違いといえば私と黒木の私物が既に運び込まれていることくらいか。
「うわあ!すごく広いよ、凛ちゃん!」
はしゃいでる黒木を横目にさりげなく監視カメラの位置を確認する。この施設には至るところに監視カメラが設置されており常時見張られている。
頭の中でそれらのデッドスペースを考えていると、亜矢子さんから声がかかる。
「えっといまは4時ね。6時に夕食だからそれまでは自由時間よ。これからのことは夕食のあとにしましょうか」
「はい、分かりました」
「……うーん、凛ちゃんが大人っぽいことは分かったんだけど、そんなに肩肘張らなくてもいいのよ?
ここに住む以上私たちは家族のようなものなのだから。私にも楽に話してくれていいのよ」
「えっマジで!それを早く言ってよ亜矢子ちゃん!」
「凛ちゃん」
「いやもう、慣れない土地での新生活に内心ドキドキしてついつい硬くなってたんだけど、ありのままの自分を出していいなんて!
いや、待てよ?いっそこのままステップアップしてニュー姫咲凛としてパワーアップするのもよくないか?いいやするべきだ!頑張れ私!負けるな私!新しい自分デビュー!」
「凛ちゃん」
「はい」
「怖いわ、なんか怖いわ。特にそのセリフを無表情で言っていたところなんか特に」
「冗談です」
はあ、とため息をつく亜矢子さん。
「でも亜矢子さん?それ凛ちゃんの素だよ?」
と黒木が爆弾を落とす。
「えっ!これが素なの!?」
失礼な。
残念な子なのかしら?とブツブツ呟く亜矢子さんの背は煤けて見えた。苦労しそうだなこの人。ちなみに聞こえてるぞー。
「はぁ、とりあえず6時になったら食堂にきてね」
その言葉を最後に亜矢子さんは去っていった。
「ねえ、凛ちゃん!探検しようよ!」
黒木が私の手を引く。未知なる世界にワクワクが止まらないようだ。
「ああ、行こう!」
無論、それは私も同じ。
彼に手を引かれ私たちは冒険にくりだした。