風桜町
第三等級以上のギフト持ちの子どもは国指定の土地で生活する。
その街の設備は区画ごとに幼稚舎から大学まで揃っており、ギフト持ちのための研究施設、コンビニからスーパーまで生活するには十分なギフト持ちのための街である。
ギフト持ちの街とは言ったが住人のほとんどはギフト持ちではない。そもそもギフト持ちは母体数が少ないのだから実際に住んでいるのは学生のほか、教師や研究者、監視員などで500人ほどだ。一学年に至ったら10名前後だろう。
そんなわけで、無事ギフトを発動させた私もその街に赴くことになる。「原罪のクオリア」の舞台。
その街の名は、
◇ ◇ ◇
「風桜町?」
「そう今向かっている町の名前だ」
そう黒木に説明する。
現在、我々は風桜町に向けてその町の職員とともに引越しの真っ最中だ。
その車内で黒木が話しかけてくる。
あの公園の騒動の後、病院で目を覚ました私は医者の話もそぞろに風桜町への引越しを余儀無くされた。
現場に居合わせた私と黒木の2人とも能力を抑制するはずの腕輪を壊すほどのギフト持ちだ。慌ててギフト関係者の職員がすっ飛んできて、あれよあれよという間に話は進んだ。
ギフト持ちであると分かった段階で親元から離れるということは聞かされていたため、私の方は家族とそれなりに感動的な別れを告げた。
問題は黒木、彼は非常に嫌がった。
当たり前だろう。なにせ4歳だ、物心ついて間もなく親と離れて暮らすなど、いかに彼が主人公だからといって納得のできるものではない。
一応の納得をみせたのは、私も同行するということに安心したようだ。
親離れといっても私たちギフト持ちは町を出ることはできないが、許可が降りれば家族との面会は町中でできる。
永遠の別れというわけではないということで、黒木も渋々引越しに賛同してくれた。
「どんな街なのかなぁ、凛ちゃん!」
出がけには母親の胸でグズっていたのに、今では新しい土地での暮らしに期待を膨らませている。それは子ども故の順応の高さなのか、主人公補正なのかは分からない。
「さあ?私もよく知らないんだ。行ってからのお楽しみだな」
嘘だ。原作をプレイ済みの私は風桜町がどのような街か知っている。だがそれをここで彼に伝えるのは職員の目もあるので控えておく。
風桜町。
人口8000人ほどのこぢんまりした街だ。周囲は山で囲まれており、もっとも近い隣町でも山二つは越えなければならない。そのためギフト持ちを脱走させないための自然の牢獄としての側面もある。
まあ田舎だ。だがその中身までは田舎ではなく前述したように最新の設備による都市化がされている。
田舎なのに都会。ギフト持ちという異端の住む街としてはふさわしいのかもしれないな。
「ねえ、凛ちゃん。僕と凛ちゃんのギフトは第一等級なんだよね?」
黒木が小声で話しかけてくる。第一等級のギフト持ちはその存在を秘匿しなければならない。病院で念入りに説明されたことを彼は律儀に守っているのだろう。まあ運転している職員も我々を護送するに当たってその辺りは精通しているとは思うが。
第一等級という重要機密を守るに当たって書類上我々は第二等級という扱いになるらしい。国に政治的にも軍事的にも利用価値があると露見したわけだ。
彼の笑顔に比例するように私の気持ちは落ち込んでいく。
「第一等級ならさ、すごいギフトなんだよね。うわあ、楽しみだなあ。どんなギフトなんだろう?」
「彼女が浮気したら携帯にメールでリークしてくれるギフトかもね」
「嫌だよ!そんなギフト!」
「お父さんの浮気ならいいのか?」
「お父さんはそんなことしないよ!だからそんなギフト嫌だって!」
「冗談だ、そんな怒るな」
彼をからかっているうちの気持ちが上向いてくる。
「もう凛ちゃんは意地悪だよ、でもすごいギフトだったらみんなの役に立つギフトだったらいいなあ」
「ああ、そうだったら本当にいいな」
安心しろよ黒木悠人。君のギフトは素晴らしい、かけねなく。受難はあろうが君は立派なヒーロー足りえる。勿論、ギフトなんかなくたって君の気質は好ましい。
姫咲凛とは違って、ね。
◇ ◇ ◇
「やぁぁぁっと、着いたぁぁぁ!」
走行時間4時間の旅路に黒木は喜びの声を上げる。私はそこまで苦にならかったが、彼にとっては退屈な時間だったんだろう。
「それで僕たちどこに行くの?」
「おそらく児童養護施設だろう、ですよね?」
と職員に尋ねる。彼女は少し驚いた様子で、
「姫咲さん、物知りなのね。そう、あなた達がこれから生活する『アイリス』っていう場所よ」
アイリス……か。その単語には聞き覚えがある。今世ではなく前世で。
「アイリスか、どんなとこだろう、楽しみだね!」
無敵か、こいつは。萎縮する様子もない。常にガンガンいこうぜと前しか向いてない。
「ああ、そうだね」
頼りがいのある彼にフっと笑みが浮かぶ。
児童養護施設「アイリス」、そこで待っているのは新たな幼馴染。
ライバルキャラと新たな攻略ヒロインの登場がすぐそこまできていた。