姫咲凛
姫咲凛は「原罪のクオリア」のメインヒロインの1人だ。
主人公である黒木悠人の幼馴染にして第一等級のギフト持ち。薄く青みがかった髪は幼女である現在は肩口までしかないが、ゲーム開始時の12年後には腰まで伸びる。美貌は現在よりますます冴え渡り、ファンクラブなんてのもできる。
性格は快活で人当たりも良く、成績上位で生徒会長を務めている。
その上身体能力抜群で部活こそ所属していないが、彼女を欲する部活は後を絶たない。
東を歩けば付き合ってくれと男が群がり、西を歩けばお姉様になって欲しいと女が群がる。
欠点といえば、平凡な(本人談)黒木悠人との幼馴染の関係を大事にしていることだけ。
……と、ここまでならありがちなギャルゲーヒロインのテンプレのようなキャラクターだ。
さて、繰り返すが姫咲凛は第一等級のギフト持ちだ。
同じく第一等級である黒木悠人のギフトは破格の能力とそれにみあったデメリットを持つ。
では姫咲凛は?
◇ ◇ ◇
能力が発現したのは黒木少年との邂逅から2ヶ月後のことだった。
よく晴れた日曜日、その日は気だるい朝だった。体調は悪くはないがどこか違和感を伴う。直感的にその日が今日なのだと悟った。
「おはよう、凛ちゃん」
「おはよう、お母さん、お父さん」
リビングには両親が揃っていた。
「おはよう、凛」
ワンテンポ遅れて父親から返事が帰ってくる。どうやら新聞を読んでいたらしい。
大野雄二から姫咲凛へと変わって3ヶ月となる。それは意識的にだが俺から私へと変化させるには十分な時間だった。まあ根本的な思考そのものは変わらなかったが。少しだけ女性的になったと思ってくれたらそれでいい。
「凛ちゃんは今日も悠人くんと遊ぶの?」
「うん」
黒木悠人とは現在も交流が続いている。ゲームでも幼馴染という設定だったので幼い頃からの知り合いだったとは思っていたが、まさかこの年齢からだとは思わなかった。
ゲームではトラウマのせいか描写が少なく、はっきりとした年齢は分からなかった。
トラウマ……か。
それは黒木悠人が人を助けたいと今までよりいっそう願う事件であり、姫咲凛が世界に絶望する事件でもある。
だが対策は打った、私は姫咲凛としての最善を大野雄二としてつくすつもりだ。後はどう転ぶかは運に任せるしかない。
どうか今日という日が皆にとって平穏な一日でありますように。
◇ ◇ ◇
黒木との待ち合わせは私の家だった。
偶然にも2人の家の距離は近いらしくお互いの家で遊ぶこともままあった。
「凛ちゃん、こんにちは!」
「はい、どうも、こんにちは」
私のおざなりな返事に彼は不満そうだったが、気を取り直したように笑顔をこちらに向ける。
「今日はどこに行こうか」
「公園で遊ぼう」
私の家から近くにある公園は同じぐらいの距離に2つある。片方は団地の中心にありママ友さんたちも集う遊具も比較的真新しい公園だ。
もう1つの公園は人通りの少ない路地を抜けた先にひっそりと佇む有り体にいえば廃れた公園だ。
今回向かうのは後者だ。シナリオ通り行動するのはしゃくだったが、この身体の行動範囲内で人通りの少ない場所は考えうるかぎりそこしかなかった。
理想は能力発現時に黒木を除いて周りに人がいないこと。
うし、と本日の行動を決めると黒木とともに歩き出す。
戻ってくることは二度とないであろう街の景色を見納めながら。
公園に着く、人の気配はない。
「なにして遊ぶ?」
「砂場だ、姫路はこの前作ったが大阪はまだだったろう」
「僕、お城はわからないよぉ」
私のチョイスに黒木は不満げだ。私のアーティスティックな感性についてこれていないのは頂けない。
「それに女の子ってシ○デレラ城とかに憧れるんじゃないの?」
「いやいや、日本の城もバカにしたものではないよ。優美さ荘厳さどれも海外のそれに劣ることはないさ。
それに女の子だって日本の城は大好きさ。覚えておきたまえ、城女などと名乗る輩もいるんだぞ」
ちなみにマジでいる。
「へぇそうなんだ」
黒木は私のアホな説明にも感心してくれているようだ。
いい子だなー。
「それに城はともかく其処に住む武将だって大忙しだ。亡くなった今でもイケメンになったり女になったり休む暇がない。手を替え品を替え、彼らというコンテンツを我々日本人はしゃぶりつくそうとしている。
天国におわすお歴々は現状にどのような感慨をもっているのか本気で知りたくなるよ」
「凛ちゃん物知りなんだね!」
私の少しディープな業界批判も好意的に受け止めてくれたようだ。
ほんまええ子やでぇ。
「では作ろうか、上手く作れるかなキュベ○イ」
「お城は!?武将は!?」
バカな話をしながらペタペタと砂の山で土台作りをする。
その時黒木の胸から青い燐光が溢れだす。
「えっなにこれ!どうしよう凛ちゃん!?」
「落ち着け!」
私の言葉の後にパキンと音がして黒木の腕輪が壊れる。能力を抑えられてないじゃねえか!
光は徐々に収まっていき、最後には光は完全に途絶えた。慌てて彼に駆け寄る。
「大丈夫か!痛みや辛いとこはないか!?」
「うん…大丈夫…少し疲れただけだよ……って凛ちゃん背中!」
ホッとした私の背中から青く淡い燐光が溢れだす。
クソッ、一息つく間もないのか!
腕輪はカタカタと震え最後には黒木同様パキンと壊れた。ああっもう!役にたたないな!
腕輪が壊れるのを待っていたかのように力が溢れだす。不安定な力の解放は無秩序に暴れ、砂場を、鉄棒を、公園の遊具を破壊した。
私にっ、従えっ!
無秩序だった力は指向性を持ち私の内に収まる。だが暴れ足りぬと今度は己が身体で荒れ狂う。口内に鉄錆の味が広がる。ギリっとくいしばった口元から一筋の血が漏れる。
ようやく収まりをみせた時には、思考は千々に広がっていた。
ふらつく意識で最後に見たのは、
「凛ちゃん!」
とひどく心配そうに駆け寄る黒木の姿だった。
薄れる意識で最後に思ったことは考えうる限り最良の結果を出せた達成感とこれから始まる受難の日々への嘆息だった。
かくして物語は動き出す。
その中心に立つイレギュラーな少女がどのような変革をもたらし、うねりとなって世界と戦うのか。
ではご笑覧あれ、そしてできうるならば見届けたあとには、彼女の生涯に喝采を。