原罪のクオリア
ギャルゲーというジャンルのゲームがある。
プレイしたことがあるという人はマイノリティかもしれないが聞き覚えぐらいはあるだろう。
劇中で現れる選択肢を選んで意中のヒロインと恋仲になるというものだ。
ギャルゲーと一口にいってもそこからさらに様々なジャンルに分けられる。萌えゲー、泣きゲー、鬱ゲー、燃えゲーこれだけ列挙してもまだまだある。
ここからさらに学園もの、ファンタジーもの、伝奇ものなど細分化できる。
まあ些か飽和状態なのではと思うくらいギャルゲー分野は開拓されている。
さて、そんな業界に彗星の如く現れたのがこの「原罪のクオリア」だ。
略称はクオリア、総プレイ時間80時間という大ボリュームで送るこの作品、メイン攻略ヒロインは5人、サブヒロインまで含めると10人となる。
最大の特徴はジャンルのごった煮とも言えるあらゆる要素が含まれている点だ。
絵師が魂を削って描いたであろう可愛い立ち絵にスチル、萌え心を揺さぶられる魅力的なヒロインの声。
では物語はどうか、こちらも目が離せない。
ギフトという異能を用いて戦うヒロイン、ギャルゲーとしては異例の男性キャラの多さ、それにより密接に絡まる人間ドラマ、主人公と男性キャラとの友情、ヒロインを狙うライバルキャラ、激闘の果ての死に別れ。
ああ、素晴らしきかな原罪のクオリア!
俺はこの作品に巡り会えたことを信じてもいない神に感謝したほどだ。
見所を挙げるときりがないが、この作品を簡単に説明すると、ヒロインは戦うよ、戦闘を重ねるごとに主人公と恋仲になっていくよ、割とシリアスな話だよ、選択肢を間違えると主人公は簡単に死ぬよ、ヒロインもひどい目にあったり死んだりするよ、となる。
ヒロインもひどい目にあったり死んだりするよ
ヒロインもひどい目にあったり死んだりするよ
ヒロインもひどい目にあったり死んだりするよ
……ああ、本当にどうしてこんなことになってしまったのか。
◇ ◇ ◇
黒木少年との時間は中々楽しいものだった。
こちらにいいところをみせようとお気に入りであろう絵本を覚えたての文字でつっかえつっかえ読み進める。手伝ってやろうかとも思ったが無粋だろうと考え直す。読んでくれるというのだから男の子の意地は尊重せねば。男心には詳しいですので。
つらつらと考え事をしているうちに読み終わったらしい。
「ふぅ、面白かった?」
「うん、面白かった」
お世辞ではない。子供ながらに中々いいチョイスをするなこの少年。
絵本は臆病者のギフト持ちの子どもが街に襲いかかる悪者を勇気を出して退治するというものだ。最後は街の人々に感謝され自信をつけるという話である。まあ分かりやすい勧善懲悪だ。
「僕、こんなみんなを助けるギフト持ちになりたいんだ!」
ドーンという効果音が背景につきそうなほど拳を振りあげて熱弁する黒木少年。キラキラした瞳からは未来への展望の陰りを感じさせない。
「そっか」
俺の淡白な返しにどこかシュンとした表情を浮かべる。
なんだ賞賛するコメントを貰えると思っていたのか?
カッコいい!だとか、素敵!抱いて(?)!だとか。
思っていただろう。思っていたんだろう。
甘いぞ少年。青いぞ少年。
「君のギフトが無等級でも人を助けるの?」
少年の肩がピクリと動いた。彼のギフトは羽化前だ、どんな能力かは詳しくは分からないだろう。
意地悪な質問をしているとは理解している。
だからこそ、何も知らない今だからこそ問うておきたかった。
少年は俺の顔を真っ直ぐ見てニッと笑い、
「勿論!」
力強いその言葉に己に誓うような意志が見て取れた。
すげえな主人公、もうこのころから貫禄があるのか。明るく溌剌としていて迷いもない。その姿が俺には少しだけ眩しい。
きっと彼はその宣言通り、数多くの人を助けるのだろう。その道が険しいことを俺は知っている。時に喜び、時に涙し、絶望することだってあるだろう。だが彼は救うのだ、救世主のようにヒーローのように。
ならば、
「だったら私が困っていたら助けてくれる?」
「勿論!」
期待してしまう。彼の善意に頼らざるを得ない自分の薄汚い打算に嫌気がさしながらも願ってしまう。
「じゃあ約束、私が困っていたら助けてね?私も君のピンチには駆けつけるから」
「うん!ありがとう!」
礼を言いたいのは俺の方だ。どのような道程を辿っても姫咲凛の未来は彼に救ってもらわなければならない時がくるのだから。
帰る時間になったらしく黒木少年は彼の母親と一緒に帰って行った。
「頼むぜ、ヒーロー」
彼の背中を見つめ、口から漏れ出た言葉には祈るような思いが籠められていた。
◇ ◇ ◇
黒木悠人は主人公である。
その人物を評するならお人よしというのが第一にくる。
困っている人を見過ごせない。助けを求められたら手を伸ばす。そんな彼だからこそヒロインは惹かれてゆくのだろう。
では肝心の彼のギフトはなんなのか。
能力名「救済」、特殊型のギフトだ。
シナリオ後半にやっと判明するそのギフトはその名の通り総てを救いあげる。まさに神の如き所業だ。
救いっつったって具体的にはどんな能力なのさ、と思う人も多いだろう。まあ説明がややこしいギフトではある。
例えばヒロインが瀕死の重症を負ったとしよう。ここで黒木少年が「必ず助ける」と誓ったとする。この際ギフトが発動、過程はどうあれヒロインは助かるといったものだ。
ここまで聞くと破格のギフトのように思えるが、デメリットもある。助ける過程で彼が挫けてしまうと、救済はならずヒロインは死ぬ。ついでに黒木少年も死ぬ。
分かりやすく言うと、
1.ヒロインピンチ
2.黒木「必ず助ける」(ギフト発動)
3.ヒロイン救済中、黒木少年奮闘(ギフト発動中)
4.黒木「助けた」ヒロイン「素敵!抱いて!」(ギフト発動終了)
といった感じだ。
では失敗例、
1.ヒロインピンチ
2.黒木「助けたる」
3.ヒロイン救済中、黒木少年奮闘(ギフト発動中)
4.黒木「もうだめだぁ、おしまいだぁ」黒木少年挫折(ギフト発動中断)
5.ヒロイン死ぬ、黒木少年も死ぬ
ってな具合に目も当てられないバッドエンドを迎える。
なんで黒木少年まで死ぬのさというのは助ける案件が困難なら困難なほど彼は危ない橋を渡らなければならない。
ゲームでは選択肢という目に見える形で彼の心を折りにきていた。もうやめてあげて!と何度思ったか分からない。ハートが強くなければ主人公は務まらないのだ。
彼の性格が鈍感なのはそれらを加味するとしょうがないのかもしれない。
頑張れ黒木少年!君の明日はどっちだ!
そして、できることなれば俺を、私を救って欲しい。
もしその機会を幸運にも迎えることができたら、ヒロインとしてラスボスとして君を待っている。