夜が明けて
すいません、色々あって遅れました。
アイギスは風桜町の防衛組織である。
トップに町長の種崎修を置き、幹部10名、サポート人員500余名からなる風桜最大の戦闘組織だ。アイギスは国から認可されている組織で、理念としては風桜を脅かす外敵の排除に重きを置いている。
さて、そんなアイギスだが原罪のクオリアというゲームのシナリオ上、攻略ヒロインも所属している。
メインヒロインとしてアイギスの通信士でもある桜井菖蒲、サブヒロインであり戦闘職の宮本叶、あと3名のヒロインを除けばヒロインの中でアイギスの幹部はこの2名だ。
菖蒲は私の同級生で、風桜学院の特性上彼女とは同じクラスを共にしている。しかし彼女はアイギス内を除き他者と必要最低限の会話しかしないため、親しい友人と言えるのは私(とは自負している)しかおらず、人付き合いも消極的な少女だ。
翻って宮は菖蒲とは違い社交的な人間である。基本的に初対面の人間には概ねの場合、好意的に接し相手に悪感情を抱かせることは稀だ。しかし、いざ敵とみなした相手には苛烈で手心を一切加えない。
重要なのはどちらも風桜を深く愛しているということだ。敵であるなら外部であっても内部であっても容赦なく排除する。彼女たちは風桜町を多少神聖視しているため、この街に害を為す者には許し難い感情があるのだろう。
故に、紅石瑠璃の風桜襲撃事件は彼女らを含め、アイギス全体の議題として紅石嬢の今後をどうするか意見は2つに別れていた。
◇ ◇ ◇
「彼女は外部の人間に任せるべきです」
菖蒲の言葉が会議室内に響く。紅石嬢は所在なさげに身じろぎをする。
紅石嬢と黒木、ついでに恭弥は事件後、アイギス本部へと護送された。重傷の黒木は「治癒」のギフトを持つギフト持ちの元へ運ばれ回復の目処が立っているが、外傷のない紅石嬢については拘束の後、その身柄の対処が議題とされた。恭弥については……おっと。
「彼女はアンチギフトの人間です。この街に害を及ぼすことはあれど、利益は望むべくもない存在です」
「それは早計だ。既に彼女の所属している組織はガタガタだ。そもそも彼女はギフト持ちだ、経歴はどうあれこの街は彼女のような存在を受け入れるための街だろう?」
「……それは」
我ながら意地悪な返しだとは思ったが、彼女はアイギスに引き抜いておきたい人材だ。いずれ訪れる未来のためにも戦闘人員は一人でも確保しておきたい。
「なに、彼女を無条件でこの街に迎え入れるわけではない。どのような形であれ、けじめは必要だろう」
私は紅石嬢に視線を寄越すと彼女は小さく身体を震わせた。
「……具体的にはどのような措置を考えてるんです?」
「そこから先は私が答えよう」
種崎さんが私の言葉を引き継ぐ。
「まず彼女にはアイギスに所属してもらうことになる。これは彼女の監視も含まれる。必然的に同じ学校の同級生である凛くんや菖蒲くんに頼ることになるがね」
そこで言葉を切り、私と菖蒲を一瞥する。
「そのため生活環境も変えざるを得ない。瑠璃くんには菖蒲くんと同室となって寮で生活してもらう」
「なっ!」
ここで爆弾が菖蒲に落とされる。
「無理です、嫌です、不可能です!他人と同じ空間で四六時中生活を共にするなんて……死ねます!」
「そこまで!?」
まあ、人嫌いの彼女には酷な提案だろう。
「そ、それでも菖蒲くん以外の選択肢はないのだよ。凛くんは既に同室の子がいるから自動的に相手のいない菖蒲くんにお願いするほかないんだ」
「だからっ、そもそも私はアイギスに所属するのだって反対なんです!さらに監視するのが私?冗談じゃない!」
「いいじゃないかルームメイト。彼女とだったら刺激的な毎日が過ごせるだろう」
「姫は黙ってて下さい!こんな得体の知れない人と四六時中一緒なんてとても耐えられません!」
「……悪かったな、得体の知れない女で」
ボソッと呟いた紅石嬢を菖蒲はキッと睨みつける。
「ともあれ彼女を外部に任せるのは危険だ。彼女自身の問題もあれば、ギフトの問題もある。うちに置いておくのが最善なんだよ」
「だからといって納得できるものではありません!そもそも戦闘人員でもない私が『強化』のギフト持ちであるゴリラ女の対処なんかできません!」
「……こいつナチュラルに喧嘩売ってきてるよな?買うぞ、遠慮なく」
秒単位で深まる両者の溝に種崎さんの額に一筋の冷や汗が流れる。やめろや、こっちみんな。
こほんと場を仕切りなおすように一息つき、種崎さんの言葉が続けられる。
「……瑠璃くんのギフトについては心配ない、彼女は今ギフトを使えない」
今度は紅石嬢に爆弾を投下。
「はぁ?……て、ちょっと、あれ!?なんでだ、さっきは発動したのに!?」
動転する紅石嬢と口元を押さえ声もなく驚いている菖蒲。やがて彼女らの視線は自然と私に集まる。
それに動じることなくサムズアップし、
「やったぜ」
なにを、とは言わない。
「また、おまえかぁぁぁぁぁ!!」
今日一番の笑顔で紅石嬢の身体を少々いじったことを伝えると、会議室内に被害者の叫び声が響き渡る。
「そうとも!また私だ!」
ヒロインの一人として定期的なファンサービスを忘れない。まさにヒロインの鏡!
「ちょっ、まっ、えぇ……なくなったの私のギフト……?というかギフトなくなったら結局この街にいられないじゃん!」
「そうだね」
「返事が軽いわぁぁぁ!!」
紅石嬢の叫びに菖蒲はハッとした顔で私を見る。
「っ……ならば、私が彼女を監視する必要はありません!網走なりアルカトラズなり送ってしまいましょう!」
「逝けってか?豚箱に逝けってか?」
紅石嬢、意外に突っ込みが冴えるな。
「ううむ、そう単純な話ではなくてね。一時的に私のギフトで紅石嬢のギフトを封じているのであって、彼女がギフト持ちではなくなったという訳ではないのだよ」
「……あくまで『今は』ギフトを使えなくなっただけだと?」
神妙に頷く私を胡散臭そうな目で見る菖蒲。つーか、ほぼ全員がそんな目で見てんじゃねーか。……さて、どうしますかな。
「いやなに、私のギフトが及ぶ範囲はどれ程かと思ってね。菖蒲の身の安全が掛かっているんだ、それが時間なのか距離なのか判断出来まい。冗談はともかく不実な事は君に言いたくはない」
「……そうですか」
若干呆れている顔で私から視線を外す。
「……はぁ、私情はともかく理解しました。彼女は私が預かりましょう。しかしっ!問題行動を起こすようなことがあればこの街の住人とは認めません!」
「あーちゃんはツンデレだねぇ」
それまで成り行きを見守っていた宮がニヤニヤ笑いながら菖蒲をいじる。
「……いや、別に何も言いませんよ?ムキになって言い返したりしませんから。というより皆さんも黙って期待した目で見ないでください!」
「いけないな宮、そうストレートにツンデレなどと指摘してしまっては芸人に『ここでボケお願いします!』と言っているようなものだ」
「いっけね!」
「いや、ツンデレでも芸人でもないですから」
「ここはなんだかんだで拝み倒したら引き受けてくれるチョロさを指摘するべきだ」
「師匠、勉強になります!」
「よーし、分かりました。殴ります、誰がなんと言おうとぶっ飛ばします」
「気持ちは分かるけど落ちついて!」
離してください!と叫ぶ菖蒲を必死に抑える須藤さん。
「……それで、結局私はどうなるんだ?」
喧騒の中、紅石嬢のつぶやきが人知れず漏れていた。
活動報告での弟は無事合格しました。
ですが前期二時試験に落ちた従兄弟のもとへ駆り出されて色々やってるうちにこんなのびてしまいました。申し訳ありません。
あ、ちなみに従兄弟もなんだかんだで合格しました。




