風桜の一番長い夜 姫咲凛の場合
「千客万来だな今日は。君も桃園さんとこの子だね、どうやってここまで来たのかは知らないが君も、」
「ああ、そういうのいいから」
金崎の言葉を最後まで聞くことなく、彼の身体が地に伏す。
「なっ!」
背後から驚愕したような声があがる。おーおー驚いてら。
「グッ!これは君のギフトか……だが僕も、」
「いや、だから無駄だって」
対抗しようとする金崎のギフトを無力化するついでに、背後の連中も彼のギフトから解放する。愕然とした顔を浮かべる金崎だったがまだ余裕があるらしく、モゾモゾと床を這い小型の端末のスイッチをいれる。
「ははは!これで君も、」
「往生際が悪いな貴方は、これで三度目だ」
いい加減聞き苦しかったので、喋るたびにセリフが短くなっていく金崎の声を封じる。彼の口はパクパクと動くが声をだせない。
「……なにが起きてるんだ?」
動揺する紅石嬢の声が聞こえた。怒涛の展開に頭がついてこないのだろう。返事をしようと振り返ったところで菖蒲から声が届く。
「首尾は?」
「まずまずだ、捕縛する人員の他に怪我人がいるから救護班も寄越してくれ」
「了解」
会話を終え、ふうと息つくと黒木と紅石嬢は呆然とした目で私を見ている。ちなみに菖蒲のギフトは私にしか声は届かない。
「……今のは独り言じゃないぞ?」
「「そこじゃない!」」
両名から突っ込まれる。むう、気になるだろうと思っての言葉だったのだが。
「やあ黒木、片腕と片脚に銃弾を受けるなんてだいぶハードなデートだな。しかし場所はもう少し選んだ方がいい、私だったら即縁を切るレベルだぞ」
「少し前にも似たようなセリフを言われた気が……じゃなくて、どうして凛がここに!?」
「おや、忘れてしまったのかい?約束したじゃないか、君のピンチには必ず駆けつけると」
それは遠い幼き日の約束。
「それはっ!……確かにしたけど、今はそうじゃなくて!」
「そうがっつかなくても後でちゃんと説明してあげるよ。それより君は重傷なんだ無理に話そうとしなくていい。それより」
紅石嬢と視線がぶつかる。彼女は警戒するように構える。
「私の幼馴染が世話になったね、彼のエスコートに不満がなかったら嬉しい。またデートしてやってくれ」
「………」
返事はなく未だ私が敵か味方か判断つかないようだ。
「そう警戒しなくていい、私は風桜の住人の味方だ。そこには無論、ギフト持ちである君も含まれる」
「……どういう意味だ、その様子だと私の正体も知っているだろ」
「ふむ、それが君の素か。学校でのゆるふわガールも私好みだったが、荒々しい君もギャップがあって実にキュートだ」
「ち、茶化すな!」
学校での自分を思いだしたのだろう、動揺するその顔は赤い。黒木は相変わらずな私を若干呆れた目で見ている。いやだって、思うじゃん。
「どうもなにも言葉通りの意味なんだがね。今回は特殊過ぎるから気づいてないのだろう、もう身体に定着したのではないか『強化』のギフトが」
私のその言葉でようやく気づいたのだろう。
「なっ!これは一体……!」
彼女の身体から淡い燐光が溢れ出す。ほう、これが「強化」のギフトか。
「どういうことだ!なぜ……私がギフト持ちになっている!」
矢継ぎ早に繰り出される質問、現状はもはや彼女の理解を超えているのだろう。
「それはそこで片膝ついてバトル漫画の主人公のような姿になっている私の幼馴染の仕業だ。ギフト持ちになった恨み言なり感謝なりは彼に言うといい」
「えっ!」
突然名指しされた黒木が驚きの声をあげる。同様に紅石嬢も困惑した表情で黒木に目を移す。
「さて、私は可愛い幼馴染をボコボコにされたことで正直激おこだ、もうぷんぷんだ。故に世話になった礼として増援まであと5分、あばらの2、3本はいただくつもりだが君はどうする?」
君も一緒に殺らないか?と紅石嬢に声をかける。
「……未だに何も分からないがそれには同意する。今の私の拳はなによりも重いぞ」
「それは重畳」
そう言った私と紅石嬢の視線の先には青ざめた表情で震える金崎の姿が。
「……あまりやり過ぎないでね」
どこか諦めたような黒木の声が虚しく響いた。
◇ ◇ ◇
話は5日前まで遡る。
某県某所、時間帯は深夜。私はとある人物に接敵していた。
「な、何者だ、お前は!」
「フハハ、匿名希望の愛と勇気の美少女戦士だ!世に蔓延る悪人どもをサーチアンドデストロイ!」
高らかに物騒な決め台詞を言う私のテンションは既に振り切れていた。連日の疲れから、死ぬほど眠気に襲われている。
「顔は仮面で隠しているので、美少女かどうかは相手には判別できないかと」
冷静な菖蒲からの突っ込み。こういうのは雰囲気さえあればいいんだよ。
「な、なんだと!火星あたりに代わってお○置きされてしまうのか、私は!」
……こいつも世代か。
「違うな……拷問だ」
相手の返事はなく、意識を奪いその場に崩れ落ちる。
「状況終了、捕縛ののちこの場を離脱する」
「了解……あまり無理しないでね、姫」
「なに、私はできる範囲のことを精一杯しているだけだよ。……だがまあ、心配かけてすまない」
「……ん」
菖蒲との会話を終える。普段はそっけない彼女だが、度々こうして気にかけてくれる根は優しい少女なのだ。
私は現在アンチギフト日本支部の幹部を拘束し、アイギスの本部へ帰投するところだ。
紅石瑠璃の風桜へ侵入を許したのは、アンチギフト上層部への手がかりを掴むために他ならない。
今まで風桜へ侵入しようと試みた連中は下っ端も下っ端で中々深部まで手が届かない。幾度も襲撃をするも影さえ踏ませない私たちに痺れを切らしたのか、敵さんも手口を変えてきた。それが今から2日前になる、紅石瑠璃の風桜への派遣だ。
無論、彼女が侵入した段階で我々アイギスはスパイだと見抜いていたがわざと対応を見送った。紅石瑠璃から齎される情報は値千金、彼らが喉から手が出るほど欲している風桜内部の情報だ、必ず相手側の上層部が尻尾をだすと踏んでいた。
そして2日経った今日、指令を受けた私が暗殺者ルックでまんまと姿を現した彼女の上役を拘束することに成功したのだった。
3つも県を跨いだ割りに楽な任務だったな。
相手は私たちにばれていないと油断をしていたのか、どう見ても隙だらけで、彼の帰宅ルートの路地で待機していた私と出会った時には既に出来上がっていた。
「酒臭っ!飲んだ帰りに襲撃されるなんて幾ら何でも間抜け過ぎるだろう」
敵とはいえ、哀れなおっさんに私は心の中で同情した。
◇ ◇ ◇
そして紅石瑠璃研究所襲撃の朝、アイギス本部にて最後の段取りを話し合われていた。
「外は叩いた、明日の朝にはマスコミがこぞってアンチギフトをバッシングするだろう。弱体化はまぬがれん」
「凛ちゃんと宮ちゃんが大活躍でしたもんねー、特に宮ちゃんなんて件の研究所で大立ち回りだったらしいし」
種崎さんと須藤さんの会話から分かる通り、アンチギフトへの計略は最終段階を迎えている。実働部隊である私と宮によってアンチギフトの埃を徹底的に叩いた。
特に宮は紅石瑠璃の経歴を知るなり烈火の如く怒り狂い、彼女の所属していた研究所で暴れに暴れた。解放された少年少女たちは既に信頼できる場所へ護送済みである。
「そして、今夜が山だ。風桜の闇を暴くぞ」
毅然とした種崎さんの声が会議室に響く、集っているもの皆緊張した面持ちだ。この作戦がアイギス史上最大の計画になることは間違いない。
「紅石瑠璃を誘導し、対象の人物と接触。その瞬間、彼女を追う我々が両名を捕縛する」
「金崎徹だけでなく紅石瑠璃もですか?」
須藤さんの質問に種崎さんは苦々しい顔を浮かべる。
「……確かに彼女の経歴は同情して余りあるものだ。しかし彼女は現実としてギフト持ちではなく、この街へ不法侵入している存在だ。心苦しいが看過できるものではない」
痛みを堪えるかのようなその声に一同沈黙する。
「無論、できる限りのフォローはするつもりだが、果たして……」
種崎さんも彼女の扱いには苦悩しているようだ。会議室の空気は重い。
「大丈夫だ」
その空気を切り裂くように会議室内に私の声が響く。
「ヒロインのピンチには必ずヒーローが現れる」
胡乱な視線が私に集まるのを感じる。
だが私は信じているんだ。主人公を、ヒーローを、彼を。
だから、
「この世界には、もう少し救いがあってもいいんじゃないかな?」
◇ ◇ ◇
「本当に姫ちゃんの言う通りになったわね」
運ばれていく金崎とその研究内容、そして黒木と紅石嬢を横目に宮が語りかけてきた。
「貴女のギフト、本当は予言なんじゃない?」
そんな彼女に私は苦笑する。
「そのように便利なギフトだったらよかったのだがね。それが真実なら毎度テスト前に勉強する必要ないのにな」
「よく言う、毎回全科目満点じゃない貴女。というよりこの仕事もこなしておいて毎度その結果なんて天才というより異常よ、いやむしろバグよバグ」
「藪から棒に失礼だな、愛らしい私のどこに異常やバグなどあるというんだ。私はいつだって真摯に生きているだけだぞ?」
「はいはい、要するに少なくとも私なんかが推し量れない存在だってことよ」
反論はしない、今回に限って言えば私の異常性を明らかにしてしまった。私のエゴによって紅石瑠璃を救うために。
私の描いたシナリオはこうだ。
紅石瑠璃の上役を拉致し、その指令コードを入手、彼女に偽りの指令を送り、金崎の居城である研究所へと向かわせる。ここまでがアイギスの作戦だ。
しかし、その上で黒木が動くのを私は知識と経験から知っていた。何度も言うが彼は巻き込まれ型の主人公だ、身近な人物のピンチほど敏感に反応する。
面白いように紅石瑠璃と接触した彼はその信念の元、彼女を救うために行動する。ここで覚悟を決めた彼のギフトが発動したのを観測した。
途中、険悪なムードになり紅石嬢が黒木を殺そうとした時に威嚇の銃弾を放ったりして彼らの思考を誘導する。その道中気を張ってはいたが上手い具合に研究所に辿り着くことに成功。
その後、彼らを囲む雑兵は私が蹴散らす予定だったが、まさかの恭弥の登場には肝を冷やした。当たり前のように死亡フラグを立てた彼の前に予定通り私が参入、雑兵を蹴散らす。
返す刀で黒木たちの元へ向かった私の前には傷ついた黒木の姿が!
ここまでが話の流れで後は知っての通りだ。とは言ってもそこまで私は黒木たちのことを心配してはいなかった。
繰り返すが黒木のギフトは「救済」だ、彼が心折れない限り、死ぬような目にあっても死ぬことはない。つまりは保険として彼らの後を追ったのだ。
期待通り、彼は屈せず信念を貫き通した。私が動かなくてもギフト能力に目覚めた紅石嬢が金崎の虚を突いて、事件解決に導いただろう。
しかし……まあ、なんというか幼馴染がボロボロになるという展開は精神的に堪える。本当に死ぬんじゃないかと、冷や冷やした。
そのため、彼のギフトが完遂したのを目撃したのち、速やかに現場へ躍り出た。いい加減我慢の限界だったしな。
ともあれ、風桜の長い夜は無事幕を下ろした。最善かどうかはともかく、最良の結果として。
さて、原罪のクオリアというゲームにはメインヒロイン5名、サブヒロイン5名いる。
姫咲凛
菊池茜
紅石瑠璃
夢野響
夢野音羽
現在、明らかになっているのは私を含め彼女ら5名。
では、ルート分岐という言葉を知っているだろうか?ヒロインの個別の物語への導入の意味合いもあるが、その前段階として物語全体の話の転換。
謂わば、前述した5名のヒロインは「風桜学院ルート」となる。黒木は風桜の闇を知らず、学校で特定のヒロインと交友を深める。そういうルートだ。
何度も繰り返すが原罪のクオリアはバトルパートが多い作品だ。アイギスの存在を知った黒木はもう一つのルートへ分岐する。
そう、「アイギス構成員ルート」だ。




