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ヒロインは辛いよ  作者: 葵行
中等部 そしてヒーローは走りだす
20/25

紅石瑠璃

『えっと、それでどこか行きたい場所はある?』

『それじゃあ、オススメの場所を教えて欲しいな!』

 繋がれたイヤホンから黒木と紅石嬢の声が聞こえてくる。イヤホンプラグは夢野姉妹が繋いでる手の中に収まっており、この音声は2人のギフトによって私たちに届けられている。

 現在、私と夢野姉妹は風桜の町を案内している黒木と紅石嬢を尾行中である。

「ぐぬぬ、あの女狐悠人くんと距離近すぎない?これはギルティですわ、ホンマ許されへんでえ」

 目の前の光景に怒り心頭の音羽は絶賛キャラが迷走中だ。いつもの腹黒くも冷静で落ち着きのある姿は見る影も無い。

「……うん、ないな。あれはない。ただのデートじゃない」

 同じく響も明るい性格はなりを潜め、ハイライトさんが迷子だ。

 あるぇ?この子たち、原作ではヤンデレの描写なんかなかったのになー。おかしいなー?

 常日頃から私が「欲しければ奪ってでも掴み取れ、さすれば望みは叶えられん」的なことを有言実行してきたからか、性格形成の多感な時期を共に過ごしてきた彼女たちにも少なからず影響してしまったようだ。

「あっはっは、黒木はモテモテだな。今度からはモテ木と呼んだほうがいいかもしれないな」

 そんな私は黒木をめぐる恋愛事情には自分に害がない限りはノータッチだ。毎日繰り広げられるラブコメを愉快気に眺めている。

「何を言ってるの凛ちゃん。悠人くんの好感度トップランカーをひた走る貴女が目の前の現状を良しとするの?」

「そうだよ、最古参の幼馴染として思うところはないの?」

「とは言われても、私はそれが不純な交際でなければ恋愛には寛容な人間だ。どのような形であれ彼が幸せなら不満はないのだよ」

「聞きまして、奥様?これが勝者の余裕というものなのね」

「うんうん、私たちがどれだけアプローチをしても届かないあのニブチンくんに唯一心を揺さぶらせることのできる御仁の言葉は偉大だね」

「……君たち、本格的にキャラが迷走してるぞ」

 どうにも彼女たちは私を黒木との恋愛事情に関わらせたいらしい。そんなつもりはない、ただの友達だといつも言っているのだが。

「あっ、ホシが動いた!移動するよ2人とも!」

「委細承知!」

 やれやれ、なぜこんなことになったのかは本日の授業が終わり放課後にまで遡る。




 ◇ ◇ ◇




「てぇへんだ、姫咲の姉御!悠人くんとあの転校生がデートするとの情報が!」

 第一声目から音羽は壊れていた。

「これは由々しき事態だよ!鳶に油揚げされちゃうよ!」

 それに引きずられるように響も興奮したように息巻いている。

 彼女たちから目を離し周囲を伺うと黒木と紅石嬢はすでにおらず、菊池兄妹の姿も見えなかった。大方、恭弥が不穏な空気を感じて茜を引っ張っていったのだろう。

 あんにゃろう、逃げやがったな。

「落ちつきたまえ。デートなどと言ってはいるが、推測するにこの街に慣れていない紅石嬢を案内するだけだろう?担任からも頼まれていたではないか」

 しょうがなく事態の収拾をする。

「男と女が2人で出かけたらそれはもうデートだよ!デート以外の何物でもないよ!」

「そして初心な黒木くんはあの転校生の手練手管に好きなようにやられ……!ああっ、大事になってからじゃ遅いんだよ!」

 去年までランドセルを背負っていた割りには妄想逞しいなこいつら。

 普段見せない同級生の阿鼻叫喚ぶりに正直ドン引きを隠せない私。

「……なら一緒に混ざってくればよかろう?案内人は黒木だけじゃなくてもいいはずだ」

 ぞんざいながらも割りと正解に近い答えを返す。

「……初対面でメンチ切っちゃった手前、昨日の今日では混ざりにくいのよ……」

「こうは言っても、黒木くんのことを除いたら瑠璃ちゃんのことは嫌いじゃないんだけどね」

 乙女心はなんとやらでこの姉妹の胸中もなかなかに複雑らしい。

「そこで!」

 意識を切り替えるように音羽が宣言した。

「尾行をします!」

「……え?」

 爛々と輝く姉妹の瞳に流石の私でも否とは言えなかった。




 ◇ ◇ ◇




「やあ黒木、紅石嬢をこの街の案内してるのかい?」

「あれ、凛?うん、そうだよ。珍しいねこの辺りまで凛が来るの」

「偶にはそういう日もあるさ。紅石嬢も今日ぶりだね、どうだい風桜の町は?気に入ってくれると嬉しいのだが」

「こんにちは、凛ちゃん!前に住んでた場所よりずっと都会でびっくりしちゃったけど、悠人くんに色々案内してもらってすぐにこの街も好きになっちゃった!」

「そうかい、それは重畳。それでどうかな?私にも風桜巡りを参加させてもらえないだろうか?女同士でしか分からない場所もあるだろう?」

「えっと僕は喜んで歓迎するけど、瑠璃ちゃんもいい?」

「勿論だよ!」

 ふう、問題なく潜り込めたな。後方にいるであろう夢野姉妹の期待にも応えられたようだ。

 夢野姉妹が私に同行を願ったのはあやしい雰囲気になった場合のストッパーとして送り出すためだったらしい。

 彼女ら曰く、彼女たちよりも私のほうが黒木に効果があると、心中複雑ながらも私に向かわせた。

 正直な話、黒木を取り巻くラブコメに私はあまり興味がない。誰と付き合おうが祝福するし、別れたら別れたで慰めるくらいはするつもりだが、まあ友達として当然の域以上の行いはするつもりはない。

「とはいえ、粗方まわったからそろそろ休憩でもしようかと考えてたんだよ」

「そうか、ではそこのカフェでひと段落するか」

「賛成!」

 黒木の言葉に私が提案し、紅石嬢も乗り気のようだ。

 さっそくカフェまで移動し、それぞれ注文をする。4人掛けのテーブルに私と紅石嬢、対面に黒木という席順だ。

「ねえねえ、2人はここに来る前から幼馴染なんだよね?それでこの街でも一緒だなんて、なんだかロマンチックだね!」

 私と黒木の関係を紅石嬢は既に聞いていたらしい。それを恋愛と結びつけたがるのは女の子としての性なのか。

「そうだな、私と黒木との間には切っても切れない縁があるからな。人生で一番同じ時間を過ごしているし、兄妹も同然だな」

 先んじて立ちそうなフラグを折る。「兄妹……」とこれ見よがしに落ち込む黒木。

 だから何年一緒にいると思ってるんだ。立たないと言ってるだろう私のフラグは。

「そういう紅石嬢はギフト持ちの知り合いはいないのか?」

「あはは、私は家族もギフト持ちじゃないから知り合いはここに来て初めてできたよ」

「おや、奇遇だな。私も黒木も親類縁者にギフト持ちはいないんだ」

「えっ、そうなんだ。ギフトの発現は家族にギフト持ちの人がいる人ばっかりって聞いてたから、うちの家族みんなで大慌てだったよ」

「ああ、僕たちの時もそうだったね」

 黒木も混ざり談笑は続く。たわいのない会話の中で家族の話題がでたとき、紅石嬢の温和な顔に冷たさを帯びたことに黒木は気づかなかったようだ。

 仮面の下のその顔は想像通り闇は深そうだ。




 ◇ ◇ ◇




『それで、首尾は?』

『問題ない、上手く潜り込めた。ただ定期連絡は難しい。想像以上にこの町の警備は堅い』

『判断は現場に任せる、必要な物があったら言え』

『それではーー』

 紅石嬢とその上役であろう人物の会話が続く。

「うわー、真っ黒ですやん。それにしても風桜を舐め切ってますね、連中」

 軽い口調の須藤さんだが、この街を害そうとする人物に苛立ちを言葉に滲ませる。

「風桜というよりアイギスをだな。本気で傍受されていないと考えているのだろう。まったく何度痛い目に合えば気が済むのか」

「そうですそうです!それに年端もいかない少女をスパイに使うなんて人道に反してます!」

「……それに関しては私たちも何も言えないのだがね」

 須藤さんと会話をしていた種崎さんが申し訳なさそうに私や菖蒲に目を移す。

「菖蒲は成り行き上仕方なくですが、私は自分からこの世界に飛び込んだのです。貴方がたが罪悪感を抱く必要はありません」

 苦笑して私は応える。

「私は姫と違って戦闘要員じゃないので心配は無用です。それに自分の選択に後悔などしていません」

 私の後に菖蒲も続く。

「……そうか」

 思うところはあれど私たちの言葉に納得してくれたようだ。

「でも、彼女をそのまま放置ってのもマズイっすよね」

 須藤さんの言葉にその場にいる全員が紅石嬢に意識が向く。

「今はまだ、最低限の情報しか彼女に与えないようにしているが時間の問題だろうな。……さて、それについて姫咲くんから意見があるようだが?」

 正式な会議の場であるから種崎さんにおちゃらけたムードはない。正しくアイギスの司令として私に問う。

「いい加減、イタチごっこにも飽きたでしょう」

 ニヤリと薄く笑う。

「彼女を餌にして、外と内の埃を叩きませんか?」

 私が語ったのは海老で鯛を釣るだけではなく、一挙両得をも目論んだ案だった。

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