ギフト
幸いなことに俺が意識を失っていた時間は10分程度だったらしい。目が覚めると心配そうな顔で母親(仮)が覗き込んでいた。
「大丈夫、凛ちゃん?痛い所ない?」
「……うん、大丈夫」
未だ絶賛混乱中だが頭痛などの痛みはない。どうやら診察室の備え付けのベッドで眠っていたらしい。
「いきなり大きな声だして倒れちゃうからお母さん心配しちゃった。これからギフトの説明を先生にしてもらうんだけど凛ちゃんも一緒にお話聞く?辛かったらそのまま寝ててもいいのよ?」
「ううん、聞く」
母親(確定)とともに医者の説明を聞くことになった。医者の元へ向かうと母親同様体調を心配されたが、体調に問題はなく自分のことはちゃんと知りたいと言ったら、納得してくれたようだった。
◇ ◇ ◇
医者(名は斉藤というらしい)の話を纏めるとこうだ。
一口にギフトといってもその能力は多岐に渡る。
単純に肉体の強化や人狼のように変化させるものもある。
他には風を操り空中に浮いたり、魔法のようにファイアボールみたいなこともできるらしい。
これらは体系化されており前者が物理発現型、後者が自然現象型といった感じだ。
こういった体系化は刻印によって分けられるらしく、物理型なら物理型の自然型なら自然型の紋様が現れるらしい。
そう紋様によって識別されるのだ。つまり、
「凛ちゃんのギフトは特殊過ぎて能力が分からないんですよ」
「そんなことってあるんですか?」
母親が不安げに医者に尋ねる。
「ありますよ、本当に稀にですが。世界中で確認されているギフト持ちの中でも片手で数えるほどしか確認されてませんが。
我々はそのようなギフトを特殊型と呼んでいます」
「特殊型……」
思わず声が漏れる。姫咲凛のあの能力を分類などできうるはずがない。プレイ中にチートだろこいつと何回思ったか。
「ともあれ、凛ちゃんの刻印が発現したのは昨日のことでしたね。能力の発現は早ければ一ヶ月、遅ければ一年といったところでしょう。
今は刻印が身体に順応しているいわば蛹の期間、能力の発現が羽化といったところです」
羽化後にまたここへ来てください。
そう言って斉藤医師は話を締めくくった。
◇ ◇ ◇
自宅に帰って一ヶ月は状況整理の日々だった。男子大学生から幼女への華麗なジョブチェンジは精神的にそうとうこたえた。
なにしろ性別が違う、年齢が違う、体格が違う、体力が違う。列挙に暇がないほどの差異がこの身体は自分のものだと頭が認識してくれなかった。
そういった肉体と精神の軋轢、姫咲凛として違和感のない行動、所作などに注意しながら少しずつ情報を集めた。
まず自分、姫咲凛についてだ。
彼女は中流家庭の長女として生まれ、裕福ではないが貧乏でもない暖かな両親に育てられ今年で4歳になる。俺が姫咲凛になる一日前、母親と弟と風呂入った時に刻印がみつかったようだ。
その後の運びは俺の知るものとして、現在は能力発現の危険性のため通っていた保育園を自主休講中である。能力発現の際には病院で帰り際に渡された腕輪が知らせてくれるらしい。ちなみにこの腕輪、能力発現のストッパーとしての側面もある。ギフトによって発生するある力場を抑えるとかなんとか。
閑話休題。
家族構成は両親と弟が一人。名前は母が綾、父が豊、弟が蓮。母は専業主婦で父は電機メーカーのサラリーマン、弟は今年で2歳になる。
うむ、字面さえみれば日本の一般的家族像を思わせる。
ただ例外を言わせてもらうならとんでもなく美形一家ということだ。母は二人の子供を産んでいるのにも関わらず若々しいプロポーションを維持している。ご近所さんに振りまく美貌は日々のストレスを忘れさせると大変好評だ。
母と同じく父もモデルを思わせる長身とスラリと長い手足に黄金比のような顔のパーツのバランス、とどめのごとく引き締まった体。営業先で笑顔をみせたら卒倒してしまうOLさんもいるというのだから恐ろしい。
最後に弟、2歳児だからと侮ることなかれ天使のようなその相貌は世のママ友さんたちが自身の子どもをだしに会いに来るほどだ。成長するとお姉様キラーとか呼ばれそうだなこいつ。
人もいい、顔もいい、普通より少し上の生活ができる経済力もある。やはり攻略ヒロインとなると家族までチートじみてるのか。
次はギフトの歴史についてだ。
ギフトという現象は今から50年ほど前に始めて観測された。万象を操り、人知を超えた力を振るうギフト持ちという存在は戦後間もない当時の世界を震撼させたという。
そこから十数年に渡ってギフト持ちとそうでないものとの対立が激化するのだが、ある時を境にギフト持ちの人口が横ばいになっていることがわかった。つまりギフトの数には制限があったのだ。100万というその数は世界の総人口からすると微々たるものであったが無視はできない。ならば殺せば減少するのかといえばそうもいかない。ギフト持ちの人口は横ばいだ、死んだ分だけ増える計算になる。
当時の政府はまるでいたちごっこのような現状にギフト持ちに対して排斥ではなく、管理、保護という政策をとった。長年の対立に疲弊していたギフト持ち側も無下な扱いを受けないことを条件に合意した。
それから今に至るまで差別、偏見などの問題を抱えながらギフト持ちは融和していった。
今ではそれらの問題は徐々にだが薄らいでおり、それなりの生活ができる俺は幸せな時代に生まれた方だと思う。
さてギフトについて。
ギフトの能力は多岐に渡るとはいったが膨大なギフトにも強弱はあり、それらは等級という階級で分けられる。上から第一等級、第二等級、第三等級、無等級といった具合だ。発現するギフトの6割は無等級で、3割が第三等級、1割が第二等級。第一等級のギフトの発現が観測されることなど滅多にない。
世界を揺るがす能力からなんのためにあるのか分からない能力まで様々ある。重傷者を欠損部分まで治癒させるギフトから、瞬きしなくても目が乾かないといったものまでその差は広い。
ではギフト持ちについて。
現在、我が国には15,000人ほどのギフト持ちが存在している。彼らは普段一般人と同じような生活を送ることができるが常に所在は知られており、場合にもよるが国の有事の際に駆り出される。とはいっても全員が動くわけではない。
行動するギフト持ちは第三等級以上だ。第二等級ともなると殆どが公的機関に所属しており、前線でバリバリ活躍している。
そして第一等級。これには謎が多い。ここまでくると国の重要人物ということで情報が秘匿されてしまっている。なにしろ数える程しか人員がいないわけだから各国政府が秘密兵器の如く隠蔽しており、その存在が知られることは殆どない。
◇ ◇ ◇
「よし、ギフト以外にもとの世界との違いは余りないな」
図書館で分厚い歴史書を読みふける4歳児というのもシュールな絵だが、俺はひとまず安堵していた。
今日は母とともに図書館へ出かけてきている。遊びたい盛りの子どもが暇を持て余してると母親なりに思っていたのか、
「図書館に行って、ご本を読みたい」
といったら一も二もなく了承してくれた。ありがたかったが、おめかしして行きましょーねーとフリフリの服を着飾らせるのは勘弁して欲しかった。
ああ、また精神がガリガリ削られていくのを感じる。
というわけで図書館。ここにくるのは今回で三度目だ。くるたびにギフトや歴史についての本を読み漁ったが今回で考察が纏まった。
ギフトを除けば、この世界にもとの世界との差異が殆どない。自国語は日本語だし、世界公用語は英語である。数字はアラビア数字、学府は小学校から大学まで。首都も観光名所も変わっていない。
これらはひどく変わってしまった自分に対して変わらないものもあるという安心感を与えた。
ふう、と息をつき周りをみると男の子と目があった。
反射的に笑顔を見せると男の子は顔を真っ赤にして逃げていってしまった。
おおう、4歳でこれなら成長すると汚れた川も綺麗にしそうだな。
どこかのマスク超人のような所業をする自分を思い浮かべて思わず笑ってしまう。
そんな益体もないことを考えていると、先ほどの男の子が戻ってきて話しかけてきた。
「あの……その本面白い?」
「いや、興味深くはあったが面白さはないな」
「きょうみ……?えっと、じゃあさ一緒にこの本を読まない?」
男の子はなお赤い顔をしており精一杯の勇気で話しかけてきたのだろう。
ふと周りをみると俺たちの年齢の子どもはいないようだ。平日の昼間というのもあるのだろうこの場には俺たち2人しかいなかった。男の子の腕には俺と同じ腕輪がはまっていた。
ギフト持ちか。
「いいよ、どこで読む?」
応えると男の子はうれしそうにはにかんだ。
……しかしこいつも美形だな俺には美形センサーでも搭載されているのか?
「こっち!向こうに座るところがあるからそこで読もう!」
と俺の手を引く。とその前に、
「お…私の名前は姫咲凛、君の名前は?」
歩きながら問う。
「僕は黒木悠人!」
その言葉にフリーズしてしまう。
なぜ、どうして、というよりこのタイミングかと、ここで出会うのかとぼんやりと考える。
様子がおかしいことに気づいたのか、
「どうしたの?」
と問いかけてくる。
「ううん、なんでもない」
と無理やり笑顔で返す。
男の子はホッとしと様子で俺の手を掴み先導する。
黒木悠人、現在4歳。
俺の前を歩く彼は12年後には第一等級のギフト持ちとなり、世界の命運をかけた戦いに身を乗り出す、天下無敵の主人公様であった。