転校生
さてさて原罪のクオリアという作品が舞台の私たちの世界。原作に登場するキャラクターもチラホラと現れ始めて本格的にギャルゲーの世界なんだなあと思う今日この頃、1名の転校生が風桜学院に編入する。
紅石瑠璃、それが彼女の名だ。
髪は紫のショート、少し眠そうな垂れ目がちな目がチャームポイントの愛らしい少女だ。
性格は少し天然気味なところもあるが何事も明るく前向きで眺めているとこちらまで心が暖かくなるようなそんな少女だ。
この件の彼女、例に漏れず攻略ヒロインだ。しかもメインヒロイン。
第三等級のギフト持ちで能力名は「強化」、身体能力の底上げを行うギフトだ。
強化とは言ってもどこかのサイボーグよろしくマッハなんとかで加速したり、大岩を素手で粉々に砕くというものではなくあくまで常識的な範囲での強化だ。
ギフトなんてものがある時点で常識もなにもないだろとは私も思うが彼女に限って言えばそういう話になる。
あくまで「強化」は身体能力の底上げが能力だ。ネ○ビーシー○ズやグリーン○レーなどの筋肉ムキムキマッチョメンが能力を使用したのならともかく、か弱い女子中学生の身体能力なんてたかがしれてる。
つまりは成人男性よりちょっと力持ち、少し速く走れるなどといった可愛らしいレベルの強化だ。
そんな彼女が本日、風桜学院の我がクラスに編入してくる。波乱が巻き起こることは言うまでもない。
台風の目である彼女に黒木がどう対応するのか。
さて、見ものだな。
◇ ◇ ◇
「初めまして、紅石瑠璃ですっ!今日からよろしくお願いします!」
にぱーと悪意のないその笑顔はどんなに気難しい人間だって絆されてしまいそうなほど見惚れるものだった。実際、男子の何人かはポーと口を開けたままアホ面で彼女を見ている。
この学校に転入生は珍しくない。それは小中学に限られるが生徒全員がギフト発現による転入歴があるからだ。
よって彼女の転入もさほど珍しいものではないのだが、ギャルゲー特有のというよりラブコメ特有のあるイベントが発生した。
可愛い女の子が転入してくる漫画なりゲームなりで一度は見たことあるとは思うが噂による野次馬だ。
今回の転入生、激マヴ(死語)らしいぞ!
マジで!ちょっぱや(これも死語)で職員室に確認しに行くべ!
などと男子の間で会話され、彼女の存在はあっという間に広まった。休み時間になると上級生からも見学者が現れるだろう。
ここまでの経緯を考えていると彼女の自己紹介が終わったようだ。
「それじゃあ紅石さんが学校になれるまで黒木くん、面倒を見てくれないかしら?」
クラスの男子全員(恭弥は除く)の嫉妬の視線が黒木に集まる。彼はいつも私を初めとした美少女(自分で言うなとは思ってるんだよ?ホントに)たちに囲まれているため今回に限らずやっかみの意識を向けられがちだ。これは彼のギフトが発動しないことも加味される。
翻って女子や教師からの評価は男子より高い。もともと真面目でお人好しのため困っている人がいると率先して人助けを行う。打算などない悪意のない行動のため軒並み好印象だ。
今回の担任の人選も必然であると言える。
「え?あ、はい。分かりました」
勿論そんな事情など知らない鈍感な黒木は戸惑いながらも了承する。
「黒木くんはクラス委員だから、分からないことがあったら彼か私たち教師に聞いてね?」
「はい、分かりました!」
純真無垢なその返事に担任は満足したように、
「それじゃあ姫咲さんの隣の席が空いているわね。あそこに座ってちょうだい」
私の隣の席を指定した。トコトコと私に近づき、
「よろしくねっ!」
と笑顔で挨拶。
「ああ、よろしく頼む」
その返事として私も笑顔で返す。
これが彼女との出会い。初めての会話。馳せる思いはあれど新たな仲間に祝福を送った。
◇ ◇ ◇
「チッ、近くで見ても可愛いわね」
休み時間、私の席の隣ということで友人たちが集まってきた。その中でも自分にも劣らない紅石嬢の美貌に音羽は不満げのようだ。
黒いっスわ、音羽さん。
「え、えっと?」
開口一番のその言葉に紅石嬢は戸惑い気味だ。
「なに、気にすることはない。悪態をついてはいるが彼女なりの褒め言葉だ」
「ごめんね、瑠璃ちゃん。もう音羽ちゃん、なんでそんな喧嘩腰なの」
慌てて私と姉の響がフォローする。
「だめよ姉さん、芸能界というのは伏魔殿なのだから出る杭は可能性だけでも片っ端から打っておかないと」
「やめて音羽ちゃん、まだデビューしてもいない未来に変なイメージを植え付けないで」
妹のたくましい成長に姉は不安止まらない。
「え、えっと僕は黒木悠人。よろしくね」
場の雰囲気を変える黒木の挨拶に紅石嬢も安心したようだ。
「よろしくっ!あの、学校の案内とかもよろしくお願いします!」
ふにゃりと愛らしい笑みを浮かべる紅石嬢。
「おい、このアマ。悠人くんに色目使ってんぞ」
「はーい、音羽ちゃんは少し黙っていようねー」
そうして音羽の口を抑える響。夢野姉妹は恋心とまではいかないまでも黒木に気があるようだ。
「あはは、ごめんね騒がしくて。私は菊池茜、よろしくね」
「う、うん。茜ちゃんもよろしく」
展開についていけない紅石嬢も戸惑いながらも挨拶に応える。
「ちなみにあっちに座っているのが茜の兄の恭弥だ。度を超えたシスコンだから茜と仲良くしていれば特に害はない」
「聞こえてんぞっ!」
私の説明に恭弥がすぐさま反応する。はて、間違ったことは言ってないつもりだが。
「えっと、凛ちゃんに音羽ちゃんに響ちゃんに茜ちゃんに黒木くん、それに恭弥くんね!改めてよろしく!」
その言葉の自己紹介が終わりそれぞれ談笑に移る。
ともあれ紅石嬢がこのクラスの一員として馴染めることが出来たようだ。
騒動はあったもののひとまず私は安心した。
◇ ◇ ◇
「いいの?」
放課後、クラスメイトの菖蒲が声をかけてきた。
それはクラスメイトとしてだけではなく同じバイト仲間としての意味も含まれているのだろう。
「なに、とりあえずは様子見だ」
学校の案内に向かう黒木と紅石嬢を横目に彼女に返事を返す。
「だって彼女は……」
「それを断じるには、些か気が早いだろう」
遮るように言葉のを重ねる。
分かってはいるのだ、アイギスの未だ不確定な情報ではなく私の知識が彼女が何者かということを。
「確かにまだそうだとは言い切れないけど……」
「だろう?ならばまだ早い、可能性を捨てきれない内には動くべきではないだろう」
どの口が言うんだと、自己嫌悪に陥りそうになるがそれを言うわけにはいかない。
彼女の登場を誰よりも心待ちにしていたのは私だ。筋書きに狂いなどみせてなるものか。
「……まあ、姫がそういうのなら信じますが」
「ありがとう」
短い会話に確かな信頼を感じる。長年の付き合いだ、思うところはあれど私の意見に賛同してくれたみたいだ。
「でも、うかうかしてるとあなたのヒーローが取られちゃいますよ?」
「だから彼は私だけのヒーローではないといつも言っているだろう?もっと大局的な、もっと多くの人を救える人間なのだよ、彼は」
「私には分かりません、姫よりすごい人だとはとても思えません」
「今はそれでいいよ。今にきっと分かる日がくるから」
なにせ君も攻略ヒロインだからね。




