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ヒロインは辛いよ  作者: 葵行
中等部 そしてヒーローは走りだす
17/25

入学

 中学への入学といってもこれといった変化は感じられない。

 そもそも風桜学院は小中高大と同じ敷地に学校があり、普段から見慣れていたからだ。

 どこの学校でも校長の話は長いんだな、などと益体のないことを考えていると、私の出番が回ってきた。

 新入生代表の挨拶だ。正直、断りたかったが周りが私を差し置いてそんなことできないと言われてしまったため、流石に嫌だとは言えなかった。

「新入生代表、姫咲凛さん」

「はい」

 ともあれこの日、我々は風桜学院中等部に入学した。




 ◇ ◇ ◇




「これで終わりっと。ずいぶん時間がかかったな」

「お疲れさま、お姉ちゃん。荷物多かったもんね」

「すまないね、茜。私の引っ越しまで手伝わせてしまって」

「いいよ、これから一緒に住むんだもん」

 件の入学式から3日前、私たちはアイリスから風桜学院の寮に引っ越しすることになった。物心ついて間もない小学生とは違い、中学生になったのだから社会的自立を促す意味でも必要な措置らしい。

 ギフト持ちはそうではない一般人と比べると人一倍自制心を養わなければならない。感情の高ぶりからのギフトの暴走などを起こさないためだ。

 そのため、今では家族のような関係のアイリスでの暮らしでは馴れ合いによる惰性的な意識しか生まないと、お偉いさんが判断したらしくこのような運びとなった。

 とは言っても、中等部以降の生徒の殆どが寮生活なのでなにもおかしいことはないのだが、理由があるとすれば私と黒木だ。

 私と黒木は第一等級のギフト持ちでそのギフトはどちらも特殊型だ。我々の成長の経過を注視しているのだろう。

「茜との新生活か、ワクワクするな!どんな肉欲に溺れる日々になるのだろう?」

「ないよ?これからの生活にそんな展開ないからね?」

「なに、何事も始めは戸惑うものさ。いいじゃないか、爛れた生活もまた人生さ」

「あれ?まだ続くのこの話。意外と本気で考えてらっしゃる?」

「私はいつだって大真面目だ」

「はいはい冗談だって分かってるから、引っ越しも終わったんだしアイリスに戻りましょう」

「……つれないねえ」

 見ての通り、茜は私のからかいにも強い。そりゃ、何年も同じ家に住んでたのだから私の性格にも慣れるか。なお、男どもは今でも楽しく弄ってる。

 ともあれ、寮生活は私と茜、黒木と恭弥がそれぞれ同じ部屋に住むことになった。

 引っ越しが決まって私と茜は割と簡単に納得したが、どことなく男どもは寂しがるような素振りをみせた。恭弥は茜と離れて生活するのが不安なのか、黒木はアイリスでの生活に愛着があるのか、真意を聞くのは無粋であったためその心中は分からない。

「時間は?」

「今は5時だから、会が始まる6時にはゆっくり向かっても余裕があるだろう」

 これからアイリスで我々の新生活へ向けての壮行会、いわゆるお別れパーティーみたいなことをする。

 発案者は亜矢子さん。最後まで明るく送り出そうということらしい。

「では、向かうか」

「うん!」

 引っ越しにより埃っぽかった服から着替え、アイリスへと向かった。




 ◇ ◇ ◇




「ここも寂しくなるわねえ」

 亜矢子さんは感慨深そうにアイリスを眺める。

 会の始まりは挨拶もそこそこにあまりしんみりしたムードではなく、明るく始まった。

 今は皆、思い思いに飲み食いしたり談笑したりしている。

 そんな中、私が相手だからかぽつりと亜矢子さんが寂しげにこぼす。

「長く過ごした場所ですからね愛着も湧きます。私がここに来て8年になりますね。あれ?亜矢子さん今年でいくつになります?」

「……凛ちゃん、今ではあなたのその容赦のないとこも好きよ」

 間があったのはしんみりしたムードを壊したくなかったのか、触れられたくなかったからか。

「初めて会った時、20代後半でしたよね?となると今は……」

「よしましょう凛ちゃん。その話は誰も幸せにならないわ」

「結婚はしないのですか?いえ、願望はあると聞いているので機会に恵まれないのでしょう。ですが、ならばもっと焦らなければ。家事ができない四十路手前の女性なんて需要は少ないですよ?」

「うわぁん、茜ちゃん!凛ちゃんがいじめるう!」

 私の精神攻撃に耐えられなくなったのか、亜矢子さんは黒木と談笑していた茜に泣きつく。今は2人が亜矢子さんを慰めている。

 ああは言ったが、もともと美人の亜矢子さんは30代とは思えないほど若々しく、女子大生と言われても違和感のない容姿をしている。結婚相手なんて探せばすぐに見つかりそうなものなのだが。

「あまり茜に迷惑かけるなよ」

 背後から恭弥が声をかけてくる。その言葉には目の前の惨状とこれからの生活についての意味が込められているのだろう。

「私も今日という日を迎えられて浮わついていたようだ。つい、思ってもいないことを言ってしまったよ。なに、亜矢子さんには後でフォローしておくさ」

「そうしとけ」

 その言葉を最後にお互い無言になる。その空気は落ち着かないということはなく居心地は悪くない。

 手に持っていたグラスの氷がカランと音をたてた。

「……なあ」

「……なんだい?」

 恭弥の言葉に私が返すと、彼は言いあぐねるようにガシガシと髪をかく。

「そう乱暴に髪を扱うな、将来ハゲるぞ。ハゲでシスコンなんて救いようがない」

「茶化すな!ああいや、そうじゃない……その、だな」

 ようやく決心したようで私の目を真っ直ぐに見る。

「……ありがとな」

「ふむ、礼を言われるような覚えはないのだが」

「出会った頃のことだ、あの時俺たちに発破をかけてくれて助かった。

 今考えるとあれがなきゃ、悪いほうへ転がっていた。お前や悠人……もしかしたら茜だって傷つけていたかもしれない。

 いい機会だから礼を言っておきたくてな」

 だから、ありがとうと。

「……ふふ、君も律儀な男だねえ。そこがまた君の魅力なのだろうが」

「……うるせえ」

 恥ずかしそうにそっぽを向く彼の顔は赤い。恭弥は普段の言動の割りに真面目な男だ、ずっと気に病んでいたのだろう。

「なに、気にすることはない。私はいつだって自分の意志のもと行動してきた。君が気にすることなどないさ。

 だが、まあ……君の気持ちが聞けて嬉しかったよ」

「……そうか」

 ふふっとお互い顔を綻ばせる。

 憑き物の落ちたような恭弥の笑みに彼なりに過去の清算が済んだのだなと感じた。




 ◇ ◇ ◇




 入学式も終わりクラスでの説明も済んだ我々は私と黒木、菊池兄妹と夢野姉妹とともに下校していた。

「凛のスピーチ凄かったね、内容もそうだけど……ああいう場でまともなことちゃんと言えるんだ」

「いきなり失礼だな、黒木。控える場では私もわきまえるさ」

 傍若無人だと自分でも自己評価していたので、あまり強くは言えない。このスタイルを変えるつもりはないがな!

「でも格好よかったよ、お姉ちゃん!見ていて感動しちゃった!」

「ふふ、ありがとう茜。そう言ってもらえてなによりだ」

 実際、大したことは喋ってない。この学校に入れて(入るしかなかったが)よかったです、先輩方や卒業生を見習って勉学に勤しみますなどといったことをそれっぽく述べただけだ。

 だが類稀なる容姿というのはそれだけで一種の暴力のようなものらしい。壇上に私が立った瞬間、そこかしこから息を飲む声とうっとりした視線がまとわりついた。

「こいつが大人しいってだけで俺には恐ろしいんだがな……ってぇ!」

 恭弥が後頭部を押さえうずくまる。背後には空き缶が転がっている。

「おや、どうしたんだい恭弥?百円玉でも落ちてたのかい?」

「テメッ!……クソッ!」

 どうやら私の仕業だと理解はしたがその手段が分からずなにを言えばいいのか思い浮かばないようで、私を睨むことしかできないようだ。

 涼しい顔してそれを受け流す。

「でも凛ちゃん、本当に綺麗だったなあ。声も透き通ってて聞き惚れちゃったよ。ねえ私たちと一緒に歌手目指さない?」

「凛ちゃんなら私も歓迎するよ」

「光栄な誘いだが遠慮させてもらおう。人見知りだからな、私は」

 夢野姉妹の勧誘に苦笑して断りをいれる。

 幼馴染たちに胡散臭げな視線を向けられるが無視だ、無視。

「せっかく早く学校が終わったんだ。どこか寄り道でもしないか?」

 誤魔化すように話題を変える。

「あっ!だったら私広場に出来たクレープ屋さんに行きたい!いいかな、お姉ちゃん?」

 茜が私の提案に乗る。聞いてきたのは私にだったが皆にも問うているようだ。このグループで茜はマスコットのような位置づけだ、否というものはおるまい。

 茜の発言に皆が賛同するとクレープ屋に向けて歩き出す。

 こうして私たちは無事、中等部への入学を終えた。




 ◇ ◇ ◇




 その翌日、今まではコソコソ活動しなければならなかったがバイトと称して堂々とアイギス本部へ出向くことが可能になった私を待っていたのは、

「なんですか、これ?」

「なに、入学祝いだよ」

 手渡されたのは一丁の拳銃。

「ようやく君も正式に働けるようになったのだ、祝いの品をと考えたのだが、戦闘職のため手数が増えたほうがいいだろうと思ったのだ」

 悪意のカケラもない笑顔を向ける種崎さん。

「うお!すげえ、T&X社の最新式じゃないですか!よく用意できましたね、司令」

「ふふ、凛ちゃんのためなら法律の壁など余裕で超えてみせるさ!喜んでくれたかな?」

 サポート人員の須藤さんが感嘆したような声を種崎さんに向ける。それにより調子に乗る種崎さん。

「……ええ、素晴らしい品をありがとうございます。すぐに使い道が思い浮かびました」

 どこまでも優しい微笑を浮かべる私。

「あれ?なんで銃口がこちらを向いてるのかな?中身は麻酔弾だからといって十分に殺傷力あるよ?やめて、安全装置外さないで。狙ってるの私の眉間だよね?」

 狼狽したような種崎さんの声が本部に響く。

 この品を受けとった私の心情は種崎さんの台詞が答えだ。

「……バカばっかり」

 喧騒の中、菖蒲の飽きれた言葉が聞こえた。

 アイギスは今日も平和です。

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