遠足
「遠足に行きましょう!」
夕食後、談話室で思い思いの時間を過ごしていた私たちに亜矢子さんはそう宣言した。
「はあ、それでいつ行くんですか?」
代表して私が応える。
「明日」
「嫌だ」
「案件は棄却されました」
恭弥の言葉に私が重ねる。さて、本の続き続き。
「なんでよう、いいじゃない。楽しいわよ、遠足」
「……まあ、亜矢子さんの突拍子のなさは今に始まったことではないのでそれはいいとして、なぜ遠足?」
駄々をこねる亜矢子さんに拉致があかないのでそう尋ねる。
「だってこのアイリスでできるお勉強は屋内でできることに限られるじゃない?それにあなたたちももうすぐ小学校に行くのだから、その前に一度屋外学習をしようと思って」
思っていたよりまともな意見が返ってきた。
「いや、それにしても明日って……」
思わず頭痛を覚える。
「凛ちゃん」
振り返ると黒木がキラキラした瞳を私に向けていた。
お前、まさか。
「僕、行きたい」
でしょうな。
「あ、あの私もお外で遊びたいです……」
「よし、行こう」
茜の控えめな発言にシスコンがすぐさま反応する。
恭弥お前、数秒前の自分の発言覚えてるか?
「凛ちゃん以外は賛成のようねー」
ホホホと高笑いしそうなほど上機嫌になる亜矢子さんは果てしなくウザい。
はあ、まあしかたないか。
「分かりました、分かりましたよ。それで?どこに行くんです?」
「ここから歩いて30分ほどの場所に街を一望できる高台があるの。ちゃんと遊べる場所もあるわよ」
ふむ、その程度の距離なら子どもの体力でも十分行けるだろう。
「それで、出発時間は?昼食はそこで食べるんですか?食べるのでしたら昼食はどうするんです?お弁当にするんですか?夕食後なので食堂のおばさんは帰ってしまいましたよ?」
「……えーと」
何も考えてなかったらしい。彼女を見る目がゴミを見るような目になる。
しまいにはシバいたろか、この年増。
「しまいにはシバいたろか、この年増」
「お姉ちゃん、モノローグが漏れてるよ」
茜の指摘で我にかえる。亜矢子さんはどこまでも冷たい私の視線にビクビクしていた。
はあ、とため息を漏らすと、
「では、そうですね……明日は準備も必要でしょうから10時頃に出発しましょう。昼食はしょうがないので行きがけにコンビニか弁当屋で購入すればいいでしょう。服装は運動しやすい格好で、水筒などもあればいいですね」
具体的なプランを提示する。
「凛ちゃん、ありがとう!」
亜矢子さんがガバッと抱擁してくる。うっとうしいのでよけたら、床とキスしていた。
◇ ◇ ◇
本日晴天なり。
絶好の遠足日和である。朝の天気予報でも降水確率は軒並み0%だった。
昨日の晩のうちに準備をしていた私たちは、先頭に亜矢子さん、殿に私、後は適当の順で出発した。
改めて観察する風桜の街並みは私の記憶にある他の街並みとそう変わりはなかった。たまにギフト持ちであろう人が空中を歩いていたりしたが。
弁当屋で首尾よく弁当を買った(経費で落ちるらしい)私たちは特に問題なく目的地である高台に辿り着いた。
「着いたぁぁぁ!」
はしゃぐ黒木の声が聞こえる。遅れて私も高台に着くと街の全景が目に飛び込んでくる。
この高台は周囲の森と近い場所に立地しており、すぅと息を吸い込むと深緑の香りが感じられる。
「恭弥くん、キャッチボールしようよ!ちゃんとグローブは持ってきた?」
「ああ!」
男ども早速遊びに向かうらしい。黒木はともかく、幾ら大人びているとはいっても恭弥もやっぱり子どもなので、ここで遊ぶことを楽しみにしていたようだ。
「男の子たちは元気ねー」
「子どもは遊ぶことが仕事なのでしかたがないんじゃないですか?」
「あなたがそれを言う?」
亜矢子さんはペットボトルのミネラルウォーターを飲みながらはしゃぐ子どもたちを優しく見守っている。
「茜、疲れてないか?」
「うん、大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「そうか、ならばよし」
子ども組の中では一番体力のない茜だったがまだまだ余裕はあるみたいだ。
「私たちも遊ぼう、お姉ちゃん」
「ああいいぞ、何して遊ぼうか。では、しりとりをしよう!まずは私からだ、無様な恭弥。よし、「や」だぞ茜!」
「わざわざ外でしりとり!?それ、何も遊びが思いつかない最終手段だよね!もっと別の遊びをしようよ!」
ふむ、無様な恭弥についてはいいのか。
「あのね、私四つ葉のクローバーを探したいの。お姉ちゃん、一緒に探してくれない?」
「構わないとも、茜のためなら四つ葉の百本や千本余裕で見つけてみせるさ」
「一本でいい!お姉ちゃんだと本当に見つけてきそうだから、一本で十分だよ!」
「そうか、では一本だけ見つけよう」
「あったー、お姉ちゃん?」
「いや、なかなか見つからないものだね。クローバーは腐るほど生えてるのに四つ葉となると難しいものだな」
「うーん、この辺りにはないのかなあ?」
と可愛らしく小首を傾げる茜。
「なに、先ほども言ったように腐るほど生えてるんだ。根気よく探せば一本ぐらい見つかるだろう。
ところで茜?見つけた四つ葉のクローバーは誰かにあげるのかい?」
「うんっ!お兄ちゃんにいつもありがとうってあげたいの!」
「そうかい、ならば頑張らないといけないな」
可愛らしい少女の頼みだ、ますます気合を入れて探さねば。
「そういえば、お姉ちゃん、前から気になってたことがあるんだけど」
「うん、なんだい?」
「どうして私やお兄ちゃんは下の名前で呼ぶのに、悠人くんのことは黒木って呼ぶの?」
「んー……なんというか、願掛けというか、攻略されないぞという意志表明というか」
「……?なんだかよくわかんない」
「そうだね、私なりの決意表明だと思ってくれたらいいよ……っと、あったぞ四つ葉のクローバー」
「本当!」
茜が嬉しそうにこちらに駆け寄る。
男どものほうを見ると、恭弥のギフトで火の玉魔球を再現しようとして亜矢子さんに怒られているようだ。
なにやってんだ、あいつら。
◇ ◇ ◇
遠足の帰り道、その男は現れた。
「おや桃園さん、こんにちは。どうしたんです、こんなところで?」
「あら、金崎くん。いま、預かってる子どもたちと遠足に行ってきたのよ」
黒髪でたれ目のその男は人づきのいい笑みを私たちに向ける。
「こちら、金崎徹くん。まだ高校生なんだけど研究所の手伝いをしてくれているのよ」
こんにちはー、と私たちはその少年に挨拶をする。
そうか、まだ高校生だったな。確かめるようにジロジロと観察すると確かに12年後の姿に面影がある。
「それでは、僕はここで。これから研究所に行かなければいけないので」
「あら大変ね。それじゃあ、またね」
そういって金崎と別れを告げる。彼と交差する瞬間お互いの目が合う。
その目はひどく冷たく、実験動物をみるような目だった。
「………」
「お姉ちゃん?なんだか怖いよ?」
ピリついた雰囲気を出している私に茜が心配そうに声をかける。
「ん、いやなに、帰るまでが遠足だからな。気は抜いちゃいけないのさ」
「……そうなんだ」
考えてることを誤魔化すように、茜にそう告げる。茜も一応は納得したようで、そのまま一緒に歩き出す。
金崎徹。現在、高校生。
彼は12年後には私たちと血みどろの戦闘をする、原罪のクオリアの敵キャラだった。




