面会
「凛ちゃぁぁぁん!」
「お母さぁぁぁん!」
ひしっと抱き合う。
「誰だあれ……」
恭弥の戦慄した声が聞こえるが、今は親子の感動的な再開のシーンだ、黙ってろ。
私が風桜町に来て8ヶ月。ようやく家族との面会が許された。
「凛ちゃん、久しぶり!元気にしてた?寂しくなかった?
お母さんは寂しかったわ、とっても!」
「うん、元気だったよ!最初は寂しかったけど、アイリスのみんながいてくれたから、今は楽しいよ!」
「凛ちゃん……!なんていい子なの!大丈夫よ、今日は1日一緒にいてあげられるから、寂しい思いなんてさせないわ!」
「うんっ!お母さん、大好きっ!」
「凛ちゃん……!」
そしてまた抱擁。
「……どこのホームコメディだ」
恭弥の冷たい視線が私を貫く。言うな、私だっていっぱいいっぱいなんだから。
◇ ◇ ◇
「初めまして、私ここアイリスの館長をしております桃園亜矢子と申します」
「初めまして、私は凛の母で姫咲綾といいます。この子は息子の蓮です。ほら、ご挨拶」
「……こんにちわ」
「こんにちわ、蓮くん」
アイリスの館長室には私と亜矢子さん、母親と弟が揃っている。簡単に挨拶したのち、私の話題に移る。
「それで、どうでしょう?この子のここでの生活ぶりは?」
離れている間の私のことが相当気になっていたらしく、母が亜矢子さんに話を切り出す。
「え、ええ。凛ちゃんはいい子ですよ。いつもみんなの中心にいて、子どもたちのまとめ役をしてくれています。
ここでの家事も率先して手伝ってくれて、とても助かっています」
「そうですか!大人びた娘でしたが、なにぶんまだ4歳なので不安になって寂しい思いをしていないか心配だったんです」
ホッと母が息を漏らす。ひとまずは安心したようだ。
そんな私は母の隣でニコニコ笑みを浮かべながら、対面にいる亜矢子さんに「余計なこと言うなよ」と無言の圧をかける。
最初、亜矢子さんが言葉に詰まったのはそのためだ。
「大丈夫だよ、お母さん!亜矢子さんも悠人くんも恭弥くんも茜ちゃんもみんな、いい人ばっかりで毎日楽しい!」
正確には楽しくしている。
「凛ちゃん……!男の子は3日会わないだけで成長するというけど、凛ちゃんも知らない内に立派に成長していたのね!」
「えへへ!」
まあ、中身は男の子っつうより青年なんだが。
目の前で繰り広げられるホームコメディ、それにプラスして私の豹変ぶりに亜矢子さんはドン引きしてる。
おう、そんな目で見んなや。
◇ ◇ ◇
「あっ凛ちゃんのお母さん!」
「こんにちは悠人くん、元気にしてた?」
「うんっ!」
場所は移って談話室。母と弟の他にアイリスの全住人が揃っていた。
「ここにいるのがアイリスで暮らしている子どもたちです。
悠人くんはご存知ですよね?他の子は菊池恭弥くんと妹の茜ちゃんです」
「こ、こんにちは、菊池茜です!」
「……菊池恭弥です」
子どもらしい無邪気な笑顔を浮かべる私に、尋常ではない異変を感じた菊池兄妹は、どこか堅くなった声で母に挨拶をする。
「こんにちは、凛ちゃんの母です。この子は凛ちゃんの弟の蓮くんよ」
「……こんにちは」
そう毒気のない笑顔で菊池兄妹の挨拶に応える母。弟は語彙がまだ少ないのか簡潔に言葉を述べる。
「恭弥くんと茜ちゃんはここでお友達になったの!今ではすっごく仲良しなんだよ!」
私が子どもらしく振る舞うことで増える菊池兄妹へのプレッシャー。2人ともどこか怯えた表情でコクコクと頷く。
「そうなの!よかったわね凛ちゃん、お友達が増えて」
「うんっ!」
異変に気づかない母は微笑ましそうに見守る。
「もうみんな友達だもんね!」
同じく空気が読めてない黒木が賛同する。
この時、談話室は様々な感情が渦巻く魔窟と化していた。
◇ ◇ ◇
夕刻、ここでの生活の話や私へのお土産の説明、記念写真などをした私たち親子は別れの時間を迎えた。
アイリスの門前にて、私と亜矢子さん、母と弟は別れを告げる。
「今日は本当にありがとうございました。凛ちゃんが楽しそうに過ごせているのを確認できて安心しました」
「いえいえ、こちらも大したおもてなしができなくてすみません。また、いつでもいらしてください」
そう亜矢子さんとの会話が終わり母が私に向き合う。
「凛ちゃん、今日はお父さん、急な仕事が入ってしまって来れなくなったのを残念がってたけど、今度来るときは連れてくるから家族全員で会いましょうね」
「うんっ!お父さんにも会いたいから待ってる!」
「ふふっそれじゃあ凛ちゃん、またね。また近いうちに必ず来るから」
「……バイバイ、お姉ちゃん」
「バイバイ!お母さん、蓮!」
最後の会話を交わすと母と弟は去っていった。
「ふう……」
思わず息が漏れる。
「凛ちゃん」
母たちと別れを交わした直後、亜矢子さんが声をかけてきた。
「なんていうか……今日の凛ちゃん……その……」
「猫を被っていたと?」
亜矢子さんに言いにくい核心をつく。
「……ええ、まあ。なんでそんなことをしてるの?」
なんで、か。
言ってしまえば、そのほうが都合がいいからだ。子どもにとって親というのは重要なファクターだ。彼らに保護され、守られている。立場としてその一線は守っていたほうが都合がいい。
成熟した子供など親からみれば異質に映る。果たして保護する必要があるのか、と。その先は家族関係の破綻だ。
つまりは確立的に悪いほうへ転がりそうだから私は猫を被っている。それだけの話だ。それだけの話なのだが、
「……個人的な考えですが、親というのは子どもの成長を時には喜び、時には叱り、見守っていく存在だと思っています」
亜矢子さんは私の言葉を静かに聞いている。
「その点、私は特殊です。自分でいうのもなんですが、ある程度成熟してしまっている。親の介在が不必要なほどに」
正確には成熟ではなく中身ごと違うのだが。
「そのため、私が彼らに与えられるものは少ない。成長の過程を見せてあげられない。
私にできるのはそう振る舞うだけ」
意図せずこの世界で姫咲凛というキャラクターになってしまった私だが、そんな私を娘として愛してくれている彼ら。
ならば仮の娘とはいえ愛情には愛情を彼らに与えたい。それは本心だ。
「……凛ちゃんは家族が大好きなのね」
語り終えた私に亜矢子さんが優しく声をかける。
「でも、あの人は……凛ちゃんのお母さんはそのままのあなたでも受け入れてくれると思うわよ?」
「いずれは打ち明けます。このような人間なのだと、これが私だと。徐々に徐々にですが。
今はただ普通の4歳の子どもとして、彼らの前でありたい」
「……そう」
そう悲しげな亜矢子さんの声はどこか歪な私を慮っているのだろう。
気遣うようなその視線に私は心の中で感謝した。




