その目的は
主人公について話をしよう。
つまり我らが主人公様、黒木悠人についてだ。
簡単にいうと彼は巻き込まれ型の主人公だ。人助けが信条の彼は火中の栗を気安く拾い面倒に巻き込まれる。そして降りかかる困難をのらりくらりと躱して見事解決に導く。
たまに痛い目にあったりするがちゃんと解決して帰ってくるので、こちらとしては見ていてハラハラするが概ね害のない人間だといえる。
そんな彼が菊池兄妹の事情を知ったら?
間違いなく首をつっこむ、そして痛い目に合う。具体的には兄にボコられる。
恭弥のギフトに防戦一方の黒木だったが、そこで不思議ぱわぁー(私のギフト)により恭弥のギフトを封じる。
戸惑う恭弥にチャンスとばかりに反撃にかかる黒木、そして終わった後には友情が芽生える。
というのが原作の流れだ。
これに比べたら私の解決方はずいぶんスマートだったろう?
これが私が改変した内容だ。これによりシナリオとの乖離は激しくなる。
あとはただ望むべき未来を手繰り寄せられることを祈るのみ。
◇ ◇ ◇
「おい、もう食えるんじゃないか、それ」
「いやいや、鳥は牛や豚と違ってよく焼かないと中まで火が通らないんだよ。
なんだい、「烈火」というご大層なギフトを持ちながら鳥も満足に焼けないとは、情けないぞ」
「自分のギフトで鳥肉なんて焼いたことねえよ!」
現在、我々はアイリスの庭先でバーベキューをしている。
亜矢子さんが私と黒木の入居一周年の記念になることをしようという話からそうなった。
そう、我々がこのアイリスにきて既に一年が経った。
ここでの生活にもずいぶん慣れたし、菊池兄妹とも十分に仲良くなれた。経過は上々だと言える。ただ、
「お姉ちゃん、このお肉もう食べていい?」
「ああ、いいぞ茜。ただし野菜と一緒に食べるんだぞ。肉、野菜、野菜、肉の順だ」
「うん!」
あれ以来茜からお姉ちゃんと呼ばれるようになってしまった。いやまあ、可愛い女の子に懐かれるのは大歓迎だが、そういうのは黒木の領分だろう?
そんな黒木は、
「すごいよ、凛ちゃん!亜矢子さんがすっごくぶ厚い霜降り肉を持ってきたんだ!こういうの網じゃなくて鉄板で焼くのがいいんじゃないのって聞いたんだけど「焼くんだからどっちも同じよ」っていってるんだけど本当かなあ」
「網焼きだと焼きムラができて均一に火が通らないからやめておいたほうがいい。そんなことも知らないんですか?と亜矢子さんに言ってくるといい」
「うん、分かった!」
「……お前……容赦ないな」
恭弥が怯えた視線を私によこす。なに、正しい情報を与えただけじゃないか。言い方はともかく。
黒木は素直ないい子に順調に育ってるなー。
彼にはその輝きを忘れないまま来るべき時を迎えて欲しい。
「亜矢子さん、なにをそんなにぶーたれてるんですか。いい年した大人がみっともない」
「……凛ちゃん、死体蹴りって知ってる?」
「知ってますよそれくらい、きっちり殺したと思っている相手にも油断せず、後2、3発銃弾を撃ち込んでおけって意味でしょう?」
「……ええ、今まさにそんな気分だわ」
彼女はどうやら自分が発案したバーベキューを私が万全に取り仕切っていることに立場がないようだ。
「せっかく、みんなに喜んでもらおうと奮発して高級和牛を持ってきたのに……」
「いえ、気持ちはうれしいんですがね、あなたはいつもツメが甘いんですよ。せっかくのバーベキューなのだから鉄板も用意すればよかったのに」
「うぐっ!」
「だいたいいつも空回りするんだから、何か一言私にいってくれたら準備だってしたのに、そういうことをするのはもう少し一人前になってからにしてくださいね」
「ううぅ……」
薄々気づいてはいたが、彼女はダメな大人だった。料理もできない、洗濯もできない、掃除もできない、出来ることといったら仕事のみ。
このうち料理は食堂があるためどうにかなるが、掃除洗濯は私の付き添いがなければままならなかった。
ちなみに彼女の部屋は私が掃除している。
そのため、たまに私は彼女をゴミをみるような目で見てしまうが、基本的には愛嬌がありいい人なので憎めない。
「……ほら、こんなとこでしょぼくれてないでみんなのとこに行きましょう?亜矢子さんの分の肉だって用意してますから」
「凛ちゃぁぁぁん!」
ひしっと抱きしめられる。チョロイなーこの人。
彼女の背中をポンポンと優しくたたき促す。これじゃあどちらが保護者か分からないな。
◇ ◇ ◇
平穏な日常、笑顔が絶えない日々。
今のところ私の人生は順風満帆と言えよう。
………本当に?
私は、いや俺は本物の姫咲凛ではない。
姫咲凛の皮を被った大野雄二だ。
本物の彼女の魂はどこにあるのか、それとも既に消えてしまったのか、疑問は尽きないが重要なのは俺は偽物であるということだ。
では偽物の姫咲凛はなにを為す?
人は理不尽に相対したとき嘆き、悲しみ、そして怒る。
大野雄二も同様だ。怒りの火は彼の胸で常に燻り続け、燃え尽きることはない。
俺をこの舞台に上がらせたものが、運命か神かは知らぬ。
俺というイレギュラーをシナリオに参入させたいのだ。
ならば踊ろう道化のように。
しかし偽物の姫咲凛は正しく姫咲凛にはならない。
プロットを破壊し、シナリオを書き換える。
原罪のクオリアを俺という存在で塗りつぶす。
それが俺の怒りの火にまきをくべる。
賞賛などいらぬ。罵倒だって甘んじて受けとめよう。
変革は既になった。黒木悠人の参入なく菊池兄妹の問題を解決させた。
攻略ヒロイン?ふざけるな。
俺はたった1人世界に反逆する。
それが俺の、私の偽物の姫咲凛の目的だった。
拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。
この話でプロローグ終了となります。
引き続き「ヒロインは辛いよ」、お楽しみいただけると幸いです。




