05 田所くんと昼休み、の話。
学校生活ソロプレイにおいて、最も攻略困難な時間とは何か?
そう、それは昼休み。昼ご飯のお弁当を食べ終え、それほど行きたくもないトイレに行ったとしても、有り余ってしまう時間である。
しかも困ったことに、この時間に自席で独り、黙々かつ粛々とお弁当を食べていると、ぼっちであると周囲に認識されてしまう事態が発生してしまうのだ。
もちろん、私は自他共に認める根暗ぼっちである。そこに間違いもなければ異論もない。
しかし、それで注目を浴びるというのだけは避けねばならない。平穏無事の事なかれ主義が人生のモットーなのだ。故にクラスの視線の的となってしまえば、濡れたトイレットペーパーほどの耐久性しかない私の精神力は、あっという間にボロボロになってしまう。
だから、この学校に入って私はまず何をしたか。それは、安全空間の確保。独りご飯を誰にも目撃されない真昼のオアシスの発見である。
そして、それは案外簡単に成功した。私が真っ先に目をつけたのは、屋上だ。
といっても、目的は屋上そのものではない。第一、屋上なんて危険極まりない場所が生徒に開放されているなんてのは、小説の世界だけの話である。
大事なことなので、もう一度言おう。そんなのは、小説の世界だけである。
……いやまあ、調子に乗って二度も言ってみたが、実際には開放されている学校もあるんだろう。だが、少なくとも私がこれまで通ってきた学校はそうではなかった。この地方は冬場かなりの雪が降るので、管理等々の問題で一年中封鎖されているそうだ。
なので、この学校も屋上は立ち入り禁止。そしてそのため、そこへと向かう階段を使う人間もいないというわけなのである。
というわけで本日も私は、その屋上一歩手前の無人空間に腰を下ろしていた。
まあ、階段に座って食事をするというのはあまり行儀が良いと言えないが、背に腹はかえられない。そして、腹が減っては午後の授業に集中できない。特に今日は、一限目から椿くんとペアを組むという特殊緊張下にいたので、エネルギー消費量が尋常ではないのだ。
といっても別段、体育の授業中に何かあったわけではない。視線こそ鋭かったものの、椿くんから身体的ダメージを受けるようなことはなかった。むしろ「あれ、椿くんって噂と違って実は良い人なんじゃないの?」と、うっかり勘違いしてしまいそうになるほど、彼は紳士的だった。
……っと、危ない危ない。いくら時間を持て余すと言っても、こんなことを延々と考えていては、昼休みが終わってしまう。お弁当を食べ損ねてしまう。
それも、ここは実習室ばかりが並ぶ校舎の奥も奥。一般教室からは最も離れている場所なので、チャイムが聞こえてから動き出しては、間に合わない可能性だって充分にあるのだ。
まあ、そのおかげでここの平和が保たれているのも事実だが。
正直最初は、ここもすぐ誰かに発見・占領され、安寧の地を探し求める昼食難民生活を強いられることも覚悟していたが、今日までの二年間、この地を侵す者は誰一人として――
「あ、田所みっけ!」
「――ひゃんっ!?」
見つかった。ディスをカバリーされた。私のささやかなオアシスは、蜃気楼の彼方の幻となった。
しかも、和泉くんによって。
って、何で和泉くんいるの? 今日、休みじゃなかったの?
というか、こっちに向かって来てるんですけど? 進撃の和泉くんなんですけど?
「いやぁ、がっつり寝坊してさ。今さっき教室着いたんだけど、やっぱり田所いないしさ、みんなもいつの間にかいなくなってたって言うからさ、超探し回ったよ。もしかして、昨日もここいた? てか、はー、疲れたー」
――座ったーーーっ!
真横に、自然と、いつも通りの定位置の如く。
ええええ? 私に一体どうしろと? 私を一体どうしようと?
こんなところにいたって、何の得もないですよ? それどころか、万が一にもこんなところを誰かに見られたら、和泉くんのイメージを損なうおそれだってありますよ?
「ん、どうかした? あ、もしかして、髪はねてる?」
「え……あ、いや、その……」
「うわー、マジかー。直してる時間、なかったもんなー。サイアク。天パーの上に寝癖とか、テンション下がるわー」
「え……天然、なの?」
「ん、ああ、髪? そうなんだよ、母親に似て超くせ毛。なのに服装検査のとき、毎回注意されるんだよ。DNAが全力を尽くした結果だってのに、なぁ?」
「あ、う、うん……」
いや、同意を求められても困る。昨日初めて知った人の服装検査事情など、私が知る由もない。それに、こっちもこっちで毎回それどころではないのだ。はたしていつまで「一身上の都合により」という理由でこの前髪を許してもらえるか、いつも不安で仕方ないのだ。
しかしまあ、今ので和泉くんに関する情報を一つ得られた。
それは、彼の髪が天然であること。自らの意思で、毛先の放任主義を貫いているわけではないことだ。
実は昨日、引っ張り出した小学校の卒業アルバムには、ほぼ今と同じ髪型の和泉くんが写っていた。だから、もしかしたら幼少期からアバンギャルドな人生を送ってきたのではないかという疑惑が浮上していたが、今の事実によりそれは晴れた。もちろん、髪型と性格がイコールになるわけではないので、快晴とはいかないが。
……って、そうだ。この機会に、例の件を訊けばいいのではないだろうか。昨日調べた卒業アルバムのことを。
いや、待て、私。よく考えろ、私。
この状況でそんな話題を振ったら、長期戦になるのは目に見えている。それはつまり、この逃げ場のない空間で一対一の会話を続けるということだ。
はたして私にそんなことができるか。うん、無理。シンキングタイムなんて不要だ。
第一、ご飯を食べながら会話するなんて高度な同時進行技術、私が持ち合わせているわけがない。ソロプレイで、そんなスキルが磨かれるイベントは起こらない。
それに、和泉くんだって私なんかの顔を視界に入れながら、ご飯を食べたくは――
「――って、違う違う。こんなとこで座ってる場合じゃなかった。今日こそ誘いに来たんだった」
誘い? 何のことだ?
と、問うどころか考える間も与えず、和泉くんは続けた。
「田所、一緒にメシ食おうぜ。俺の彼女も紹介するし」
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