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02 田所くんとガム、の話。



「――はひっ!?」


 思わず上擦った声が出た。というか、完全に噛んだ。

 だがしかし、そんなことを気にしている場合ではない。


 ――今、彼は何と言った?


 いやもちろん、別に言葉が聞き取れなかったわけではない。リスニングはばっちり過ぎるくらいにばっちりだ。そして、口を開いた状態で差し出されたボトルガムを見れば、自分が今どんな状況に置かれているかも充分に理解できる。


 しかしそれ故に、その言動に含まれる意味が全くもって理解できない。

 何故なら隣の席に座る彼とは、まるで面識がないのだ。少なくとも、二年生の時のクラスメイトではない。というか、こんなにも毛先を遊ばせ、制服も着崩すようなタイプの高位実生活充実者とは、まともに言葉を交わしたことすらない。


 なのに彼は何故、見ず知らずの、それも何の見返りも得られないであろう私なんかに、ガムを分け与えようとしているのだろうか?


 いや……待て待て、私。逸るな、私。


 自分ではばっちりだと思っているだけで、リスニングに問題があったという可能性も否定はできない。私には『ガム』と聞こえたが、実は何か別の言葉だったかもしれない。

 そう、例えば『グアム』――観光地として有名なグアム島を食べるか、と訊かれたかもしれない。


 ……って、いやいやいや。島を食べるって、私は怪獣か何かか? そして、彼に一体どんな権限があるというのだ? 合衆国大統領なのか、彼は?


 というわけで、この可能性は考えなくていいだろう。たとえ彼が大統領であっても、私に島を食す習慣も趣味もないし。


 では、次に検討すべき可能性は何だろうか。

 そう考えると、最も高確率なのはイタズラ。私がのこのこと中に指を入れた瞬間、蓋が閉まり、指が挟まれるというミミック的なギミックがボトルに施されているという可能性だ。


 だがしかし、この発想にもまた大きな問題がある。それは、これが板ガムではなくボトルガムだという点。つまり、その手のアイテムにボトルガムバージョンがあるのかどうか、という問題である。


 とりあえず、そんなものがあるとは聞いたことがない。そしてパッと見た感じ、そんな機構が組み込まれているようにも見えない。

 しかし使う相手がいない私は、そういったものに対して疎いというのも事実である。特に、昨今のこの国の技術の進歩を考えてみれば、無いと断言するのは非常に危険だ。子どものオモチャですら、タッチパネル搭載のご時世なのだから。


 だが、仮にこれがイタズラだとした場合、それはそれで困ったことになる。

 それは、私がこれをイタズラだと想定してしまったこと。そして、私が極度のリアクション下手だということだ。

 おそらく仕掛け人である彼は、「うわっ、ちょーびっくりした!」とか「もー、何すんだよー☆」というようなリアクションを期待しているだろう。しかし、そんな言葉は私の辞書にはない。不可能なら、山のように記載されているが。


 だからもし、これに指を挟まれても「痛っ……」と地味に声を発するのが限界である。まさか、指を引き千切るほどの威力もあるまいし。というか、いざ指が引き千切られたらリアクションどころの騒ぎではな――


「……あ、ごめん。もしかしてミント系、嫌いだった?」

「あっ……いや、あの……その……」


 なかなか手を出してこないことに痺れを切らしたのか、そう尋ねてくる彼。そして当然パニクる私。


 パッと言葉が出ない。というかこの場合、何と答えるのが正解なの?

 ありがとう? ごめんなさい? どういたしまして?

 実はガムよりアメが好きなんだよね? ミント系、全然大丈夫だよ? 島以外なら大体食べれるよ?

 いやいや、何の脈略もなく島とか完全に意味不明だし。


明良(あきら)ぁー、帰るよー!」

「お、りょーかーい! んじゃ、ごめん田所。俺、先帰るわ」


 と、廊下から響いた女子の声に、彼はスッと席から立ち上がる。そしてボトルガムをカバンの中に放り込むと、声の主と共に私の視界から去っていった。


「それじゃ、また明日!」


 という言葉を残して。


 ……え? また明日って何?




 誤字・脱字などありましたら、こっそり教えてください。

 感想・レビューなどありましたら、堂々と言っちゃってください。

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