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10 田所くんと勉強会(小)、の話。



「いやー、待った待った! なんかレジ超混んでてさぁ、もう一年以上待ったわ!」


 ようやく私たちのテーブルまでやってきた和泉くんの第一声はそれだった。

 いやいやいや、さすがに一年以上は言い過ぎだろう。ネット小説なら、次話投稿の可能性を危ぶまれるレベルの話だ。


 と、まあ、とりあえずそんな益体もない話は置いておくとして、私は和泉くんの手元を見た。というか、見ざるを得なかった。

 カバンと、トレーの上の『3』と書かれた番号札。

 セール実施中のドーナツ以外はNGだと言っておきながら、本人はちゃっかり飲茶セットを頼んでいた。

 ……いやまあ、ここの支払いを請け負うのは和泉くんなので、別段それについて文句はないし、そんなことを言える立場でもないのだが。


 しかし、そんな私の卑しい視線を読んだのか、あるいは表情――最悪の場合、心までも読み取られてしまったのか、和泉くんはこう話しかけてきた。


「いやさぁ、『期間限定!』って言われたら『今のうちに食わなきゃ!』って思うでしょ? 『俺が食わねば!』って使命感に駆られるでしょ?」

「あ、うん、まあ……」


 それは使命感というより、ただ単に企業戦略に乗せられているだけな気がする。限定的にすることによって消費者の購買意欲を高めるという策略に、まんまと引っかかっているような気がする。

 だがそれについても、私は何か言える立場にない。

 ここ数か月で自腹を切って購入したものがノート二冊という、日本経済の循環に何の貢献もしていない私のような分際が意見しようなど、おこがましいにもほどがあるというものだ。


 などと、自分がとことん社会の輪から外れていることを実感していると、実に自然な感じでスッと、綾野さんは持っていたレシートを和泉くんに差し出した。


「はい、明良。とりあえず代わりに払っといたからね」

「おう、サンキュ――って、何これ!? 高っ!」


 レシートは全部で三枚。

 一枚は、綾野さんの紅茶とドーナツ、計三点。

 また一枚は、不肖この私のコーヒーとドーナツ、計三点。

 そして最後の一枚は、椿くんのジュースとドーナツ――計二十二点。

 もちろん、ここで全部食べるわけではなく(椿くんなら問題なく食べられそうだけど)、うち二十個は綾野さんが率先して選んだテイクアウト用のドーナツだが、しかしそれで値段が変わるわけはなく、というか箱代とかを考えるとテイクアウトのほうが高くなりそうな気もするが、まあ今はそれは置いておくとして、合計二十八点分の請求が和泉くんに突きつけられた。


 だが、さすがにこれには椿くんがすかさず口を挟む。


「いや、大丈夫だ。自分の分は自分で払う」

「いいの、いいの、気にしなくて。コイツが無理矢理、椿くんを巻き込んだんだから。それより、明良ちょっと」


 初めて聞いた椿くんの早めで強めの口調を、いとも簡単に制し、綾野さんが立ち上がる。そして、和泉くんを連れてテーブルを離れていった。


「……?」


 鋭い目付きをより一層険しくして、怪訝な表情を浮かべる椿くん。

 しかし、向こうで行われているであろう会話が何か、察しが悪いことで有名――否、無名な私でも、さすがに分かる。絶対に本人の前でする話ではないだろう。


 そして案の定、戻ってきた和泉くんは暗い何かを吹き飛ばすかのように、必要以上の笑顔だった。


「悪いな、椿。無理にこんなとこ誘って。というか、二十個で足りる? 足りなくない? もしアレだったら、明日の朝飯用に追加する? セール外のヤツでも全然OKだぜ。俺、おわびに買うし」

「い、いや……大丈夫。正直、二十個も多いくらいだし」

「そうか。ま、とりあえず遠慮するなよ。おかわりとか自由にしていいからな。別になんか変に気とか使わなくていいからな。マジで気ぃ使わなくていいからな」

「う、うん……」


 椿くんと和泉くんという組み合わせは初めて見るが、やはり圧倒的に和泉くんのほうが強いようだ。椿くんから放たれる巨大な威圧感も、和泉くんにはまったく効果を為していないように見える。

 だがそんな和泉くんと言えど、当然ながらピラミッドの頂点にいるわけではない。最底辺にいるのは私で確定だが、今この場の王者は間違いなく綾野さんだった。


「明良うるさい。しつこい。少し黙るか、一時間呼吸しないで」

「よしオッケー、俺、少し黙る!」

「あ、でも、黙る前にプリント出して」

「プリント?」

「前回の英語の小テストのヤツ。持ってきてって言ったよね?」

「……ん?」

「ちょっとウソでしょ。アレなきゃ対策とか立てられないでしょ」

「いや、でも、今日英語なかったし」

「はぁ~……どうすんのよ、せっかく二人にも集まってもらってるのに……」


 深いため息と共に、頭を抱え込む綾野さん。

 たしか綾野さんのクラスと私たちのクラスは先生が違うはずだから、授業の進行速度も違えば小テストの出題傾向も違うだろう。だから、前回の問題用紙と解答用紙がなければ、今ここで予習をすることはできない。


 だが、プロぼっちを侮らないでいただきたい。

 こんなこともあろうかと――というわけでは決してないが、私はカバンから話題の二枚を取り出し、和泉くんに手渡した。


「あ、あの、よかったら、これ……」


 ぼっちにとって急な時間割変更とは、極めて危険なハプニングイベントである。

 もしそれを知らなかったら、当日誰かに教科書等々を借りなければならなくなるのだ。特に私の場合、存在感の薄さ故、その連絡が届かないなんてこと日常茶飯事だ。

 しかし、教科書を貸してくれるような相手、プロぼっちにいるわけがない。他のクラスに友人がいるような人間はクラスぼっちであって、私のような学校ぼっち――ひいては社会ぼっちとは全く違う。別人種だ。

 というか、別のクラスとの交流など、もはや異文化交流である。グローバルコミュニケーションである。

 そしてそんな二か国語を操る能力を、私が持ち合わせているわけがない。たまたま今、綾野さんとは顔見知り程度になっているが、これは純粋に綾野さんの翻訳能力が高いだけの話である。

 というわけで、私のような鎖国の中の鎖国民は、常に全ての教材を持ち歩いている。これならば、いついかなる時間割変更にも対応できるというわけだ。


「え、マジ? ありがとう! さすが田所!」

「い、いや、たまたま持ってただけで……」

「いやいやいや、たまたまでもさすがだって――ん? へぇー、田所って下の名前『トオル』っていうんだ」

「――え?」


 そう声を上げたのは、綾野さん。

 しかし咄嗟に声は出ずとも、私もおそらくほとんど同じ気持ちだった。

 てっきり、フルネームを押さえられているものとばかり思っていたから。


 解答用紙の記入欄に書いた――田所透。

 和泉くんが呟いたそれとは、少し読み方が違う。



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