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09 田所くんと待ち合わせ、の話。



「こっちから誘っといてアレなんだけど……ごめん、誰?」


 実はこの店の天井を支えているんじゃないかと思えてしまうほどにそびえ立つ椿くんを目の前に、綾野さんはいたって冷静にそう尋ねた。

 そして続いて、「知ってる?」といった風の視線を私に向けてくる。


 もちろん、そんなものを受けたら挙動不審なレベルに慌て、動作不良のように首を横に振るのが本来の私だ。そして、「やだ、やっぱりコイツ気持ち悪い」と綾野さんに嫌われるのが通常で真っ当なコースである。

 だが奇跡的に幸いなことに、今回はそうはならなかった。

 知り合いとは図々しくて口が裂けても言えないが、少なからず知らない相手ではないのだから。


「あ、あの……つ、椿くん。同じクラスの」

「へぇ、そうなんだ。ごめんね、知らなくて。私、隣のクラスの綾野。明良の――和泉明良の彼女というか保護者というか監督責任者というか、まあ、そんな感じ」

「えっと……椿、です。さっき学校で、勉強会やるからって和泉に……」

「ああ大丈夫、大丈夫。なんとなく流れは見えてるから。ま、とりあえず座って」


 そう言って、隣の席を勧める綾野さん。

 しかし、それを受けた椿くんは動かなかった。そして、実はやはりこの天井を支えている柱なんじゃないかと不謹慎にも思いかけたところで、椿くんは再度ゆっくりと口を開いた。


「あ、いや、あの……実は、こういうところ来るの初めてで、その、注文の仕方が分からなくて……」


 そう歯切れ悪く言う椿くんの手には、確かにカバンしかない。ドーナツもドリンクもセール対象外のパイもなければ、飲茶セットを頼んだ際に手渡される番号札もない。

 そしてそれを見て再び、綾野さんがこちらに視線を向けてきた。「どういうこと?」と。


 しかし、その質問には答えられない。先日の体育で二言三言、事務的に言葉を交わしただけで、「ところでドーナツをテイクアウトせず、店内で食べたことある? 実は私、親戚と二回くらい食べたことあるんだよねー」などというハイレベルな会話は当然したことないし、そんな深い仲になってもいない。

 だから今度こそ、体に付いた水を弾く犬のように首を横に振ろうとしたのと、椿くんが言葉を続けたのは同じタイミングだった。


「えっと、我が家ちょっと変わってて、こういうのあんまり食べられないというか、まあ、そんな環境で……それに、兄弟も多いから、こういうところに気軽に来ることもできなくて……あと、その」


 俺、と続けたところで、椿くんの口は閉ざされた。

 まあ正確には、口はその先も続けようと開いているのだが、その言葉を中に押し戻すように綾野さんが手で制した。極めて真剣な面持ちで、うんうんと何度も頷きながら。


「オッケー、それ以上言わなくて大丈夫、なんとなく分かった! よし、それじゃあ一緒に注文しに行こう! というか、家族分のお土産も買っちゃおう、明良のオゴリで!」

「い、いや、さすがにそれは……」

「いいって、いいって、気にしなくて。事情も知らずに無理矢理誘ったんだから、アイツにはそれくらいさせないと。ほら、行こう!」


 そう言って立ち上がると、すっとレジの方へと歩いていく綾野さん。

 その背中を見ながら、少しの間どうしようかと戸惑っていたが、結局言われた通りに後を追うことにした椿くん。


 そして、一人残された私。

 しかも、周りの女子高生たちの好奇の視線に縫い付けられ、身動きが取れないというオプション付きで。


 だがまあ、それも自然といえば自然だ。私だって同じ状況になったら気になって仕方ないだろう。

 だって一人は、生バンドとコーラス隊を引き連れて青春を謳歌している華の女子高生。もう一人は、十メートル離れていてもその巨大さと眼光の鋭さが分かる鬼の男子高校生。そして残る一人は、そんな二人とは磁石の同じ極の如く触れ合うことのない根暗ぼっち。

 こんな三人が一堂に会しているのだから、周囲の興味を惹かないわけがない。


 しかし惹きつける側(当然のことながら人生初の経験である)としては、正直たまったものではない。私如きをいくら見ても答えは出ないので、どうかこれ以上見ないでほしい。

 第一、私なんかにスポットライトが当たるなんてことは、役者にとっても観客にとっても、あってはならないことなのだ。


 ……まったく、心臓に悪い。

 バクンバクンのドクンドクンである。


 ――ドンドンドンドン!


 と、心臓の奏でる8ビートに乱入参戦してきたのは、そんな音だった。

 ただし、それは身体の内側からではない。というか、これだけ激しい音が内側から鳴り響こうものなら、私の心臓もいよいよラストスパート突入である。


「…………」


 しかしまあ、そんな表現もあながち間違いでもないかもしれない。その音はラストスパートでないにしても、ラストイベント突入の合図ではあった。


 私の背後のガラス窓を外から叩き、満面の笑顔を浮かべ、全力で手を振ってくる人物。

 それは間違いなく、本日のラスボスだったのだから。


 誤字・脱字などありましたら、こっそり教えてください。

 感想・レビューなどありましたら、堂々と言っちゃってください。

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