01 田所くん、の話。
不出来な息子ですが、どうかよろしくお願いします。
私は、自他共に認める根暗ぼっちである。
と、なんとなく流れで言ってみたが、正確なところ『自』で認めることはあっても『他』が認めることはない。絶対的な自信を持って、私はそう言い切れる。
何故ならば、クラスでの私の立ち位置は影の薄い人間――いや、影のない人間だからだ。だって、影というものは光が当たるからこそ出来るものであって、一度たりとも光が当たったことがない私のような存在には当然、影は発生しないのである。……まあ、根暗な人間に影がないというのは、何とも皮肉めいた話ではあるが。
だからクラスの誰も、私のことを認識していない。というか、できていない。
空気のような存在なのだ、私は。
なんて、気取って常套句を使ってみたはいいものの、実際私の場合、空気を名乗るのもおこがましい話ではないだろうか?
だって空気というのは確かに普段は目に見えないが、いざ無くなってしまうと困るものだ。しかし、私が突然いなくなって困る人間などどこにもいない。もちろん、こんな私でも天涯孤独というわけではないから家族は困るだろうが、まあ精々がそのくらいだ。
だから、私という人間を例えるのに最も妥当なものは――目に付いた埃、といったところだろう。
たまにちらりと視界に入るが、すぐに気にならなくなる。そんな例えが、矮小な私にはお似合いだ。
しかしだからと言って、私がその立ち位置を嫌っているということは決してない。むしろ自らそれを望み、そうあり続けようとしている。はっきり言って脚光を浴びる人生など、まっぴらごめんなのだ。
だから私は、高校という多感な若者たちが青春を謳歌するステージにおいて、裏方どころか観客になることに徹している。もちろん、できることなら観客としてすら参加したくはないのが本音であるが、悲しいかな現実問題、学歴というものはこの現代社会を生き抜いていくために必要不可欠なもののようなので、学校にはこれまで二年間、ちゃんと毎日通い続けている。
そして、本日より新学年・新学期。
他の生徒同様、私にとっても一大イベントな日である。
だが私の場合、その意味合いは大きく異なる。大多数の生徒がクラス替えによる新しい出会いへの期待と不安のハーフ&ハーフを抱くのに対し、私の中で渦巻くのは純度百パーセントの不安だからだ。言わば、カフェオレに対してのブラックコーヒー。まったくもって苦いばかりである。
何故なら、クラスが替わるということは、その中の人間関係が変わるということ。つまり、これまでクラス内で築き上げ、保ち続けてきた人畜無害で存在希薄という自分の立ち位置を、一度リセットしなければならないということなのだ。これが不安以外の何であると言うのだろう。
しかしとは言え、さすがに小中高と同じことを繰り返し、いよいよ高校三年生にもなると、そんな不安にも慣れたのも事実。ブラックだって飲み続ければ、案外飲めるようになるものである。
だから始業式、そして新しいクラスでの初めてのHRが終わる頃には、私の心は普段の平穏を取り戻しつつあった。
ここまで特に目立った覚えはない。しかし『終わり良ければ全て良し』とは逆に、最後の最後にミスすれば全てが台無しになってしまう。つまり、ここで油断してはならないのである。
だからチャイムが鳴り響き、クラスメイトたちが思い思いに動き出した教室の中で、私はただ静かに自分の席に座り続けていた。
だがもちろん、このあと何か用事があるとか、誰かが来るのを待っているとか、そういうわけではない。というか、できることなら一刻も早く家に帰りたいというのが本音だ。
しかし、そんな我先にと教室から飛び出せば、『帰宅部のエース』という不名誉な称号を受けてしまうことを、中学一年の苦々しい思い出としてしっかりと胸に刻んでいる。
だから私は、帰る前のスマホチェックを装ってさりげなく、しかし虎視眈々とタイミングを見計らう。そして、生徒の流れによって教室と廊下の境界線があやふやになりつつあるのを確認して、カバンを手に立ち上がった。
――のと、同時のことだった。
「あ。田所もガム食べる?」
と、不意に隣の席から脚光を浴びせ掛けられたのは。
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