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明日の宿題


「学校という場所はつくづく、不思議な場所に思える。この世界はなんだか、ガラス造りの一つの世界のようだ。そこで僕は眠り、そしてまた考える。皆の言う事、皆の考えている事が、僕は時々わからなくなる。それでも、僕はそこにいる。どうしてだろう?・・・。それは、わからない。僕はやはり、何かを期待しているのだろうか?。・・・天空からの飛行石を持った少女が落ちてくるのを、待ち焦がれている少年のように。

 僕は授業中によく眠る。その眠りは深く、しかし浅い。僕の眠りの質は独特なもののような気がする。とにかく僕はよく夢を見る。そしてその夢は脈絡のないものだ。・・・この前は顔のない鬼が現れた。その前は、声の出ない天使が現れた。そして、そいつらは僕に必死に何かを語りかけていた。・・・なのに、僕は彼らのメッセージを受け取る事ができなかった。・・・僕は目を覚ました。すると、世界史の今岡が僕を見て、「やっと起きたか」とクラス中に聞こえるように言った。クラスの連中はくすくすと笑っていた。

違うな、と僕はその時、思った。僕は僕の中から発せられた大切なメッセージを聞き逃しただけなのだ。それで、その罰として、この地上に降りてきたのだ。そして、それがこの世界では、『目覚め』という形で現れただけなのだ、と。

 僕には友達が一人いる。赤井という奴だ。赤井はとにかくくだらなく、下品な奴だが、僕と気が合うので、僕はよく赤井と一緒にいる。赤井はよく、妙な冗談を言う。「これってまるで×××みたいだな・・・」とか。そのくせ、あいつが童貞なのを僕はよく知っている。

 まあ、そんなことはどうでもいい。大切なのは僕の学校ライフだ。ライフ・・・?。だせえな。・・・ああ、ださいさ。最近は何でもかんでも、嘲笑する人間が周りに増えている気が、僕はしている。彼らは、何かを蔑んでいる時にだけ、自分に生気を感じる奴らだ。教師でもよくいる。化学の塚田とかね。僕はあいつが嫌いだ。あいつは前の学校で生徒殴って、あやうく退職になりかけたらしい。クラスのおしゃべり係の真希から聞いた。

 そんな事はまあ、いいんだけど・・・。僕は漫画なんかもよく読むね。授業中に。教科書の裏に挟んでさ。古典的な方法さ・・・。馬鹿馬鹿しいけどね。前に、クラスでワンピースが流行った事があって、皆夢中で読んでたな。その時は僕もそれを読んで、確かに面白いなあなんて思ったけどね。でもさ、まあ漫画ばっかりでも飽きるじゃないか。ゲームとか?・・・。最近じゃ、そんなのも流行ってないな。今・・・何が流行っているだろ?。女子は、前に比べりゃ黒髪が多くなった、と兄貴が言っていた。「お前達の世代はいいよ。学校で黒髪ロングが見れて」。・・・兄貴はさ、オタクなんだ。だから、黒髪ロングに妙な幻想を抱いているんだ。でもさ、実際、高校なんて行っていると、隣の女子生徒なんか、馬鹿すぎて話にならないぜ。いや、マジでさ。口開けば、ジャニーズの誰それがかっこい、何組の誰それがかっこいい、何組の女子の誰々は正確悪いから、ラインで今度はぶろうぜーーー、なんて。・・・全く、結構なご身分だと、僕も思うよ。・・・それで、こういう奴が、大人になって母親になったら、「やっぱり自分の子供にはきちんとしつけしないと」なんて言う。お前自身をしつけしろ、まず最初に。

 でもね、JKーーー女子高生はいいもんだぜ。そういう面に目をつぶればさあ。だって・・・例えば、夏場に、カッターシャツの下に透けてみえるブラ紐なんて、興奮するじゃないか。・・・いや、ほんとの所。僕は、告白すると、前の子のそのブラ紐が気になってしまった時があってね。あの日は暑かったなあ・・・。その時は僕は自分の勃起を抑えるのに苦労した。全く、授業どころじゃなかったぜ。本当にね。

 でさあ、その女子高生なんてのは、そういう中身に目をつぶればいいもんなんだよ。かわいいしね。・・・これも兄貴が言ってた事だけど、「最近の子はみんな可愛いんなあ、俺の世代なんかひどかったもんね」・・・だってさ。兄貴はさ、もう二十八なんだよ。それで、そうやってグチグチ言うんだよな、あいつは。僕はいつも聞き流しているけどね。それで、兄貴は今、フリーターなんだ。二十八になって、何やってんだって感じだけど、でもまあ、それは奴の人生だからな。・・・勝手にすればいいさ。ニートよりマシだしね。

 でもさ、ここでちょっと兄貴の話を続けるとさ・・・、実際の話、兄貴の問題点は二十八になっても、フリーターでいる事・・・なんてのじゃないんだ。問題はさ、兄貴には統一的方針というものがないってことさ。統一的方針。わかる?。・・って言っても、わからないか。それはね、こういうことさ。・・・兄貴は二年前に、急にバンドやるとかいって、十万もするエレキギターを親に半分出させて買ったんだよな。うちの親は兄貴には甘いからね。(僕とは違って。)でもね、兄貴は僕の予想通り、その半年後にはもうギターには手を出さなくなってたし、バンドの事なんか一言も言わないようになった。十万円するギターは押入れの中でね。・・・よくある事だよ。でさあ、それである日、僕は兄貴に聞いたんだよ。「兄貴、どうしてバンドなんてやろうと思ったの?」って。そしたらうちのぐうたら兄貴はさ、「ああ、それな。アニメでやってたからだよ」だってさ。それで兄貴はまた、自分の読んでいた漫画に目を落とした。・・・全く。兄貴に、統一的な方針がないってのは、そういうことさ。兄貴はいつも、瞬間瞬間の思いつきで生きてるからな。・・・ミーハーなんだよ。要するにね。・・・で、昨日なんて、兄貴は新しいオンラインゲーム買ってきて、「これにどっぷりつかるつもりだ」って僕に自慢してそのパッケージを見せてくるんだよね。だから僕は、「はいはい、そうですか」って流しておいた。兄貴は「これでランキングトップ百に入る」って言ってたけど、なんのランキングだかわからないね。僕には。

 まあ、うちの兄貴はそんなだけれどさ。うちの両親なんかも似たようなもんなんだよね。僕に言わせれば。だって、親なんてのはたいてい、現実主義者を自認している奴に限って、夢を見ているもんなんだ。・・・その話聞いて、ぐえって思ったんだけどさ、うちの親は僕の事を東京大学に行かせるか、それともプロスポーツ選手にするつもりだったんだって。・・・それで、僕をどこのスパルタ式なスポーツ塾だの、学習塾だのに通わせるか、熱心に二人で話していたらしい。ちなみに、兄貴が生まれた時には、そんな事は思いもつかなかったんだって。どうして、僕の時になってそんな事思いついちゃったんだろうね?。・・・全く。・・・でも僕は、そんなのに通わずに済んだ。そういう塾だの何だのの費用が余りにも高いから、うちには無理だという結論に達したらしい。・・・やれやれ、そんな所に通わさせられなくて、本当に良かった僕は思っているよ。そんなとこ行ってたら・・・・・ああ、考えただけでも、ブルっとするよ。

 まあ、そんな事はいいんだけどさ。・・・なんだか、僕は自分のおしゃべりばかりしてるな。・・・君は、僕がこうして喋っているのを聞くと、僕の事を学校でも家でもおしゃべりな奴だと思うんだろう?。・・・とんでもない!。事実は逆さ。僕はね、寡黙なんだよ。いや、本当に。物静かで、家でも学校でも通ってる。だってさ・・・しゃべりたい事なんて、ないしね。エグザイルだのAKBだの何とかレボリューションだの・・・・・僕は知ったこっちゃないんだよ!。知らないんだよ!・・・そんな事は。かといって、クラスの中の優等生連中に混ざりこんで、任天堂の株価とSONYの今期の純利益について話す気も起きない。・・・まあ、僕みたいな劣等生は彼らが何話してるか、全然知らないんだけどさ。

 そんな事はいいさ。君はさ・・・いや、僕の事。僕は僕の事を話そう。いや・・・僕だって、君の事は聞きたいんだよ。君の話をさ。でも、君は語る言葉を持たない。・・・いいんだよ、自分がどんなアーティストが好きかなんて、いや、もうジャニーズの話は聴きたくないし、流行語の口真似もうんざりなんだ。お笑い芸人?・・・よしてくれよ。・・・いやいや、君のどうしようもない彼氏がいかにイケメンかなんて話も聞きたくないんだ。今日、彼女にプロポーズしただって?・・・。何だって?・・・。中学から、十年付き合ってた彼女です、って?。・・・それはおめでとう。でも、今大切なのはその事じゃないんだ。

 君はどうして君を知らないんだ?。・・・なあ、僕だって、心ときめく瞬間というのはあるんだよ。本当にさ。それはどんな時か、言ってみようか?。それはね・・・駅で、一人の少女が電車を待っているとする。周りは皆通勤のサラリーマンや、学生たちの黒い群れさ。そしてその中でその少女はーーー彼女も学生のわけだがーーー、みんなと一緒に、同じような服で、おんなじ車両に乗り込む。そして、ドアが閉まる。・・・だが、その時、その子は何故か、とても悲しそうな顔をするんだな。・・・悲しい事なんか一つもないのに。それはまるで、そこに存在している事が悲しいであるかのような、そんな表情なんだよ。わかるかな?・・・僕の言いたい事。その時、僕はその子にときめく。恋をするわけだ。つまり。 

 馬鹿馬鹿しいって?。・・・笑うなよ。恥ずかしいじゃないか。・・・でも、まあ色々あるさ、人生だものね。なんでも、ソクラテスとかいう昔の賢人は、偉い人に「お前は死刑だ」と言われて、次のように言い返したって言うじゃないか。「それはそうですが、あなた達も自然によって死刑を宣告されているのです」。・・・全く、憎い奴だよね。これじゃあ、死刑になったってしょうがないってもんだ。

 余計な事を言っちゃったな。・・・まあ、いいさ。大体、僕って奴はいつも、こうでたらめな奴なんだ。本当に。世間の、世の中の規律という煮え湯をいつも飲まされて、それでとてもうんざりしちゃったんだね。・・・いや、僕もよくわからないけどさ。ところで、これはここだけの秘密だけど・・・君に一つ、とても大切な事を教えてあげよう。実はこの僕ーーーこの他でもない、一つの実在たる僕は、とあるうだつのあがらない作家志望のつまらない人間によって描かれた一人の人間だって事ーーーその事を僕は今、ここで君に告げてあげよう。こうしてね。・・・これはこれまで公然の秘密だったんだけど、僕はついここで口に出してしまった。・・・言っちゃいけないって、これを書いてる奴には言われたんだけどね。でもさ、我慢できなかったんだよ。でもさ、君はどう思う?。ここまで、こうしてくだらないおしゃべりをしてきた僕という存在が、実は紙の上だけの産物だなんて。・・・そんなの、誰が信じるだろう?。・・・いや、それは僕自身が信じなくちゃならないっていうのか?。・・・全く。

 全くね、今の世の中はおかしいぜ。ほんと言うとさ。みんな技術がどうの「上手い」だの「下手」だの言うけれど、その実、何も見ていちゃいない。これを書いている一人のうだつのあがらない男もさ(彼は僕の友人なんだけど)、言ってたよ。「僕は、文章がうまいなんて言われてもちっとも嬉しくはないよ。だって、皆最初から上から目線だからね。・・・そして、その割には自分は『平凡人だ』、なんて妙に謙虚なんだよ。別に、自分を天才だって勘違いしたっていいじゃないか」。・・・なんか、そんな事をごたごたと愚痴ってたよ。その『作家様』はさ。全く、こいつは嫌な人間だぜ。君も知ってるだろうけど。・・・でも、こいつの話はもうここらでやめよう。僕の方で、うんざりするしね。実を言うと、僕はこの産みの親である、このキーボード叩いている男の事が嫌いなのさ。ほんとの所。

 まあ、でも、雑談はここらでやめよう。・・・でもね、君に一つ言っておきたい事は、僕がたとえ、紙の上の存在にすぎないとしても、そしてくだらない一人の男に捏造された、そんな言葉だけの『人間』だとしても、やっぱり僕は僕だって事だ。これは・・・本当さ。みんなはね、現実というものに余りに重きを置きすぎているんだよ。現実が何だ?。君は、心置きなく話せる友人が一人でもいるか?。あるいは恋人が?・・・。フッ・・・嘘つけよ。君には一人も居ないね。それが、僕にはわかる。何故って?・・・。それは僕もそうだからさ。そして、人間というものが絶対そうであるように造られているからさ。だから、君はさ、また、僕と話したくなったら、ここにおいでよ。僕はここで待ってるから。この紙の上という媒体でね。

 ・・・さて、僕もそろそろ、自分の宿題を終わらせないとね。・・・全く、紙の上の存在にすぎないにもかかわらず、僕には生活もあれば、宿題もあるんだよ。・・・馬鹿馬鹿しい事だけどね。でも、本当さ。・・・それじゃあ、僕は今から、そちらの世界との通信を絶って、そして自分の作業に没頭する。・・・やらなきゃいけない事があるんだよ。こっちでもね。それじゃあ。アディオス。」



                               ※※※



 ・・・僕はその文章を一時間半ほどで書き終えると、ノートパソコンをぱたりと閉じた。そして、ふうっとため息をついた。僕は机の上のコーヒーをずずっとすすった。・・・机の上には、『本物の』明日の宿題が載っている。

 「やらなきゃいけないよな」

 と、僕はひとりでぼそっと呟いた。

 「僕は『こいつ』とは違って、フィクションじゃないわけだし」

 ・・・そして、僕は自分の文章を、ノートパソコンの『倉庫』というフォルダにしまいこむと、本当に自分の宿題に手をつけはじめた。そしてそれをやっている間、僕の頭に絶えず浮かんでいた事は、(ああ、僕が本当にフィクションの中での『僕』だったらな・・・)という事だった。しかし、事実は違った。僕はあくまでも現実の僕であり、そして目の前の宿題は、確かな質量を持った、本物の宿題だった。



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[一言]  仕事をしたり勉強したりしているときに限って、自分もつい色々と作品のアイデアが出たり、妙に作品制作がはかどったりしてしまいますね。そしてそういう時に限って、この小説のように作品内で現実の事を…
[良い点] 天真爛漫な少年の葛藤が丁寧に織り込まれた素晴らしい作品。 [一言] 多感な少年の表現方法を強く学べました。 わたしの多感な頃を思い出す良いきっかけになりそうです。 ありがとうございました。…
2014/01/10 09:55 退会済み
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