裏切り
「小月、秋音がいないぞ?」
「えっ?」
その後、バカにされたと思ったシキの襲撃を狭い部屋の中でかわし続けていたのだがシキが喉が乾いた
らしくお蔭で少しの間休憩できることになって寝転がっていた。
そしたらシキがそんな事を言い出した。
リビングに確認しに行くと、机の上に一枚の紙。
『足りない物があったので買ってきます――――P.S帰ってきたら愚兄殺す』
紙に書かれていた字もそこから伝わってくる殺意も完全に義妹のものであった。
つまり俺たちがじゃれてる間に義妹はその足りない物を買出しに行ったというわけだ。
それもおおよそ紙に書いてある文面から察するに、俺が買い忘れたもの。
「遅くないか。随分前に買いに行ったのに」
「シキ。お前、秋音が買いに行ったの気付いてたのか?」
「うん。1時間くらい前に玄関のドアが開く音がしたから」
1時間前に買いに行った……なのに帰ってきてない。
あらかじめ買う物が決まってて行ったんだから、1時間経っても戻らないのは遅すぎる。
だからシキも秋音が買出しに行ったことに気づいてても、さっき居ないと俺に言ったのだろう。
「心配だな」
「小月、心当たりは無いのか?」
心当たりと言ったって、何を買いにいったのかが分からなければどこの店に行ったか分からない。
そもそも行き帰りの最中に何かあって戻ってこないかもしれないし……。
「シキ、俺の携帯の番号知ってるよな」
「……どうするつもりだ?」
「とりあえず虱潰しに店をあたる」
「アタシも一緒に――――」
「秋音が途中で帰ってくるかもしれないから、留守を頼む」
「ああ、うん…………」
すぐに上着を着て、玄関で靴を履いて出る。
「じゃあ行ってくる」
「ああ。いってらっしゃい」
…………もうこの時、俺は意志で行動していた。
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秋音が発案し、シキが賛同し、二人で企んでいたもの。
それを小月は少しばかり危惧していたが、なんの危険性も含まないものを二人は企んでいた。
秋音はただそれを見てるのが楽しいから企画し、シキは機会を逃さないために賛同した。
それは―――クリスマスパーティーの時、シキが小月に告白するといったものだった。
当然、何を告白するのかといえば愛を告白するのである。小月が好きだと、シキが自分の意思を伝えるのである。
それを思いついたのは秋音。動機など単純で、クリスマスパーティーをするためにシキの協力が欲しかったからだ。それにシキが前から小月のことが好きであるということも知っていた。だからこの際、告白してしまえと耳打ちしたのだ。
シキは最初恥ずかしがって嫌だと言ったが、秋音の説得に屈し、その企画に参加することを決めた。
先程、シキが小月に嫌いかと訊いたのはこれ故である。
自分の気持ちだけが先行し、本当は小月は自分のことが嫌いなのではないかと告白を直前にして怯えてしまったのである。
小月の回答は自分の想定など大きく上回るものだったが、一応の安心と期待を持つことができた。
だが……シキは不安に思っていた。
それは告白にではなく、小月にである。
あれは、買出しに行った時からだったか。小月の様子が少しばかりおかしくなった。
表には出ない。いつもと変わりない。だがどこか違和感を感じる。
いうなれば、隠し事をしているような感じ。それも大きな。誰にも話せない隠し事をしているような感じ。
それが最近の小月から感じられた。
そして今、秋音を探しに小月は外へと出てしまった。
とてつもなく嫌な予感がする。秋音も小月もいない。そういう事はよくあるというのに、尋常じゃない不安を煽る。
思わず警戒し、考えてしまう。何か裏があるんじゃないかと。二人がいないことには裏があるんじゃないかと。
そして思い出そうとする。二人についてのことを。
同じ苗字。血の繋がっていない兄妹。アタシのことをからかって楽しむ癖がある。秋音は金髪。小月は黒髪。容姿や性格の共通点なんてあまりない。似てるところを共通点を探すのが困難な兄妹。
…………兄妹。
篠守。何故かシキの頭の中でその苗字が出てきた。
そして思い出した。まだ一つだけある二人の共通点。
魔神。魔神の精神や魂をいつの間にか体の中にいれていた張空小月。そして魔神の体そのものである張空秋音。
その二人が今、同時にいなくなっている。それは――――偶然なのか?
シキの中の不安が、小月からの言いつけを破るように体を動かす。
今動かなければ、今このまま動かないでいれば、きっと嫌なことになる。
そう思って、シキもまた玄関から飛び出した。
行先など分からない。ただ自分の直感が告げるほうへひたすら走っていく。
小月と合流するでもいい。秋音を探し出すでもいい。
とにかく今は、一刻も早く、二人のうちのどちらかを見つけなければ。
早く見つけなければ、きっとダメになる。何もかも崩れてしまう。そんな気がする。
だからもっと早く。
早く、早く、早く、早く、早く、早く!
いつの間にか日が沈み、月が雲で隠れて一辺が暗闇に覆われた頃。
ようやく見つけた。辿り着いた。小月の元に。
黒髪の中に白い毛を疎らに混じらわせた、小月の元に。
いつかの浜辺で見たような異常な雰囲気を纏わせた、小月の元に。
「小月……?」
だからアタシは祈ったのかもしれない。魔神の力によって暴走しただけだと。
でもそれは勘違い。自分でも分かっていた勘違い。
だってあの時、小月は自分の意志で部屋を出ていき、今こうして自分の意志で……その悲しそうな目をアタシに向けてるんだから。