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NOISE.3  作者: 坂津狂鬼
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別れ

結果として、オトアは隼綛白兎を殺した。殺すことが叶った。

その代償として負った傷は、左足の腱断裂、右足の大腿筋断裂、右腕はそもそも形状が大きく変わり果てている。

そして隼綛の最後の一撃によって、胸骨、肺、心臓を切り裂かれてしまった。オトアの命ももはや虫の息である。

最期、オトアの《処刑刃》によってその首を断ち切られるまで隼綛は笑っていた。

子供のように、悪魔のように、笑いながら、殺意を持ち続けたまま死んでいった。

死ぬことを望んだ怪物は、もうこの世にはいない。

なら自分はどうするか。

オトアは自分に問いかけ、そして答えを思い出す。

唯音と約束をした。帰ると。そう約束した。

負傷した器官を《不可視の鎧》で包み込み、無理矢理動かし機能を再生させる。

立ち上がることも歩くこともこれで難なく行えるだろう。

あとは唯音の元に辿り着くまで、オトアの意識が持つかどうか。

それこそがオトアの最後の戦いになるだろう。瀕死の体をどこまで引きずって動かせるか。

崩壊が進む迷宮の中、言葉すら失った怪物はただ約束のために歩き出す。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


【虚無の王】は死んだ。張空小月の手によって殺された。

殺した本人である張空小月は目的もなく崩壊する迷宮を歩む。

彼の右手には、残弾が残り一つの白銀のリボルバーが握られたまま。

《魔王の棺》は被弾者を必ず殺す。被弾してしまえば、その事実は過去を改変されたとしても残り続ける。それは改変した本人でも例外ではない。

簡単に言えば、小月の目の前には二つの選択肢がある。

一つは、過去を改変された世界で、独り、世界全てに違和感を感じながら生きていく道。

一つは、《魔王の棺》を使用し、自殺する道。

魔神が弾丸を三つ渡したのも後者の選択をできるようにするためだろう。

《他人事》が完全に発動してしまえば、小月は記憶以外の全てを失うことになる。

最悪は、他の誰かに取られることになるかもしれない。

それがどういう事なのか、小月は正確には把握できなかった。そもそもそんな経験をした人間がいるかすら怪しい。正確に把握できる人間などいないだろう。

自分が経験した8年間の記憶を持ったまま、突然、経験していない新しい8年間の記憶を脳内に入れ込まれる。知っているのに知らない世界で、これからの一生を過ごす。

それがどういう事なのか、まったく見当もつかない。

小月自身が感じる違和感は小さなものなのか、それとも絶大なものなのか。小月一人の過去が変わることで世界がどの程度変わり果ててしまうのか。まったく想像もできない。

だけど一つだけ確かなことがある。

シキとの関係は完全に断ち切られる。

小月の体に魔神が憑くことが無くなれば、小月に秋音という義妹ができる理由がなくなる。さらには陽介が仕掛けたシキとの出会いも無くなる。小月が裏の世界と関わる理由は一切ない。シキと出会うことは完全に無いとは言い切れないが、それでも、街で偶然すれ違った程度の関係までしか築かれないだろう。

今までの人間関係は完全に断ち切られ、まったく知らない人の輪の中に放り込まれることがどれだけの苦痛なのか。

その苦痛を味わう程度なら、いっそ死んでしまうのも手だろう。

その苦痛を味わう前に、今なら、確実に、死ねる。

「……最悪だよな」

そう言って、小月は手に持っていたリボルバーを捨てる。

自分がやった事は責任が取れるようなものではないが、その結果くらいは、見なければいけない。

これからの人生に偽りを感じても、それは自分が負うべきものなのだ。

これから一生、自分の人生がまるで他人事のように感じられても、それは自身のせいなのだから仕方が無い。

それに、小月には果たさなければいけない約束がある。

どうせここで消えてしまう約束。欲した本人の記憶には一切残らない約束。

シキとまた逢う。その約束。

それを果たさなければいけない。守らなければいけない。シキが忘れてしまっても、約束をした事実が世界から消し去られても、最後にしたその約束くらいは守らなければ。

仕方が無いと呟いて、シキが約束なんて忘れてしまうと知っておきながら自分勝手に承諾したその約束くらいは守らなければいけない。

そんな想いを抱きながら、迷宮の崩壊に巻き込まれるようにして小月は――――――。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


昨日の雨を忘れさせる程に眩い光を放つ朝日の輝きは、カーテンの遮りを通り越し、少年の顔へと降り注ぐ。小鳥やカラスたちの鳴き声に紛れ、目覚まし時計のアラームが部屋の中を満たす。

少年は怠そうに瞼を開き、目覚まし時計の場所を手探りし、アラームを止める。

アラームの喧騒が止み、静寂が部屋に溢れると少年は自然と体を起こしながらこう呟いた。

「……………………最悪だ」

少年、張空小月は夢から醒めた。

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