問い
三日後。
いくら脅されたからといって、いくら言わされたからといって、買い出し係になると決めてしまったのは俺自身である。
そのため今日はその任務を果たすべく、近くの大型スーパーに来ているのだ。
でもいくらなんでも飾り付けから食材まで、俺一人で買いに行かせるのはどうかと思う。
恥ずかしい話だが、シキの方が圧倒的に腕力強いし重いもの持っても平気だし。だからせめて義妹本人が来ないにしろシキというお供をつけてくれてもよかったんじゃないのかな。
しかし秋音はそれを認めなかった。シキと何かしらの企みがあるようでその準備で自分たちは手を貸せないらしい。
おおよそ俺が蒼い炎でいつも通り気絶してる時にシキが何かしらを義妹に吹き込まれたのだろう。
そのよからぬ企みが一体何であれ、きっとそれは俺に良くないものをもたらすに決まっている。
何故ならば、その企みの発案者が義妹だから。最悪だ。また死ぬのかな、最後あたりに。
ともあれ今は頼まれた買い出しをこなすとしよう。まあ、何も考えたくないから専念するのだが。
「えぇーと……あ、これか」
頼まれた商品を取ろうと手を伸ばすと。
「あっ」
「あァ?」
平穏やら平凡やら平和やら平常やらを詰め込んだ大型スーパーに一番似合わない人物に出会ってしまった。
その人物とは、オトアである。
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数時間前に遡る。
狐狩りを起こさせる為の下準備を雇い主が大慌てしながらやっているため、オトアに仕事が回ってくることがなく、暇だったために優雅に昼寝でもしようかとオトアが瞼を瞑った時、騒々しくやってきた雇い主がこう言った。
「クリスマスくらい、休ませろぉぉっ!!」
「……いや、休みたきャ休めばいィじャねェか」
「誰の言葉のせいで急いでると思ってるんじゃボケぇ!!」
別にオトアからしてみれば心の底から思った感想を口にしただけなのだが、それが気に食わなかったらしく雇い主はオトアの頭を盛大に叩いた。
別に女性の、それも少女とも見分けがつかないくらいの小さな女性の腕力で叩かれたところでオトアにとっては痛くも痒くもないのだが……何のリアクションもとらなければ何発も叩いて来ると思ったオトアはわざとらしく頭を擦る動作をした。
「いいかな、篠守君。要人暗殺を何十人何百人何千人何万人やったところで狐狩りは起こらないの。表の世界の住人にいかにして裏の世界のことを知らせるかが重要なの。それには関係各所に連絡とって一々バレないように少しずつ情報が漏れるように準備をしなきゃいけないの。それがどれだけ大変だか分かる? 分からないよね。国一つ易々と壊すような人間に、この苦労が分かってたまるかこんチクショウっ!!」
「アンタの今の言葉で、どれだけ大変だかは理解した」
「だったら! クリスマスくらい休ませて!」
「だァから、休みたきャ休めよ」
「なぁにが、休みたきゃ休めよ! 三ヶ月以内に狐狩り起こさせるには睡眠も休息も削ってスケジュールを組まなきゃいけないの! だから!!」
「……だから?」
「とりあえずお腹すいたから、美味しいご飯作って」
「……言ッておくが、ウチの冷蔵庫は何もないぞ」
「じゃあ買ってきて! お金上げるから!」
という雇い主の我儘によって、オトアは自身の雰囲気とは似合いもしない大型スーパーに訪れたわけである。
そこで張空小月と出会うとは思わなかったが、まあ、会ったところで何の問題もない。
今日のオトアは珍しく、本当にただの買い物をするためだけに外に出てきたのだから。
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オトアと会うのは、先日のクーデター事件以来だった。
実を言うと俺は、オトアに会いたかった。一つだけ訊きたい事があったのだ。
おおよそあの場に居た人間の中で、唯一、正常に意識を保っていられたであろうオトアに。
シキが傷付けられた後、俺はどうなっていたのかを。
だから互いに買い物を済ませたあとに、スーパー内にあった休憩スペースにてオトアに質問することにした。
オトアからの返答は実に単純で。
「魔神に成ッた」
「……魔神になった? どういう事だよそれ」
「そのままだ。おおよそ、キレたお前は魔神に力を借りたんだろォ。だけど借りた力を制御しきれずに、お前の体は魔神に乗ッ取られた」
暴走までは予想していた。魔神に力を借りて、制御しきれずに暴走した。そういう言葉を予想していた。
だけど乗っ取りは想定外だった。
その答えを聞けば、どうしてそうなったかは推測できる。俺が力によって暴走しないようにするため魔神は体を乗っ取ることで暴走を抑えたんだろう。
それでも、まさか自分の意思だけじゃなくて自分の体まで乗っ取られるなんて……なんて情けない。
「張空小月」
魔神に力を借りたことを心の内で恥じていると、オトアが唐突に俺の名前を呼んだ。
「お前が【蒼い死神】の傍に居続けるというのなら……今回のような乗ッ取りは、また起きる。何故ならお前は非力だからだ。そしてもしまた今回と同じようなことが起こる時、お前はどォする?」
「どうするって……」
「近いうちに狐狩りを起こす。オレはわざわざ【蒼い死神】を殺す気はないが、もしも死神から仕掛けてくるような事があれば、場合によるが、殺すだろォ。もしそういう時になったらお前はどォする。この前とは違ッて、オレも全てを捨ててまで成さなければならない事がある。お前がいくら策を張ってもオレはそれらすべてを歯牙にかけずに吹き飛ばす。前回のようにいかない。魔神の力を借りなければ倒せない。そんな状況になったら、お前はどォするんだ。張空小月」
オトアの言葉には色々な忠告が含まれていた。
近いうちに狐狩りが……またシキが危険な目にあう事がある可能性がある事。
もしシキがオトアに攻撃した場合、殺す事。
そもそもオトアは前とは違って、シキや俺なんて見ていない、他の目的があること。
その目的を邪魔するのならば、一瞬にして、全力で、俺たちを消し去ること。
そしてその時、俺はどうするのか。また暴走するのか。また乗っ取られるのか。
また、自分が無力だと感じなければならないのか。
「悪ィ事は言わない、【蒼い死神】から離れろ。アレの傍にいればお前はまた壊されるぞ。お前がアレの傍にいる限り、アレはまた傷付くぞ。もしもそれが嫌ならば離れろ。それだけだ。それだけしか、アレを守る手段はお前にはない」
「……その言い方だと、まるでシキが悪者みたいじゃないか。アイツは何も悪いことしてないのに」
「悪かッた、言い直そう…………神の傍にただの人間が近寄るな。半端者じゃ壊れるだけだ。悪いのはお前の非力さだ」
…………一々ムカつく言い様をしてくれる。反論もできないけど。
別にオトアは、シキに俺は釣り合わないと言ってるわけじゃない。そんな言葉を掛けるような奴じゃない。
ただ、俺じゃシキを守れない。俺じゃシキが傷付くのを見ることしかできない。そう言っている。
……いや。魔神という爆弾を抱えた俺が傍にいたら、シキが傷付くだけだと言っているのかもしれない。
何にしろ反論できない。俺は非力だ。この前のことでそれは充分理解している。
だけど。
「シキと約束したから。一生傍にいるって、約束したから……俺からそんな程度の理由で逃げ出すことはできない」
「…………そォか。もォ覚悟はできてるって事か」
どこか憐れむような口調で、オトアはそう言いながら納得した。
そもそもオトアは俺がどんな答えを口にしたところで、それを否定しなかったのだろう。
ただ確認するためだけに、俺に問いかけたのだろうから。
「まァ、忠告はしたし……覚悟を決めてる人間に何を行った所で無駄だろォからな。じャァな、張空小月」
まるで家に帰るのが面倒そうな、そんな気怠さをもった声色で別れの言葉を口にしたオトアはそのまま立ち去る前に、一旦止まってこちらを振り返り。
「あァ、一つだけ言い忘れてた事があった」
「言い忘れたこと? なんだよそれ?」
オトアがこんなに喋る奴だとは思っていなかった俺にとってはその一言は不気味で、あまり聞きたくはなかった。
だけどわざわざ相手が言うつもりでいるのだから、聞かない訳にもいかない。
近いうちに狐狩りを起こすとも言ってたし、それに関する情報だと良いんだけど……。
「狐狩りに関することでな――――」
まさか予想通り、狐狩りのことを口にしはじめるオトア。
一体どんな情報がもたらされるのか。不安と好奇心が入り混じった複雑な心境で答えを待っている中、オトアは平然とした様子で断言した。
「――――【蒼い死神】殺されるぞ」
瞬間、何かが中で弾けた。
今年もクリスマスを家で過ごす
なんと憐れか。なんと悲しきことか。
だが仕方が無い。それが現実だもの