殺し合い
オトアと隼綛による殺し合いが始まった。
両者の能力は同種。空間を歪める力。
片方は空間を隔て、片方は空間を裂き、そして歪める。
一撃一撃が必殺であり、一撃一撃が世界を破壊していく。
先制をしたのはオトアだった。躊躇いなく踏み込み、左手にまとわせた《処刑刃》を振り下ろす。
振り下ろされた《処刑刃》を、隼綛は右手で払いのけ、オトアの顎を削ぐように脚を振り上げる。
体を反らし蹴りを躱すと、オトアは後ろに一歩引き、引いた脚を軸にして体を回転。そのまま両手の《処刑刃》にて隼綛を斬りつける。
自らに突進してくる刃に手を添え、隼綛はそのまま《処刑刃》に打ち上げられるようにしてオトアの上空へと飛んだ。
隼綛がオトアの背後に足を着くと同時に、振り返ったオトアと隼綛の斬撃が幾度にわたって衝突しあう。
雑音拒絶による斬撃の威力は、今のところは互角。
しかしオトアの雑音拒絶が隔てることを主としているのに対し、隼綛の雑音拒絶は裂くことを主としている。
斬撃はいずれ相手が上回ることになる可能性が高い。
(……なら、そうなる前にこの敵を殺す…………っ!)
オトアが打てる最善の手はそれしかない。
隼綛の総合的な能力が上昇する前に、殺してしまう。相手が油断しているうちに倒す。
一分一秒でも早く、この眼前の敵を殺してしまう。
しかし、それが容易くできるほど眼前の敵は弱くはない。
「おいおい、成長したのにその程度かよ」
「チッ…………」
挑発に乗せられて繰り出したオトアの突きは、隼綛に軌道を逸らされて自身に多大な隙を生んでしまう。
そして隼綛から伸びてくる死の一撃を《処刑刃》にてどうにか弾く。
こちらが攻勢に出ても、いつの間にかに防戦へと成り果てている。
たった一撃。たった一撃を掠らせることすらもできない。
8年前と変わらず、オトアの殺意は隼綛に届かない。
何故だ、とオトアは心中で考える。
隼綛を殺すに足る力はすでにある。隼綛を殺すことを躊躇う心など微塵も存在しない。隼綛を必ず殺せる才能もある。隼綛を殺せる程度には肉体も鍛えたはずだ。
なのにあと一歩、何故、届かない?
8年前と何も変わらない。ただ向かい、ただ振るい、無意味に終わる。
どう足掻いても打倒される。どう殺そうとしても、最適な殺害方法をアイツは回避する。
自分が無力なわけじゃない。相手が強力なわけじゃない。
なのに一歩、届かない。殺せない。殺しきれない。8年前と同じように。
「―――――ッ!!」
自身の思考を断ち切るように、オトアは両手の《処刑刃》を振り下ろす。
だが、振り下ろされる途中で隼綛に両腕を掴まれ、こじ開けられるように軌道を大きく逸らされる。
その瞬間、オトアは反射的に胴回りに《不可視の鎧》によって何重にも壁を作り出す。
そして次の瞬間には隼綛の蹴りがオトアの胴を突き刺すかのように放たれた。
何層もの《不可視の鎧》を裂き破り、オトアの腹部に隼綛の足先がめり込む。
少しばかりオトアの口から空気が漏れ出すと同時に、その体は後方へと吹き飛んだ。
隼綛の蹴りによってではなく、オトア自身の意思によって後方へと吹き飛んだ。
(アイツの体はすべてが凶器だ、いつ切れだすかも分からない不気味な刃物だ。一旦距離を取らなければ、殺す前に殺される…………っ!)
障害物や壁を無視してとにかく後方へ。
その場しのぎのオトアの判断は、間違っている。
何故ならば、隼綛白兎の雑音拒絶にとって距離というものは障害にはなりえない。一瞬で詰められる程度の、無意味なものなのだから。
オトアもそれを考慮していなかったわけではない。自身も別種とはいえ空間を歪める力の使用者だ。
距離の無意味さを知らなかったわけではない。
だからこそ、あえて間違った判断をした。
オトアが距離を取ろうとすれば、隼綛は必ず追撃を仕掛けるために距離を詰める。それは自然なことだ。
自身に適切な間合いで戦闘を続行するのは実に自然で当然の行為だ。
そして例えば、相手が数秒の間に莫大な距離を取り、なおかつ、自身にはその距離を詰める手段があるとするならば、その手段を行使するのは当然だ。
だから、とにかく後方へと距離を取ったオトアに対して、隼綛は空間を裂き、一瞬のうちに距離を詰めてくる。その程度のことはオトアも理解していた。
そして同時に、オトアの記憶上、その空間移動法の使用後1秒間の範囲において隼綛は雑音拒絶を使用していない。
その理由は隼綛自身が状況に対応できないために雑音拒絶が使用できないのか、それとも二つの空間座標を裂いて繋ぐ使用法には無茶があり、使用後1秒間は雑音拒絶が使用不可になるのか。
どちらだかオトアには分からないが、とにかく隼綛が雑音拒絶を使えない事態が発生する可能性があればそれでよかった。
その微量な可能性があるならば、試してみる価値はある。
「《暴風の―――――」
能力による空気の圧縮を始める。
隼綛が空間移動すると同時に、《不可視の鎧》によって圧縮させた空気を全方位に打ち出す。それがオトアの張る罠。
隼綛を殺すことは無理だとしても、負傷させる程度には有効なはずだ。
問題はそのタイミング。打ち出すのが早過ぎても遅過ぎても、隼綛を負傷させられない。
しかし、彼には確固とした自信があった。
それは自分自身に課せられた呪いのような才能。人を殺す才能。
それが隼綛を負傷させる適切なタイミングを知らせてくれる。
そして――その才能は期待通り、隼綛がオトアの背後に現れる一瞬の間に自身の体に合図を送った。
「―――――鉄槌》ッ!!」