殺人鬼の望み
《死して決着を》。
四人のうち誰かが誰かを殺さない限り、脱出することが許されない牢獄。
これは一人の魔神と呼ばれる少女が、二人の男のために、二つの意味を込めて作り上げた迷宮。
一つは、死神と呼ばれる少女を裏切ってでも事を成そうとする少年への配慮。
彼が成す『ある事』によって起こる誤差を、最小限にするため。
そしてもう一つは、彼の宿敵を逃さないため。
「殺しにきたぜ……隼綛」
殺風景なコンクリートで囲われた狭い廊下に声が響く。
声を発したのは、一人の青年。
ただ殺すためだけにここにいる、一人の青年。
「今度は届くかァ。オトア」
その声に答えたのは、一人の殺人鬼。
ただ殺していたらここにいた、一人の殺人鬼。
彼らは笑う。眼前に宿敵を捉え、邪悪に笑う。
8年前の夏のあの日から、変わってしまった青年は一つ問う。
「結局、お前は何がしたかったんだ?」
「そォいうのは決着がついた後に訊くもんだろォが」
隼綛の返しに、オトアはただ事実を述べ、さらに問い詰める。
「もうここまで来た。ここは通過点じゃない、終着点だ。ここでどちらかは死ぬ。それが決着がつく時だ。死体になる前に話せよ、お前が拒絶したものの全貌を。それだけがオレは分からない」
「話す必要もねェだろ。オレもお前も、世界を拒絶したことに変わりねェ」
「大切な人間を失った、大切な人間のいないこの世界なんて滅びてしまえ……なんて偽善じみた理由じゃねェだろ。テメェは世界を拒絶したはずだ。それは確か。だが何があって拒絶したのか分からねェ。それが分からなきゃ、殺し難いだろォが」
オトアの言葉に、少しばかり笑い、隼綛は邪悪な笑みを崩さずに言った。
「そォか。なら話さなくちャいけないな。一体何を訊きたいんだ、オトア?」
「お前が拒絶したもの……いや、お前が願ったものだ」
「死だよ」
即答だった。明確な意思で隼綛は言った。
だがその答えはあまりにも本人に不釣合い。
殺し続けた人間が望むにしては、あまりにも不恰好。
死を望んでいるのならば、何も力を振るわなければいいのだ。
彼の力は強大だが、振るわれなければ意味を成さない。
雑音拒絶すら使わなければ、隼綛白兎は一般人の肉体となんら変わりない。
ただ頭を鋭利な角にぶつけただけでも死んでしまう、脆い体なのだ。
ならば何故、隼綛は力を振るい続けながら死を望む。
「何人もの人間を殺してきた。数えるだけで日が暮れてしまう数だけの人間を殺してきた。それだけの数、殺し合ってきた。だがオレを殺せたものはいない。これが意味することが分かるか。分かるよな、今のお前なら……」
隼綛の投げ掛けにオトアは答えない。
簡単にいえば、隼綛白兎は強い、ということだ。
魔神も死神も小月もオトアも、誰一人として彼を傷つけることすらできなかった。
別に彼は、自身の周りにバリアなどといったものを張っているわけではない。
なのに傷つくことはなかった。いくら強敵を前にしても彼は勝ち、殺してきた。
どうしようもなく強いのだ。
「オレはな、死にたいんだよ。だけど自分で死ねる勇気はない。だから殺される為に、殺される為だけに戦火に飛び込んで、死のうとした。だが無理だった。子供の時からずっと願って、ずっと戦って、ずっと生き残った。気付いたら片手に武器を持って、人を殺して、生き残っていた」
当然だろう。
心のどこかで死にたいと思っていても、何故か、心のどこかで歯止めが掛かってしまう。
だから隼綛は自殺という手段を選べなかった。
それと同じ。自殺をすることもできない人間が、他人に殺されるのをただ受け入れることができるわけがない。
心のどこかでは死にたくないと思っているから、生きていて、だからこそ生き残ろうと抵抗する。
隼綛は当然のことをしたまでのことだった。
だが、隼綛本人はそれでは納得しない。
「いつか、殺していれば、殺し続けていれば、オレを完全に殺しきれる相手が現れる。そう信じて、そう望んで、オレは殺した。幾人もの人間を殺してきた。男も女も子供も老人も家族も友だと思っていた奴も国も神すらも手に掛けてきた。だが……それでも死ねないんだ」
彼の生き残ろうとする本能と、彼の力となる雑音拒絶。
この二つが揃ってしまった為に、彼は死ねず、殺し続ける運命を辿ることになったのだろう。
隼綛白兎の今までの人生では、誰も彼を止められる人間がいなかった。
殺人鬼を対峙するヒーローなんてものは誰かの幻想の中での話。ご都合主義に塗れた世界での話。
彼を囲う世界は、そんなに甘くなく、そんなに優しくは無かった。だからこそ彼は殺人鬼になってしまった。
「対峙する相手が死ぬばかりでオレが死ぬことは一度もなかった。だから求めた。オレを殺せる人間を。だからこそ協力した。オレを殺せる人間を探し出すがために【虚無の王】に付き従った。アイツは俺よりも弱い。だが約束した。自分に付き従えば、必ず、お前を殺せるほどの力を持った奴に会わせることができると。きっとそれはお前のことを指してはいなかったが…………」
【虚無の王】の言葉通り、今、隼綛の前には宿敵がいる。
自分を殺せる力を持った、宿敵が。
「オトア。お前はオレの求めるものを多く持っていた。殺せる力、殺せる心、殺せる才能。唯一無かった殺せる肉体すらも今のお前は持っている。だから―――」
今。
8年もの間、オトアが熟成するのを待ち続けた今。
隼綛白兎の前には成長したオトアがいる。
「お前はこうしてオレの前に再び現れた。オレを殺すために。オレの望みを果たしてくれるはずのお前は、今こうして現れた」
歓喜を覚える。
興奮を覚える。
自らの心臓の拍動が、大きく感じられる。
血の熱が、体中を迸る。
味わったことのない感情の域へと、今、達しようとしている。
「だからオトア。殺し合おう。今度こそ殺してくれ。今度こそ殺してやる。今度こそ、死が待っている。さァ、殺そう。それを成すためだけにオレもお前もここにいるんだから」
「そうか」
隼綛の心境とは逆に、オトアの心境は冷め切っていた。
心臓の拍動など聞こえず、血は静かに巡る。
全身の感覚は研ぎ澄まされているにも関わらず、断ち切られたように何の刺激も感じ取れない。
だが反面、オトアも思った。
ここにいる理由は隼綛も自分も大して変わらない、と。
「隼綛。オレはな、8年前に生きる意味を失くし、生きる意味を捨てた。昔のオレにとっては唯音がこの世界の全てだった。だからお前に唯音が殺されて、全てを失くした。だからこそ自分が変わり果てたことを8年後に気付かされることになったよ」
捨ててしまった生きる意味、失くしてしまった生きる意味。
生きる意味であった唯音に再び会うことになり、オトアは気付かされた。
「まったく笑い事だ。比べるべきじゃないな、人だろうと怪物だろうと。昔の全てが嘘なのか、今の全てが嘘なのか分からなくなって……自分の心のクセに、殺すためだけの冷徹な心のはずなのにうるさくて仕方ないんだ」
唯音のためにまた生きよう。オレは殺すことをやめられない。
オレは全てを殺すだろう。唯音がいれば殺さない。
唯音に俺の全てを捧げよう。オレは血の味を知った獣だ。もはや殺すことが生きるココと成り果てている。
オレは唯音に近づくべきではない。オレは唯音の傍に居たい。
ゴチャゴチャと雑音のように、心の中で鳴り響く自身の声。
昔は今を否定して、今は昔を否定する。
変わり果てたからこそ、オトアの心は乱れ、未だに揺れて止められない。
「……でも、だからこそ、決めた。ここで決着をつける」
だからこそ、ここにいる。
そうでなければ、ここにはいない。
全てを終わらせる。隼綛との因縁も、自身の心の揺れも、何もかも。
「隼綛。お前は俺に殺されることを望んでいるらしい。オレはその期待に極力応えるが……オレはお前に殺されようとお前を殺そうと、死ぬんだよ」
隼綛に殺されれば当然、死ぬ。
そして隼綛を殺したとしても、今度はオトアという怪物の存在意義はなくなり死ぬ。
そもそも存在が許されざるものだった。曖昧なものだった。
だからこそ、この怪物は今宵死ぬ。
「オレはな、隼綛……自分の心と決別するために、自分の人生に決着をつけるために、自分の全てを賭けてここに死にに来た。死ぬためだけにここに来た」
どうしようもない二匹の怪物は、同じ理由で、ここにいる。
死ぬためだけにここにいる。相手に殺される為にここにいる。
隼綛もオトアも、出生や育成環境に違いがあれども根本的には同じものだった。
結局、彼らは根本から破綻している。だから自己解決などできない。
だからこそ相手を求め、殺し合う。
「今宵オレはここで死ぬけど……お前はどうなんだ隼綛。生き残った後、どうする」
また殺し続けるか。
それともオトアと同様にここで何らかの死を迎えるか。
隼綛はその答えを黙秘する。
いや、回答する必要も、もはや無いのだろう。
彼の意思は、彼らの意志は、すでに単一の答えしか持ちえない。
「まァいい。どんな回答も期待していない。どんな答えであろうと殺してやる。真正面から全力で、持てるもの全てを賭けて、全てを失ってでも殺してやる。期待通り、殺してやる」
殺意をもって。
殺戮を成す力で。
殺害を成立させる災禍によって。
殺人を犯し、血で塗れた肉体で。
オトアは隼綛白兎を殺しに掛かる。
「さァ、死ぬまで殺し合おうぜ……隼綛白兎」
まあどうせ最後だから、重要な伏線もないし、ちゃっちゃと終わらせちゃえばいいかなぁーって、感じで文書のクオリティの下がりようを言い訳してみたり
いや逆に考えるんだ。元々低スペック文章だから問題ないさと