《死して決着を》
「いいか。何があってもお前はお前の仕事をしろよ、シキ」
「ならアタシに心配されないようにお前が頑張るんだな、小月」
依然、隼綛は一歩たりとも動じず軽く笑みすら浮かべている。
その隼綛の視線を向ける先には蒼い炎の塊。小月とシキが一時的に身を潜めている。
それも後、数秒の間だけなのだが。
まず炎の塊から姿を現したのは小月。
飛び出すとそのまま隼綛に向かって、突進する。
空間移動で回避してもいい。こちらも直進し、すれ違いざまに裂き切ってもいい。
強風を吹かせ、砂塵を舞い上がらせて目隠しをしてもいい。
だが隼綛は動かない。ただ向かってくる小月に対して、ただ事態を受け入れる。
それも異常な程に。
簡単な話、隼綛はすでに理解していた。
シキが小月に突撃し、そのまま二人を蒼い炎が包んだ時点で。
二人が手を組み、自身を殺しに掛かることを。
だから今は受け身をとる。最初の攻撃は囮。注意をそちらに向けるための。
そして次に彼らが取る手も非常に単純で芸のない、そんな一手。
隼綛は全て理解していた。いや、理解していたというよりは、勘付いていたと言った方が正確だろう。
彼は、隼綛は、シキよりも小月よりも唯音よりも張空陽介よりもオトアよりも、平凡に近い。
特別な才はない。
空間を裂くという強い力を持っているが、それは手足の届く範囲でしか効果を発揮しない。
武器や銃器もなければ、数多くの手段を持ち得ているわけでもない。
言うなら隼綛白兎は、雑音拒絶以外は一般人と何も変わりはしない。何の変哲もない平凡な人間なのだ。
そんな人間が殺害を擬人化したようなオトアと対等であるには、多大な差よりも多大な経験を積んでいなければならない。
極端な話、小月やシキや唯音が思いつくような殺害方法はすでに経験済みなのだ。
性質の悪い話である。
「やッぱりなァ」
退屈そうな溜息に混じりながら隼綛は呟く。新鮮さを求めるように、面白味を求めるように。
隼綛の周囲を蒼い炎が取り囲み、そのまま彼を呑み込もうとする。
この蒼い炎は裂いても裂いても復活するものだ。
だが隼綛に、そういうものに似た何かに遭ったことが無いか、と問いかければ彼は否定するだろう。
こんなものは、すでに、経験している。
故に、対処法も知っている。
その方法は空間移動。
隼綛は大きく腕を薙ぐ。空間を裂き、空間を開かせ、空間を動かさせるために。
動かさせる対象は一つ。
自分ではなく、蒼い炎。
隼綛を呑み込もうとしていた蒼い炎は布が掃除機に吸い込まれるように引き込まれていく。
抵抗するも、無駄。抵抗する分、隼綛は空間を裂いて開かせてやればいいだけなのだから。
これが隼綛の死神への防御策。唯一の弱点は、これは防御策であって攻撃に繋げられないこと。
隼綛は蒼い炎が無くなるまで動けない。空間移動は同時に複数の場所を指定できるほど有用では無いのだ。
だからこそ相手の次の一手が分かる。その弱点を自身で知ってるが上に、相手の策の全貌が見えている。
「下からだッてなァ」
「ッ!?」
一体何をどうしてどうやったら小月が自らの下、地面から這い出てくるかは隼綛には分からない。
だが、隼綛白兎を殺すのならば下から攻めるしかないことは分かっていた。
だから隼綛は、這い出てきた小月に対して、片足を軽く上げ、踏み潰そうとする。
足が振り下ろされる。
当然の帰結だった。オトアが躍起になっても傷一つつけられなかった相手に、勝てるわけがない。
別に何か特別な理由があるわけじゃない。何でも理解できる才能や、何でも殺し方が分かる才能があるわけじゃない。
ただ単純に、場数が違った。潜り抜けた修羅場の数が圧倒的だった。
それだけ。それだけで敵わない。
だが。
それだけ多くを経験をしている者でも、今までに一度も起こらなかった事が、経験したことが無い事もあるはずだ。
体験したことのない事象が有るはずだ。
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「《死して決着を》。所謂、コロシアムだな。誰かが誰かを殺すまで出られやしない迷宮。それを今、ウチのバカな妹が展開した」
「わざわざ隼綛白兎が経験していない事象を元に作り上げたのか。それに対象も選べる仕組みなのかな」
オトアの返答に、陽介は考察を述べる。
あくまで考察。しかし全て当たっている。きっと陽介は元々これが発動してるのを知っていたのだろう。
「このコロシアムの中に入るのは四人。【虚無の王】、張空小月、隼綛白兎、そしてオレだ。この四人の中で、誰か一人が殺された時点でコロシアムは崩壊を始めて、二人目が死んだら完全崩壊する。誰が誰をどォ殺したッて構わない。そォいッた無法地帯さ」
オトアが語るそのコロシアムは姿を現さない。いや、現せない。
すでにオトアが《不可視の鎧》で全体を包み、光を屈折させてしまったからだ。
そうした理由は一つ。そのコロシアムに入る宿敵を逃がさな為の一つの防壁。
「一つ訊きたいが、何故、こんな遠回しな手を打った」
「テメェのバカな弟が望んだからだよ。別にオレはアイツを殺せればどこでもいい」
「やっぱりか……厄介な弟だ」
目障りそうに呟きながら陽介の姿は消えていった。
急展開。
コロシアムの中で殺し合うことになりましたね。
理由を簡単に説明すれば、みせられないよ、ということです。