賭け
「《外界放出》」
自身に向かって降り注ぐ鉄骨の雨を、隼綛は後退することで回避する。
だが回避先には抉られたように深く大きな落とし穴が現れ、そのまま隼綛を闇へと呑み込もうとする。
着く地が無いと分かると隼綛は足を振ることで空間を裂いて空間移動を行い、小月の前へと現れてそのまま蹴りを放つがそれに対し小月は左手に持つ黑鴉による無力化を図り、尚且つ、右手のリボルバーで隼綛の頭部を狙う。
照準を定めたところで小月は気付いた。隼綛の蹴りは自分を殺すために放たれたものではなく、空間を裂くためのものだと。
黑鴉の無力化よりも早く裂かれた空間がその意味を発揮した。
なにも隼綛が空間を裂くときは空間移動と攻撃時のみではない。布石の一つとしてその力を発動させる時もある。例えば、空間を裂いた後、裂かれた空間を埋めようとして空間自体が動くことを利用した暴風の発生。
裂かれた空間に引きずり込まれるように隼綛と小月の体が吹き飛ばされる。その途中、隼綛は空間を裂くことによって空間移動するが、小月は突然のことに姿勢が崩れたまま隼綛の姿を見失った。
(……冷静になれ。シキを狙う事はない、隼綛の狙いは俺だ。四方八方のうち一方向から俺を殺しにくる……その場所は―――――ッ!!)
「黑鴉《外界放出》」
自分を取り囲む全方向のうち自身の背後に大量の黑鴉を降らす。それはシキの目隠しの時と同じ役立たずのガラクタと化した黑鴉を大量に降らして一瞬だけ壁を作りだす。
その壁が作られたと同時に隼綛は、予想通りに小月の背後へと姿を現した。
一瞬作られた黒い壁にほんの少し驚愕しながらも隼綛は右手を壁へと突き伸ばす。
突き伸ばされた手は壁を容易く切り裂きながら、さらに見えない小月の胴へと伸びていく。
しかしその隼綛の手に突き当たったのは小月の胴体ではなく黑鴉の銃口であった。
黑鴉を降らせ壁を作り出したのは隼綛の攻撃を単純化させるため。そして小月の雑音拒絶《不協和音》によって自身の体を無理やりに動かして姿勢を直すのを見られないようにするため。
小月が引き金を引くと同時に銃口が裂かれ、二人共後方へと退避する。
「中々動けるじァねェか。別にハンデつけなくても良かッたなァ」
「冗談キツいぜ隼綛。お前が本気になったら俺なんて一秒以内に殺されるだろ」
使い物にならなくなった黑鴉を投げ捨てて、また新たな黑鴉を左手で握りしめる。
呼吸を整えながら小月は一つ疑問に思う。
隼綛は、小月との手合せで力を抜いている。それは理解できている。納得できる。
彼にとっては自分との戦いは前哨戦にすらならない遊戯だからだ。本気を出さない。
殺しに掛かってはくるが、本気ではない。
だが、隼綛は何故いつまでもこの場に留まる。
ここにいるのが小月と隼綛だけならば、疑問はない。
しかしここにはあと一人、今は戦意喪失のシキがいる。
彼女がいつ戦意を取り戻すかは分からない。小月に対しての戦意か、隼綛に対しての戦意か、どちらを得るのか分からない。だがこのまま小月との戦いが長引けばいずれシキは戦意を取り戻す。
そうなれば隼綛の戦況は逆転し、絶体絶命となるはずなのだ。
なのに何故、隼綛は未だに小月と戦っている。
「それにしても死神に頼らないのかァ? 痴話喧嘩でもしてるのかァ?」
「…………本当さ、アンタ何なんだよ」
黑鴉の銃口を隼綛へと向け、実弾を発砲する。
別に当たらなくてもいい。どうせ隼綛に当たる弾道だったとしても裂かれるだけだ。
放たれた銃弾は隼綛に掠ることもなく、過ぎ去っていく。
「おいおい……もォやる気を失くしたのか? 銃はしっかり相手を見て撃たないと当たらねェぞ」
「万策尽きてんだよ、こっちは」
小月は手に持っていた銃を地に捨てて、両手を上げて降参の意を示す。
その行動に落胆することなく、隼綛は怪しみを向ける。
あまりにも潔さ過ぎる。初めからこうなることは本人も承知の上で戦っていたはずだ。
こうなると分かっていながら諦めの言葉を発しなかったのに、ここまであっさりと降参するのか。
いや。そんなわけがない。
小月は言った。俺達で達成すればいいんだな、と。
つまりは誰かの手助けを得るつもりでいる。この場合は、シキただ一人だろう。
だがそのシキに助けを借りないまま、降参するだろうか。
万策はまだ尽きていないはずだ。死神の力を借り受けるという策が残っているはずだ。
ならば小月は嘘を吐いた。
いや、違う。
万策尽きたのだろう。その発言に嘘はない。
ただ万策尽きたという言葉では少しニュアンスが違う。賽は投げられたという言葉が適切なのだろう。
彼ができる行動は全てやりつくした。あとは彼女次第。彼女が協力しなければ自分は死ぬだけだ。
きっとそういう意味なのだろう。
だとしたら、先程の発砲が最後の行動。そしてトリガー。分岐点。
彼女の意思によって変わる転機。それが先程の発砲。
「チッ!」
隼綛はすぐさま空間を裂き、その場を離れるために空間移動をする。
「げっ……!?」
隼綛の姿が一瞬にして無くなり、小月が目にしたものは蒼い炎の塊。
いつまでも心神喪失状態だったために近くに発砲して目を覚ましてやろうとしたのが間違いだったか。
蒼い炎の塊はそのまま直進し、無防備な小月の胸元へと衝突した。
別に、書いてる途中で何書くべきか忘れたわけじゃないんだからね。
本当に最初から何も考えずにやった末路なんだからね
もうどうしようもないよね