二つの雑音拒絶
黑鴉の照準をシキの胴体へと合わせる。
指の硬直を解くために心を欠けさせながら小月は引き金を二度引く。
放たれた実弾に対して、遮るように蒼い炎の火柱を立てる。
火柱へ呑み込まれた弾丸はそのまま塵と化し、火柱はうねりを上げて蛇のごとく小月へと突撃していく。
回避のために小月は脚力を満たし、地を蹴って、間一髪、火炎の蛇の突進をかわした。
(……嘘だろ、シキの炎は物理的な効果は無いはずなのに…………)
弾丸は炎に呑まれると共に塵と化した。これも炎の効果だというのか。
追撃してくる火炎の蛇を避けながら思考を回すが、答えに辿り着けない。
「おいおい、死神の炎は動植物にしか効果が無いんじゃなかったのか……っ?」
故に小月はシキに問いかけるしか手は無かった。回答も期待していなかったが手を打たないには前に進めないと判断したのだ。
「今までは動物や植物しか範囲が及んでいなかった。生きてるって感じられるのがアタシにとってそれしかなかったからな。だけど亜実との特訓で、鉱物までに範囲が広がった。それだけだ」
「そりゃ、よかったな……黑鴉《外界放出》」
空いた片手に黑鴉を出現され、火炎の蛇に向けて銃口を突き付ける。
一か八かの賭け。黑鴉の無力化がシキの炎にも通じるか否か。
その結果は――――通じた。
零距離にて引き金を引くと共に蒼い閃光は消え去った。
「……第1839夜、鉄の雨《外界放出》」
このままではシキに対して防戦一方になってしまう。
形勢を変えるため、悪夢の一つを展開する。
シキ一人に向けて幾千もの鉄骨が降り注ぐが、それの全ては蒼い炎の膜に遮られ塵へと化す。
「想像してよりも圧倒的だな…………チクショウ」
「小月……最終警告だ。降伏しろ」
小月がいかなる悪夢を展開しようともシキの炎の前では塵芥と化してしまう。
炎の回避で距離を詰めることすらままならないため、無力化も彼女自身に行うことはほぼ不可能。
実弾がダメとなれば啄みという手段があるが、その啄みも殺傷能力が皆無のため一瞬だけ相手の気を引く程度でとても攻撃に繋げることができそうにない。
何故なら啄みという手段はすでにシキに知られている。
あらかじめ来ると分かっている痛みで、能力を全て解くほどにシキも甘くはない。
そう、もはや小月の打つ手など――――――。
「俺は諦めが悪いんだ。そのことは経験してるだろ、お前もさ」
―――――まだ、ある。
拒絶の言葉と共に、自分の中を切り替える。
まずはデタラメに欠けさせ、デタラメに満ちさせていたものを元に戻す。
雑音拒絶《他人事》。
欠けさせ、満たす。たったそれだけの異能。
その範囲は自分自身のみ。小さな範囲だが、小月にとっては十分すぎるものだ。
「…………どうしてもダメなのか、小月」
「どうしてもダメさ。俺は……成さない限りは安心して生きていけないからさ」
両手に持つ黑鴉を握りしめ、シキに対する気持ちを抑える。
自分がしたいことは明白だ。それに辿り着ければなんだっていい。
だから目標だけは欠かさずに、それ以外を全て欠けさせても――――――満たさせる。
せめてもの幸せは。
「一瞬で終わらせてやる、死神」
勝負は一瞬。一瞬ですべての決着はつく。
彼女の炎が彼を燃やすか、彼の策が彼女を嵌めるか。
そのたった一瞬を作り出すため、小月は欠けていく。
「黑鴉《外界放出》ッ」
「へっ?」
降ってきた。
彼の宣言と共に、黒い拳銃が。
彼女の目の前に、視界を遮るように数千個以上も降ってきた。
所謂、目隠し。
黑鴉の機能を全て欠けさせる代わりに、一回に出現できる個数を満たす……つまりは増やす。
シキの目の前に降ってきた黑鴉はすべてモデルガン以下の形だけのもの。
ただシキの視界を遮るためだけに現れたゴミのようなもの。
つまり小月の打てる手とは――――。
(―――姿を隠して、奇襲をするつもりかっ!!)
もはやシキは後手に回ってしまった。
悪夢の展開による攻撃が来ると思っていたが故、黑鴉が降ってくるなどという異常で無意味な事態に対応できなかった。
ならば彼女がすることは一つ。
彼女を中心とし、炎が波となって広がっていく。
その範囲は半径100m。死の炎が円状に渦巻いて何もかもを炙り殺していく。
……はずなのに。
(……おかしい…………)
死の炎を渦巻かせた後、確認のために薄く広げた蒼い炎は、自身の周りの屍にしか反応しない。
つまり蒼い炎に燃やされた小月は倒れた屍に混じっているということになる。
屍たちは一体も重なっていない。なら捜索は安易のはずだ。
……だがしかし。見当たらない。
周囲を見渡しても小月は見当たらない。灰色のコートなどを着ていて、白と黒が混じった髪の毛をしている特徴ある少年がどこにも見つからない。
(まさか……蒼い炎をかわした…………?)
炎で燃やした範囲は100m。かわせない訳ではない。
だがしかし小月が目隠しをしてからすぐに炎を発生させたため、物理的に不可能なはずなのだ。
なら何故、見つからない?
答えは簡潔だった。彼の雑音拒絶だ。
シキの炎は相手がどれだけ元気でも殺してしまう。
例えば生命力を数値で表すのだとしたら、シキの炎はその数値に0を掛けるようなものなのだ。
ならば掛けられる前に、欠けてしまえばいい。
シキが簡単には見つけられないように悪夢の一つを展開して隠れた。
その悪夢はいわゆる落とし穴に落ちて死ぬ悪夢。それの殺傷力と穴の底の深さを欠けさせて展開し、そこに隠れた。
だがその穴すらも蒼い炎は燃やしつくしてしまう事は小月には予測できていた。
だから命を燃やされる前に、命を欠けさせたのだ。
それを一定時間後に元の命の状態へと満ちさせる。小月はそれをやったのだ。
簡単に言えば、死なないために一度死んで生き返った。
普通は抵抗があるかもしれないが、小月にとってはそんな事は日常茶飯事だったため迷いなくそれを行った。
死の炎はそれにて躱し、確認のために広げられた炎をかわしたのも必然。
秋音とシキと自分で遊園地に行って面倒事に巻き込まれた時、シキが蒼い炎を探索のために使っていたのを思い出し、満ちる時間を遅らせたのだ。
これでシキから姿を晦ませるのは成功した。だが時間が無い。
シキが周囲を探索し、小月が隠れている落とし穴を見つけてしまえばそれまでだ。
だからその前にさらに手を打つ。
「《外界放出》」
「……ッ!」
シキが状況に怪しんでいると、その背後から迫りくる影が一つ。
灰色のコートを着て、右手に黑鴉を持つ少年が一人。死神へと迫っていた。
シキがそれに気が付いたのは早かった。懐に入られる前にどうにか気がつけた。
(……黑鴉の無力化をするために、なんて不可解な小細工を…………っ)
気が付くと同時に蒼い炎を叩き付け、この戦いに決着をつける。
そう決着はついた。
「あっ……!」
気が付くのは早かった。早く決着をつけたかった。だから確認作業もろくにせず炎を叩き付けた。
ゆえにその少年が黒髪がしていることに何の疑問も抱けなかった。
つまりシキが炎を叩き付けたのは、偽物。
平凡な少年に刺されて殺される悪夢というものの具現化。それに灰色のコートを着せて、黑鴉を持たせただけ。
本物をまだ殺せていない。
「上手く躱せよ……ッ!!」
その声が聞こえると共にその方向へと視線を移す。
捉えた姿は灰色のコートを着た、黒と白が混じった髪の毛の少年。
その右手には今まで見たことのない白銀のリボルバー。今まで隠していたということはその拳銃が本命。
彼の策の締めくくりなのだろう。
小月自身が声を出したお蔭で、発砲前に気付くことはできた。
蒼い炎で対応しようとするよりも早く、危険を察知した体が自然と動こうとしてしまう。
それは命取りだと彼女も知っていたというのに。
(……《不協和音》…………ッ!?)
避けるための行動は彼自身すらも『しょぼい』と言っていた力によって歪められた。
そして自由が奪われた彼女の体に向かって、鋼鉄の弾丸は放たれた。
やっぱり戦闘描写が上手くいかないっていうね。
どうしようもないなこれは。




