悪夢の使い手
10名で構成された襲撃班の装備は、通常の兵士の装備と変わらない。
オトアの首輪の機能にジャミングを掛けているため、珍妙な装備をするよりは現実的な装備をしたほうが手早く片付けられるのだ。
襲うのは、殺すのは、力を失っている怪物と口だけの少女。
そう思っていた襲撃班の面々は、目の前に立ちふさがる一人の少年に対して思わず立ち止まってしまった。
灰色のロングコートを羽織り、黒と白が混ざったような髪をしている少年。
ただこちらに目を向け、立ちふさがるだけの少年。
彼が課された義務は、オトアと魔神と雇い主の少女が逃げるまでの時間稼ぎ。
ここで死んでも構わない、敵を全滅させても構わない、とにかくこの襲撃班を足止めする。
そして彼とオトアたちとはここでお別れだった。足止めをした後は別行動を取ってもいい。
全員にそう言われている。そう言われていなくとも彼はここで別れるつもりであったが。
「……黑鴉、右翼左翼《外界放出》」
呟く。瞬間、小月の両手に黒い大型自動拳銃が握られる。
正直、武器を握ったのはいいが何かを考えて武器を取ったわけではなかった。
悪夢の具現化がしっかりと動作するのか試しただけで、この後をどうするか決めていなかった。
敵の攻撃を躱しつつ、肩や足を撃って、動けなくさせる。
敵を殺して全滅させる。
その二つしか選択肢は無いだろう。
放置して逃げる、という選択肢もあるがこの程度で逃げ出すようじゃ結局アレには立ち向かえない。
ここはどちらかを選ぶしかない。だとするのならば――――。
「全滅、だな…………っ!!」
欠けさせる。覚悟を決められない少年は、自分の心を欠けさせることによって迷いを断つ。
歓喜も激怒も悲哀も悦楽も罪悪感も躊躇も後悔もすべてを欠けさせ、引き金へと指を掛ける。
襲撃班の発砲が始まる。武装はアサルトライフルなどの一般的な銃火器。とくに恐れるに足りないものだ。
コートを翻しながら、小月は脳内からの検索によって思い出した適切な死を呟く。
「第1839夜、鉄の雨《外界放出》ッ!」
なんらかのフォーメーションを取っていた襲撃班に向かって、大量の鉄骨が雨のように降り注ぐ。
彼が再現した悪夢は、鉄骨の雨を降らして殺す悪夢。
広範囲に効果があるが、確実に鉄骨が当たるとは限らない。当たり所が良ければ最悪は怪我だけで済んでしまうほど不安定な殺害力の悪夢。
小月がこれを選んだ理由は、まず集団としての機能をマヒさせるため。当たらなくてもいいからバラバラにさせて一人一人を確実に仕留めていくため。
降り注ぐ鉄骨によって4名がその下敷きとなり、一名が負傷した。その他のものはどうにか免れたがそれでも味方がどこにいるのか確認できなくなってしまっている。
まずは負傷した一人から……。
心が欠けた小月の行動や思考は、機械的と形容する以上に、爆発的といっていいくらいだった。
小月が打った手は三つ。
黑鴉を握り、心を欠けさせ、悪夢の一つを再現させる。
そして今、右手に持つ黑鴉の銃口が火を噴くとともに計5人もの人間を殺した。
手数が多い故か、それとも心という足枷が外れた故か。
とてもじゃないが今の小月に普通の人間が叶うわけがなかった。
残りは5人。これ以上、悪夢を再現しなくてもいい。
そんなことをしなくても殲滅できる。
手に持つ二つの拳銃を構え、標的に向けて続けて発砲する。
命中率はそこまで優れておらず、混乱している襲撃班の二人にしか当たらなかった。
もう少し、射撃は練習すべきだったか……。
思うと同時に、黑鴉のモードを啄みに変えて直接突撃する。
襲撃班の人間だってバカではない。これでも厳選された人殺しだ。
すぐさまアサルトライフルの銃口を小月に向けて放つ。
だが降り注いだ鉄骨が地に突き刺さったまま残っており、その陰に隠れた小月に銃弾は当たらなかった。
読みを誤った。相手は想像以上に強かった。もう一度だけ悪夢の再現をしなくてはならない。
「第174夜、黒の猟犬《外界放出》」
ある程度の殺傷能力を持ち、陽動として使える悪夢。
その条件で検索を絞り、一つの悪夢の名を呟く。
どこからか黒毛の大型犬……というよりは狼……が三匹ほど放たれ、敵に向かって突進していく。
襲撃班の生き残りたちはすぐさまに危機を感じ取り、銃口を猟犬たちへと向ける。
アサルトライフルが火を噴き、殺戮するなか小月は移動し、一番近くにいた生き残りに対して黑鴉の銃口を突き付け引き金を引く。元々黑鴉にあった零距離で発砲したときに発動する機能、無力化。
残りは四人。
すぐさまに照準を合わせ引き金を引く。反射的に襲撃班の人間たちは鉄骨の陰に隠れて、銃撃を免れようとする。
そして咄嗟にとった行動によって、小月の姿を見失ってしまう。
鉄骨の陰から姿を現した時にはもう、小月の姿は無かった。
……逃げた?
疑問に思いながら、残った四人で背中を合わせて前後左右をそれぞれが警戒する。
一人誰かが襲撃を受ければ、そこが敵のいる場所を示す。
背中を合わせた状態のまま四人は恐ろし気に進んでいく。
彼らにしてみれば、一般人を殺す任務がいきなり鉄骨の雨が降り注いだり黒い猟犬が出てきたり奇怪の状況に苛まれる任務に変わってしまったのだ。
警戒は当然。
とりあえずはこの鉄骨で囲まれた、まるで森のような状況から抜け出さなければならない。
ここすら抜け出せればあとは弾幕を張り、あの少年を仕留めればいいのだから。
しかし小月にとってその状態になるのは予測通りだった。
残り四人になった時点で、次に相手が取る手も、自分が取るべき手もすんなりと分かってしまった。
緊張や焦燥なども欠けてしまっているためであろうか。実に落ち着いている。
ゲームをしている状態というよりは、寝ているような状態に近い。傍観者のような冷静さが今の小月にはある。
遊底を引き、再度引き金を引く。
四人のうちの一人が銃撃を受けたかのように跪き、体を捩じらせる。
残りの三人が一斉に、跪いた班員が警戒していた方向へ銃口を向ける。
当然、跪いたその一人は銃撃を受けたのではない。啄みだ。
殺傷力は皆無だが、銃撃されたような衝撃だけが標的に与えられる特殊な機能。
それを使った囮。小月が出てきたのは銃口とは真逆の方向からだった。
黑鴉のモードを実弾発射へと戻し、照準を定める。
小月と四人の距離は20メートル弱。狙うは胴体。それなら外れない。
連続して鳴り響く銃声は、勝負の結果を虚空に伝えた。
二次元へのフルダイブというものをしてみたい。
そして結局二次元でも三次元でも自分というものが大して変わらないという事を悟った上で「最悪だ……」と風に吹かれながら黄昏るように呟いてみたい。




