始動
狐狩りが始まる。
とは言うものも笛などが吹かれるなどといった分かり易い合図がでるわけではない。
そもそも合図などない。決定が伝えられ、狩られる人間がリストアップされ、狩りが始まるだけなのだ。
「オトアの居場所から、襲撃する?」
1月25日。
その狩りの始まりの前。
最前線といってもいい場所にいたシキは先程聞いた言葉を反芻して問い返す。
「ええ。篠守音亜およびその雇い主である近江玲愛の居場所が判明いたしましたので、手始めにそこを襲います」
返答したのは名も知らぬ兵士の一人。与えられた情報をそのまま言い伝えているだけだ。
オトアたちがいるのは国外。シキも今日の暮れにようやく最前線についたのだ。
「オトアがどの位の力を持っているのか分かっているのか?」
「現在、篠守音亜の首には制御装置が着けられています。効果としては許可中以外に力を使おうとすれば爆発するといったもので、もしも篠守音亜が力を行使しようとすれば行使されるより前に奴の首が吹き飛びますよ」
「許可する権限は、その雇い主が持っているんじゃないのか?」
「遠隔操作装置はこちらの手にあります。雇い主が持っている装置はもう働きもしません」
「なるほど……」
それならばオトアを打ち倒せるかもしれない。殺せるかもしれない。
ただこいつらは一つだけ忘れていることがある。いや、それも考慮してオトアを真っ先に襲うのかもしれない。
だからシキはもう一つ訊いた。
「襲撃開始時刻は、いつだ?」
「日付変更と共にですが……どうしてですか?」
「いや。ただ聞いただけだ」
襲撃は深夜。日付が変わると共に。
つまりは今夜は寝れないかもしれないということだ。
シキのここでの仕事は、死んでしまった兵士の蘇生。最悪は戦力として戦場へ赴くこと。
おおよそ襲撃開始から1時間以内に、シキは戦場に赴くこととなるだろう。
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「……ん?」
「どうしたの、篠守君?」
今まで横になり仮眠をとっていたオトアは、その異常をすぐに感じ取り、起き上がる。
「……雇い主、能力使用許可をしてみてくれ。すぐに取り消していいから一度だけ」
「はいはーい……ってあれ?」
そこでようやく雇い主も異変に気付いた。
装置の制御ができない。
たったそれだけの異常異変であるが、それはとてつもなく大変なことである。
「ん? どうしたの音にぃ。顔色悪いよ」
「移動するぞ。張空呼んで来い」
「また急にどうして?」
「オレたちの居場所がバレてる。襲撃は遅くて30分後。皆が待ち望んだ狐狩りが始まるんだよ」
「そりゃ大変だねぇ」
あまり危機を感じていなさそうな声で魔神は返し、小月を呼びに行く。
しかしやはりこれは大変な事態だ。一番の戦力であるオトアの力が封じられてしまったのだから。
おそらく、ここで確実にオトアを仕留めに掛かってくる。
ナイフや刃物などで殺しに掛かってきてくれればオトアも本気を出してどうにか返り討ちにできるが、相手の武装は銃器だろう。遠距離から殺傷力の高い武器で襲撃してくる。
さらに襲撃者が一人だけならばいいのだが、おそらくは5人以上の人数で殺しに掛かってくるためオトア一人だけで太刀打ちすれば殺されてしまう。
魔神を太刀打ちに向かわせれば、1分で決着がつくだろうが今は魔神に力を使わせるわけにはいかない。
隼綛たちは魔神が復活したことに気付いてはいるが、どこにいるのか、つまりはオトアたちの居場所がどこなのかまでは調べがついていない。
そんな時に魔神が力を使えば、解読者である張空陽介がそれを見逃すはずがない。
つまり簡単に言ってしまえば今オトアたちができる事は逃走のみなのだ。
「場所がバレたって……狐狩りって本当か!?」
「あァ。ついでに言えばオレは力が使えない」
「えっ!?」
呼び出された小月に簡単に説明を終わらす。
ともかくここから逃げなければならないだろう。
「音にぃ、提案があります」
綺麗に真っ直ぐと手を挙げた魔神はそのまま提案の内容を口にする。
「小月君に足止めさせれば?」
「……なるほどな」
魔神の提案をオトアはすぐに受け入れ、雇い主に問う。
「どォする? それでいいか?」
「んー、いいんじゃない? どうせ私ができる事は全て終わって後は貴方たちが勝手に盤上を乱してくれるんでしょ?」
雇い主も反対することなく受け入れる。
「いやいやいやいや、無理だろ!」
一人だけ、当の本人は受け入れを拒否した。
「大丈夫だ。敵は兵士数人ッてだけで異常な異能を持ッてるわけでもない」
「最悪、逃げちゃってもいいしね」
「足止めなんだから5分や10分、敵の注意を引きつけておけば後は好き勝手に動いていいわよ」
魔神が小月に足止めさせることを提案させた理由はこういったものだ。
まず当然、オトアが力を使えず自分も力を使えない状態で、戦えるのが小月だけだったから。
次に、この後、狐狩りで彼自身の目的を果たすためにいつまでも自分たちと行動するわけにもいかなくなるから。
小月が一体何をしてどう守ろうとしているのか魔神もオトアもその全てを知らない。
だからここで彼と別れ、小月を自由に動かさせる。
そちらの方が彼も気楽だろう。
「……分かった。俺が足止めする」
「あ、そうだ。小月君に最後の渡し物」
魔神から渡されたのは、灰色のロングコート。
「防弾、防刃、防水、耐火、耐熱、ほとんどの防御性と耐性があるコート。色々と役に立つとは思うよ」
「へー、サンキュー……ってか何で一度に渡さなかったんだ?」
「いや本当は音にぃ用に作ったんだけどさ、コートいらないっていうから余って」
「お下がりかよ!」
「一応、新品だよ!!」
「何くだらねェことしてる。さッさと行くぞ魔神」
「ぬわっ!」
オトアに首根っこを掴まれ、猫のように暴れる魔神。
それを無視して空いてる手で雇い主を担ぎ、移動を始めようとするオトアは最後に一言。
「張空――――守れよ。お前の守りたいもの全て」
「……オトア、倒せよ。お前が倒したかった宿敵を」
別れの言葉はそれだけ。それ以上の言葉は返さない。
返答はしない。振り向きもしない。互いの向く方向は違う。
月は頭上に、天高く満ちる。夜の更けりを無音に知らせる。
日付が変わり、日に照らされない裏の世界での狩りが始まる。
明日から学校かよ、冬休み短いんだよ




