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NOISE.3  作者: 坂津狂鬼
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通過点

灰色の天井をずっと眺め続けていた。

何時間そうしてきたのか分からない。けども仕方が無い、体に力が入らないんだから。

軽く息を吸う。冷たい。肺から体の中を奪われていく。

目を瞑る。しばらくして開ける。いつまでたってもシキの姿が消えてくれない。

「いくらなんでもさぁー」

声が聞こえることで、ようやく体に力が入る。誰だかわからない相手に警戒するために。

「シキのこと引きずりすぎじゃないの?」

声の主は魔神だった。いつまで経っても動かない俺に呆れて、言葉を掛けてきたのだろう。

威勢よく、裏切ったくせに決心がつかなくてウジウジしている人間がいたら俺でも呆れる。

「一つ訊くよ、小月君。貴方は今何故シキの元を離れてこんなよく分からない場所にいるの?」

「…………守るため。戦うため」

「正解。それじゃそろそろ貴方の武器の説明を始めてもよろしくて?」

「武器……」

「本当、何にも私の話を聞いてなかったんだ。それほど愛しいんだシキのこと」

「…………悪いかよ」

状況だってわかってない。どうやって魔神が自分の体から離れたのか。

それに魔神やオトアの雇い主がどうして秋音にこだわったかも聞いていない。

俺が知ってるのは、シキを独りにしたことだけ。

だからいつまで経ってもシキの姿が消えない。それを愛しいと言うのなら、そうなのだろう。

「……シキのヤンデレ化」

「えっ?」

魔神が何か小さな声で呟いた気がした。

シキのことについて言っているようだが、最後の言葉まで聞き取れなかった。

というか本能で、何か聞き取ってはいけない気がした。ネタバレ注意みたいな感じで。

「尾行、盗撮、盗聴、拉致、監禁、調教……まあいいや。私の話を聞きたくない人はそのままバッドエンドに行ってください」

「なんなんだよ、その言葉の羅列は!?」

「分かった。真面目に説明する」

魔神は頭を掻きながら面倒臭そうに口を開く。だったら最初から不気味なことを言うな。

「小月君が去った後、シキは亜実の元に保護されたの。だからまずシキは一応今独りきりではない。でも状態としては貴方と同じで意気消沈してるけど」

「そうか…………」

「おおよそ、鑑の元ではなくて亜実の元に保護されたということはシキは次の狐狩りに参加するでしょうね。そしたらどうなると思う?」

衝突。俺とシキはきっと戦場で会う事になると思う。

「ええ、絶対に貴方とシキは会うことになる。何せ貴方にはシキにもう一度会わなければいけない目的もあるしね。そしてシキは貴方を逃がす気がない」

「え? 何で?」

思わず疑問が口から漏れる。

俺はシキを裏切った男だ。わざわざ裏切った男にそんなに執着するだろうか。

……いや。

復讐という形ならば、自分を裏切った男が許せなくてソイツを痛めつけるまで逃す気がないというのなら……理解できる。

「バカだね小月君。シキの最後の言葉聞いてた? しっかり耳にこびりついてるんじゃないの?」

小月、ヤダ、行かないで、傍にいて、ずっとアタシの傍にいて。

思い出し、魔神の言い草から推測する。

つまりシキは寂しいのだ。傍にいてほしい。一人でいるよりも二人でいたい。

誰でもいいのか、張空小月でなくてはいけないのかは俺では分からないが傍にいてほしいのだ。

だからまた会えたその時、逃がす気などない。

もう二度と別れたくない。離れたくない。傍にいてほしい、ずっと、ずっと一生涯傍にいてほしい。

依存や執着に似たその感情を、きっとシキは戦場へ持ち込んでくる。

俺に会ったとき、その感情がシキの内に溢れ出してくる。

「だからシキのヤンデレ化」

「なんでそうなるんだよ!?」

「拉致監禁調教されちゃうんだよ、小月君はこのままだと。私だって音にぃ……ゴホンゴホン。オトアのことを舐め回したくなったり、匂いを一杯嗅ぎたくなったり、体温を感じたくなったり、その体に触れたくなったり、監禁したくなったり、調教したくなったり、ご主人様って言わせたくなったりしたもん。きっとシキも小月君に対してそんな態度とるよ」

「とらねぇーよ、このド変態!!」

「小月君、断言できるの? あぁー計り知れないよなー、信頼してた人に裏切られた心の傷がどれだけ深いか。シキの性格にもきっと影響するんだろうなぁー!!」

「っ…………」

魔神の言う通りかもしれない。

シキは俺のことを信頼してくれていた。それだけは自信をもって言える。

でもその信頼していた人物から、シキは裏切られたんだ。

怪物じゃなくてただの女の子だ、なんて怒鳴りつけてたバカ野郎に裏切られた。

一生傍にいる、なんて勝手に約束してきたバカ野郎に裏切られた。

たった数か月一緒にいただけなのに凄い信頼を寄せていた。そんな人物に裏切られた。

性格が変わるかもしれない。優しい死神などどこかに消えて、非道な者へとなるかもしれない。

その時、きっと俺からは何もしれやれない。なにせ俺が原因なのだから。

「あんだけシキに好き勝手なことを言っておいて……今更、心配なんておかしいよな。最低だよな」

「……あれっ!? 小月君を決心させるつもりが逆にさらに落ち込ませちゃった!?」

「だァから、お前には無理だッて言ッたんだ」

いつの間に来たのだろうか。魔神の後ろでオトアがそう呟いていた。

途端に魔神の顔が蒼白になり遅い動きで背後にいるオトアに顔を向けたあと一つ問う。

「いつから居たの、音にぃ?」

「【蒼い死神】がヤンデレ化するとかなんとか口にし始めた時点からだなァ」

「……へ、へぇ…………」

そういえば、さっき魔神はオトアのことを監禁したいとか調教したいとか言ってたな。

多分、それ本人に聞かれてる。しかも間近で。

「張空小月」

魔神への死刑判決を先送りにし、オトアは俺へと話しかけてきた。

「【蒼い死神】はお前が怪物になることを望まない。だがお前はこの道を選んだ、怪物への道を選んだ。後悔するのなら逃げ出せばいい。退路はまだある。今なら戻れる。お前が戻るというのならオレもそれに協力しよう。さァ、どォする?」

「…………逃げ出さない」

「そォ言うと思ッたよ。どんな気持ちでお前がそれを選んだか、義務としてか、権利としてか、それをえらんでどんな気持ちになッているかは知らねェが……選んだからには進め。いつまでもここで停滞してることなんて許されはしない」

オトアの言葉は魔神よりも単純だ。

迷うな。感情を殺してでも、前に進め。どんな道であれただ進め。

罪悪感に押しつぶされそうでも、後悔で何も見えなくなっても前だと思う方へと進め。

ただそう言ってるだけだった。

「お前の裏切りも、お前が今ここにこォしているのも通過点だ。通過点にしか過ぎない。お前の目的地はここじゃない。もッと先にお前が目指す目標地点(ゴール)があるはずだ。お前はそこに向かッていかなければならないはずだ。いつまでも通過点に目を向けているわけにはいかない。その目標地点(ゴール)だっていつまでもそこにあるわけじャないんだから」

「……そうだな。時間は少ない」

次の狐狩りまでに俺は力を手に入れて、使いこなし、狐狩りの時に守りたいものを守るためにすべてを傷つける。

その覚悟はまだ出来ていないのかもしれない。だからまだ振り返ってしまう、通過点を見返してしまう。

でも、いつまでもそうしてはいられない。進まなければゴールが無くなる。

そこに辿り着くために、俺はシキを裏切ったというのに、そこが無くなってしまえば裏切った意味すらなくなってしまう。

だからオトアの言う通り、前へ進むしかない。

後悔が過っても、罪悪感に潰されてしまっても、地を這うようにしてでも前へ。

「……魔神、武器の説明をしてやれ。心の準備はできたらしィ」

「え、今の中二病みたいなセリフで!? 男って分からねぇ…………」

「分からないのはお前のセリフの方だ。オレも用があるから少し離れるが、平気か?」

「バッチし、任せて音にぃ」

オトアはこちらを向くことなく、手を振ることもなく立ち去る。

おおよそ、ここにきた用事が終わったのだろう。言い終わったのだろう。

そして、彼もまた前に進むために立ち去ったのだ。オトアの目標地点はどこなのかは知らないが。

……さて。俺も前に進まなければ。

シキにもう一度会うときに、弱くては示しがつかない。

正直、ここら辺の文章面倒くせぇ

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