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NOISE.3  作者: 坂津狂鬼
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復帰

どこからか扉が開いた音がする。

雇い主(オーナー)、能力使用許可を」

「え? いきなりどうしたの篠守君」

「生死に関わる。早く」

現在、オトアには首輪が掛けられておりそこには爆弾が仕掛けられている。

それの起爆方法は二つ。雇い主の許可なく首輪を外そうとした時。

そして雇い主の許可なく雑音拒絶(パーソナルノイズ)を使用した時。

その為、どんな危機的状況であれ雇い主の許可が無ければ自らを守る術の一つを失ってしまうのだ。

今がまさしくその時。

幸い、オトアの緊張した雰囲気に呑まれた雇い主はすぐさま許可を出したので力無しでアレと対峙する必要は無くなったが……。

「……来るぞ。構えろ」

「だから篠守君、さっきから何を―――――」

雇い主の疑問を投げかける言葉は、突然の触手の侵入とともに掻き消された。

部屋に入り込んできた触手は、しかし、膜状に展開されたオトアの雑音拒絶《不可視の鎧(インビジブルロック)》によって侵入の途中に弾かれ、オトアから数センチ離れた場所で蠢き始める。

一度目の攻撃は防いだ。アレにとっては挨拶程度のことであろうが。

次。アレにとっての本命である二撃目が来る。

「いきなり何!? 何が起こったの!?」

「魔神が攻撃してきた」

アレにとっては攻撃などしているつもりは無いんだろうが。

そんな余計な言葉を付け加えることなく、オトアは雇い主に真実を告げた。

魔神が元の肉体を取り戻したのだ。何かをするであろうことは簡単に予想がついた。

しない可能性もあったが警戒を怠ればおおよそ一瞬で、魔神に拘束監禁調教されてしまうだろう。

「でもいきなり何で!? しかも攻撃にしたって何で触手?」

「何でッて、そりャ…………」

戯れ。リハビリ。ゲーム。

おおよそ魔神はそんな気持ちで攻撃を仕掛けてきたのであろうから、触手で攻撃をしかけてきたのも単なる趣味であろう。この前の時も、触手で攻撃を仕掛けてきていた。

とにかく人が触手に拘束されていたり苦しめられている姿を見るのが好きなんだろう。そういうシチュエーションが好きなのだろう。

それ以外にどういった説明が妥当なのか、オトアには検討もつかない。

「音にぃぃぃぃーっ!!」

「…………来やがッた」

とてつもない速度で懐に飛び込んできた白髪の少女を、重心を片側に傾けながら受け止めるオトア。

少女がオトアの体に衝突すると共に、重心が乗っている足を軸にしてオトアの体が周り、その遠心力を利用して少女を投げ飛ばす。

投げ飛ばされた少女は空中で回転し、足からしっかりと着地した。

そのまま再度突撃を仕掛けてくるかと警戒し身構えていたオトアだが、そのオトアの期待に反して少女の行動はそこで止まった。

「音にぃ、おひさー」

「…………」

「…………」

あまりにも軽い魔神の挨拶にオトアは言葉を返さない。

先程まで呻くように騒いでいた雇い主も、魔神の行動と言動に愕然とし口を開いたまま硬直している。

本当に、災害のような少女だ。オトアはつくづくそう思った。

「音にぃ? 聞いてる?」

「……あァ、聞いてる」

「うん。それじゃエッチな事しよっ!」

「くたばれクソアマ」

自然に近づきながら異常なことを言う魔神を、片足で蹴り飛ばしながらオトアは溜息混じりに言った。

まさか拒絶されるとも思ってなかったのか蹴り飛ばされた魔神はすぐさま起き上がり激怒した。

「冗談に決まってるじゃん! そんないきなり蹴り飛ばさなくてもいいじゃん!」

「オレに話しかけるな。オレに視線を向けるな。オレの傍に近寄るな」

「なっ……そんなツンツンしなくてもいいじゃん! せめて感動の兄妹の再会くらいやってもいいじゃん形式的にさぁ!!」

「開口一番で性的なことを口にした時点で、そんなモノありャしねェんだよ」

「なんで!?」

「…………ッ!!」

やはり唯音はあの日あの場所で死んだのだ。そうオトアは確信した。

今ここにいるのは魔神で、だから変な言葉を口にしているというのにその自覚が無いのだ。そうオトアは確信した。

あの頃の唯音はそんな言葉を言わなかったはずだし、こんな世間知らずでは無かったはずだ。そうオトアは思い出していた。

しかし過去とは美化されるもの。記憶していたものと実際のものとが違うなどよくあること。

その現実をオトアは受け止めきれないでいた。

「大体さ、音にぃが悪いんだよ。触手に凌辱……拘束されてればいいのに、抵抗するから」

「篠守君! この娘は何!?」

「気にするな。魔神だ。ただの変態だ。間違ッてもオレの妹じャねェ……」

硬直がとけた雇い主の問いに願望を込めながらオトアは返す。

しかしどうするか。この変態をいつまでも野放しにしているわけにはいかない。

どこかの部屋へ監禁すべきか。それとも監視をつけるか。いっその事、自分のように首輪をつけて……。

オトアが魔神への対策を考えていると、何を思いついたのか雇い主がこんなことを言った。

「あ。狐狩りのことで用事があるんだった、あとは篠守君よろしくね」

何を思いついたのかはその後の行動を含めて察しがつく。

魔神から逃亡するためにオトアの囮にしてこの部屋を出てしまった雇い主を心の中で呪いながら、対策を考え続けていた。

いっそのこと《異界区画》で遮ってしまおうか。そうすれば触れずに済むし、声を聴かなくて済むし、視界に映らない。

「ねぇー、音にぃ。音にぃの力ってさその首輪が無きゃ出せないの?」

「あ―――――――――――――」

終わった。魔神からの問いかけでオトアはその事を悟った。

魔神の力は事象の有無の決定。無い事を有る事にし、有った事を無かった事にする力。

そしてオトアは現在、雇い主の許可が無ければ雑音拒絶を振るえない。

今、雇い主からの許可が有るため雑音拒絶を振るえるが、魔神の力を使えばそれを無かった事にできる。

つまり自身を守る術を一つ失う。

そして一つ守り術を失えば、それは雪崩のように次の術を悉く失い続けてしまう。

その果てにあるのは――――身体の拘束。自由を剥奪されること。

「なっ…………ヤバ」

全てを悟った後、動かなくなった体。そして近づいてくる魔神。

その状況に思わず焦りが口から漏れ出してしまう。

せめて体すら動けばどうにか出来る。だがオトアのことを知り尽くしてる魔神がそれを許すはずがない。

魔神はそのままオトアの懐に入り込み、そして――――。

「音にぃ……帰ってきたよ。私は地獄の底から」

――――抱き付いてきた。ただ普通に。まるで昔のようにオトアに抱き付いてきた。

それで、それだけで、オトアは彼女が何を伝えたいのかを理解した。

それほどに深い仲だった。深い関係だった。深い絆だった。

断ったのは自分からだ。その深い関わりを切り捨てたのは自分だ。

「私はこうして音にぃの元に帰ってきた。音にぃは私の元に帰ってきてくれないの?」

「無理だ。もはやただの怪物だ、オレは」

「それでもいい。帰ってきて」

「今は無理だ。誰が止めにかかろォとも、止まる気はねェ。それが例え唯音だとしても」

「やだ。私の傍にずっと居て、誰かと戦わないで。誰かを殺さないで」

「甘えるな。もう8年も経ッてんだから成長しろ」

唯音の頭に手を置き、撫でながらも悟らせようとする。

当然、唯音にではない。自分にだ。

もう8年も経った。8年もの間、殺し続けてきた。殺すための8年だった。

払える代価はすべて支払った。殺すためのものはすべて揃えた。

今更、元に戻れるか。元に戻ってもいいと言われて戻っていいわけがない。

それで気が済むほど、オレはもう人間ではない。だから唯音の言葉には甘えるな。

あとで苦しむのは自分自身なのだから。

「……いつになったら音にぃは戻ってきてくれるの」

「そォだなァ…………お前がオレを養ってくれるなら、春にはお前の元に戻ってやってもいい」

「分かった。それまで我慢する」

「偉ェな…………」

自分はできなかった我慢を、唯音はすると言っている。

それは賞賛に値するものだった。何か褒美すら与えたくなるほど素晴らしい言葉だった。

「だから、もう少しこうして。音にぃに抱きしめられてるの好きなの……」

「あァ、いいよ」

だから彼女のその願いは、しばらくの間だけでも叶えることにした。

正直、文章を書くのが面倒臭い。

あれだよね。自分が思ってる文章をそのまま形にできたらそれ以上に素晴らしい事はないのにね。世界は厳しいね。冬の寒さ並に厳しい。

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