冬
12月。寒々しい肌を刺すような痛みすら感じる程、寒い冬。
この時期になると俺は三つの冬を迎えることになる。
一つは西高東低の気圧配置による冬。誰もが迎える四季の一つである冬。
一つは定期試験という名の冬。凍えるような結果が待つ絶望の冬。
そしてその二つの冬を乗り越えた俺に待っている最後の冬は――――――。
「クリスマス、か…………」
一通り試験の結果も返ってきた。あとは終業式までの間の午前授業をグダグダと過ごせば、あっという間にクリスマス。
所謂、聖夜祭。しかし実態はどうだか。
ここ思想の自由を認められた日本ではゲームのイベントと勘違いでもしているのかキリスト教徒でもない野郎共がその意味も分からずに無駄にはしゃぐ日である。
当然、宗教に一切関わっていない俺は知識をもってクリスマスと接している。
……言い換えれば、不参加。現在連続不参加記録を更新中。
去年、秋音も友達の家にクリスマスパーティーに行っていて、俺一人で呆然と過ごしたのは記憶に新しい。
今年もその忌まわしき日が来るのだ。
夏休みに入る前までは、今年のクリスマスも例年通り一人で過ごすものだと思っていた。
だが今はシキという居候がいる。果たして今年のクリスマスはどうなるのやら。
いや俺的には平穏に平凡に平和に何事も起こらない方が気楽でいい。むしろシキにクリスマスの存在を知らせてはいけない。プレゼントとか買う破目になるから。
何事も起こらず、平和な日常を過ごしたいものだ。
「ただいま」
外の寒さに震えながら、我が家に戻る。
室内はやけに静かで、まだ帰ってきていないのかと玄関にある靴を確かめたが、シキの靴も秋音の靴もある。つまり二人は室内にいるのだ。
まあ秋音は普段から静かだし、シキもいつもうるさく暴れてるわけじゃないし、静かなのは普通なのかもしれない。
先に自分の部屋へ寄り、荷物を置き、制服から着替え、それからようやくリビングへ行く。
そこには椅子に座りながら何かを悩んでいるかのように頭を抱えている二人がいた。
一人は黒髪のストレートに蒼い瞳の少女。もう一人は金髪に灰色の瞳の少女。
シキと秋音だ。
「……秋音、何かあったのか?」
「……大問題。今世紀最大級」
あぁ……その前振りからしてきっと途轍もなく、くだらない事なんだろう。
それが分かっていながらも俺は秋音に詳細を訊く。
「一体、何なんだ。その大問題っていうのは?」
「……皆、受験勉強するからクリスマスパーティーしないみたい。どうしよう」
「お前も勉強しろ。受験生だろ」
「……息抜きは必要」
「そりゃ俺よりか成績優秀だろうけど、お前が勉強してる姿を見たことがないんだが」
「…………」
「何か返せよ!」ダメだ、この義妹。早く何とかしないと。
「小月、クリスマス――――――」
知能の面は良い方向に育ったというのに発想の面で残念な方向に育ってしまった義妹に頭を悩ませていると、唐突にシキが話しかけてきた。
というか義妹がクリスマスの話題を振ってきたという事は、シキはもうクリスマスについて多少知っているという事だ。
これはややこしい事になる。絶対になる。最悪だ。
「―――ケーキってどの位美味しいんだ?」
その深く蒼い目をこれでもかという位に輝かせながらシキは問いかけてくる。
ほら予想通り。俺は金欠わざわざシキのためだけに買ってくるなんて事はできないっていうのにこの質問だ。お前はそれを訊いてどうしたいっていうんだよ、シキ。
まあいい。まだシキは問いかけている段階だ。
ここで嘘を吐いて、偽情報をシキの頭に叩き込んで諦めさせてやる。
「泥水のような味がするな。一口食べるだけで気分がクソ悪くなる」
「……それは愚兄のクリスマスに対する感想でしょ」
「うるせぇぇ!!」
何なんだこの義妹は! 俺に対して毒舌ばかり!
一体どこの誰がこんな風に育てたっていうんだ。俺はそいつを一生許さんぞ!
「それで小月。どれくらい美味しいんだ?」
「知らねぇーよ! 俺だって食ったことないよ、それの何が悪いんだよ!? えぇ!?」
「……うるさいよ。モテない僻みが心底伝わって気分が悪くなるから黙って」
「………………あ、はい。すいませんでした」
もはや意気消沈というより撃滅だ。オーバーキルされた気分だ。
これ以上の最悪は何もないという状態だ。そこまで俺が喋るのが嫌ですか、義妹よ。
「小月はモテないのか」
訂正。情報更新が想像以上に早かった。オーバーキルされて死亡判定出る前に必殺技出された気分だ。
もう外の寒さよりも俺の人生の寒さの方がより冷たい事が実感できたから、これ以上、言葉の暴力を振るうのを止めてくれ。一体俺がお前達に何をした。出されたメシを食ったり、物買ってやったりしただけだぞ。俺は何も悪くない。
「……あ、そうだ。シキ。ちょっと耳を貸して」
「ん? 何だ?」
俺が癒えない心の傷を負わされて吐血しかけている最中、義妹は何を思いついたのかシキを自分の傍に寄らせて耳打ちをした。
「なななな、にゃにゅを言ってるんだ秋音ぇ!?」
「……落ち着いて。そんなに大きな声だと聞こえちゃうよ」
「ッ!! 小月、一旦死ね!!」
「なにゆえっ!?」
心の傷だけでは物足りないとでも思ったのか、それとも心の傷に見合った身体的外傷を付けるべきだとでも判断したのか。
唐突に顔を赤くしたシキは、これまた唐突に蒼い炎を出し、さらに唐突にその炎にて俺の事を燃やしてきた。
簡単に言えば、唐突の死。
まあそんなものにも大分慣れてきた俺にとっては、三途の川が第二の故郷になり始めていた。
クリスマスは滅びろ。
もう一度言う。
クリスマスは滅びろ!