閑話 某国某所、某人物のため息
一章を書こうとプロットや設定を見直しているときにぱっと思いついた話です。
お話的には「異国からの風」と同じ日になっています。
それは一見、山だった。山は山でも紙製の山だったが。その部屋の主は一日の仕事をこなす為に扉を開いて、真っ先に視界に入ったのが〝それ〟だったのだ。
自然、頬が引き攣るのを感じる。デスクワークは初めてではないが、今日これ程の紙の束を目にするのは初めての経験だった。
「おはようございます」
敬礼しながら部屋の主を出迎えた彼女は彼の部下だった。いつも彼女が朝に最初の仕事を持ってくるのだが、今日はその例にもれて数人の人がいた。彼は彼らを知らないが彼らが何者かは知っている。
彼らはこの城で働く、いわゆる文官に属する人間達だ。この国に革命が起こって久しいが、まだまだかつての因習を全て断ち切れたわけでは無い。むしろ正常に機能している部分は残すべき、というこの国の長の声で名称自体は変えずに仕事の内容を多少変えるにおさめた。
その彼らがこの部屋に居る理由が分からず、彼は自分の部下に声をかけた。
「……おい、これは一体全体、どういうことだ?」
「どう、とおっしゃいますと?」
「この有り様はどういうことかと聞いている!」
そう言って彼は机に築かれた紙の山を指差す。恐ろしいことに紙の山はまだまだ増えているのだ。何で震えているか分からない指先を、そのまま己の部下に突き刺す。
「お前は俺を殺す気か!? こんな量、今まで見たことが無いぞ!!」
彼女は眉一つ動かさず、
「そう言われましても。今日これだけの量がある、ということは事実なのですしさっさと机に着かれた方がよろしいかと。まだこれだけと決まった訳ではないのですし」
「……何ぃッッ…………!!」
振り向くとそこには追加の紙束を持った文官の姿が。しかもまだまだ途切れそうになさそうな気配がある。
彼は事態の深刻さをようやく飲み込み、素早く席に座りさっそく一枚目の紙に目を通し始めた。彼女は主の姿に満足したようにうなずくと部屋を出た。
無論、まだ残っている陳情書や事業で利用される資料などを持ってくるためだった。
◆ ◆ ◆
「あーー、づがれだ……」
「お疲れ様です」
窓から射す夕日が眩しい……と、灰の様に真っ白に燃え尽きた主に彼女はそっと茶を差し出した。床や机の上に紙が散乱しているが、全て判が押されている。彼女は一枚一枚手に取ると一番上にある紙の内容を読んだ。
【城内の使用人等の現状改善について】
命題を読んでみれば一見真面目な内容に見えるがその先を読み進めてみれば、やれお昼のお菓子をもっといいものにしろだとかやれ仕事場でいい出会いがないだとか、不真面目な内容がつらつらと綴られている。
書類を捌いている上司も幾度か「ふざけんな!!」と紙を投げ飛ばした場面があった。まぁ最終的にこうして真面目に決済を下している所を見ると、この人は本当に真面目な人だ、と感心する。
勿論、真面目な書類も幾枚かあったから集中力を切らすようなことは無かったが。
部屋中にぶちまけられた書類を全て回収し、部下に持っていくように伝えていると後ろから声をかけられた。
「……で、誰の差し金だったんだ?」
「……気付かれてましたか」
気付かないわけがあるか、と彼は返して肘をついた上に頭を乗せた。
「どうせ妹とか、あいつとかだろう? 最近あいつらと仲いいもんな、お前」
お蔭でアイツに借りを作っちまった、とつぶやいた。
「彼なら、きちんと仕事を果たしてくれるでしょう。先の事件でも実力はあるように見受けられましたし」
「ほう、随分高く評価してるな……。まぁ、アイツとは長い付き合いだ、ちゃんとしてくれるだろ」
そう言って彼は机に置かれた茶をすすった。東方の茶で〝緑茶〟と言うそうだが、そんなものを飲む物好きは彼くらいである。
「そう言えば彼が行っている国は、騎士の原型が生まれた国でしたか」
「そうだな……。なぁ、あの国の国旗って、何であんなのだか知ってるか?」
突然の質問に驚きながらも正直に彼女は答えた。
「いえ……、その辺りは不勉強でして。何か理由があるのですか?」
「勿論だ――あの国がまだ戦争の真っ只中だった時にとある騎士が全てを終わらしたんだが、それは知ってるな?」
「ええ、その辺りは」
彼女は頷いて彼の言葉の続きを待つ。
「それでだ。その騎士が戦場で剣を抜く時、必ずその鳥がいたそうだ。だからあの国ではその鳥は勝負ごとの象徴だったり、勝利そのものの暗喩だったりする。ちなみにかの騎士の旗印にあやかったって話もある」
「……博識ですね。どこでそのようなことを?」
彼は肩を竦めて「成り行きさ」とはぐらかした。
「もしかしたらアイツも今頃、偶然出会わしてるかもしれないぜ……何せ、鷲はあの国じゃ珍しいもんじゃないからな」
そう言って、彼はシニカルな笑みをこぼした。
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『転生先のサーカス団は傭兵団!?』
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