異国からの風
今回は設定回です。旧作とは少し変えているので比べてみると面白いかもしれません。
異国の地。それは、齢いくつになっても胸をときめかせてやまない。旅行としてこの地を選んだのは成り行きだった。大恩ある人物から突然行ってみてはどうか、と言われたときはすわ何事かと身構えたものだったがどうやら唯の勘ぐり過ぎだったらしい。
久しぶりに羽の伸ばし甲斐がある暇だ――船に揺られて凝り固まった体を伸ばしてほぐしつつ、両手を頭上に上げて開放感を一杯に味わう。
ここには頭を悩ませる学問はないし、鬼のような教官もいなければ元気のあり過ぎる後輩もいない。
赤毛の少年――サックス・ミュラーはこの旅行がよいものになると確信して上機嫌で雑踏の中へと足を踏み入れて行った。
流石はこの国の台所と呼ばれているだけあって、見たことのない食品は勿論のこと、異国情緒に満ちた街並みは圧巻の一言に尽きる。行きかう人々も同じで、色々な国籍の人間が歩いているようだった。
「さっすが大国は違いますねぇ、と」
ぶらぶらと店を冷やかしながら回る。そこで、軽い人だかりができているのに気が付いた。ひょい、と覗いてみると男性の手の平には青色の石が一つ置いてあった。
ドーム状に整えられたその石は『魔玉』と呼ばれるものだ。大気中に含まれる魔素を吸収する性質を持つ鉱石であり、色や形も様々で――ちなみに、魔玉に加工される前の状態を魔石と呼ぶ。この状態だと不純物が多く含まれる為、魔素の変換効率が悪い――おおよそ全ての自然現象は魔素の反応によって引き起こされる。
例えば、火を起こすとする。もちろん人の手で物と物――木とかだ――を摩擦して火を起こすことは出来る。これは木の中に混ざった魔素同士が高速で擦りあわされ、熱を帯びて発火するという風に説明することが出来る。
しかし、この方法はかなり手間がかかる。正直言って非効率的だ。それに対して『魔素を吸収する』という特性を持つ魔玉を利用することで、人の手でするよりはるかに簡単に火を起こすことができるという訳だ。
魔素による魔法の組み方は特別製の回路に〝火を起こせ〟という命令をインプットすることで発動することが出来る。この画期的なシステムが利用されるようになってから、俗に魔玉文明と呼ばれている。
目の前で露店を開いている男はどうやら魔玉商人のようで、彼の口からはこれがどれ程使いやすく、また貴重なものかを滔々と語っていた。
しかし、サックスはその商人の掌にある魔玉に違和感を覚えた。あの魔玉が商人の説明の通りのものならば、自分の記憶とは少々違う部分があるのだが……。
記憶の引き出しを探っていると、人垣の中から一人の少年が出てきた。
そして彼は商人の持つ青石に指を向けて言い放った。
「それ、偽物ですよ」と。
◆ ◆ ◆
唖然。
その言葉が今の状況を表すのにピッタリな言葉ではないだろうか。少年に言葉で一時的に止まった空気は周囲の客の囁きで再び動き始めた。
「何……? アレ、偽物なの?」
「そうには見えないけど……」
「嘘、私さっき買っちゃったんだけど」
「でもあの子が本当のこと言ってるとは限らないしさぁ」
商人は嫌な空気を感じ取ったのか、慌てて説明をする。
「いえいえ! これはれっきとした本物ですよ! かの有名なバスクツール鉱山で採掘されたものでして……」
「いや、だってそれ、ソーダライトですよね? もし本当に貴方の言う通り鋼玉なら、六角柱になるはずですし……、加工が難しい鉱物ですからそれでも多角になるはず、なんですけど……」
声に力はないがはっきりと言った。どうやら少年はあまり気が強い性格では無さそうだが、こうして間違いを正そうとしている姿から他人を放っておけない優しい性格でもあるようだ。
しかし、世の中そんの人間ばかりではない。彼の言葉でより場の空気が悪くなったのを商人は機敏に感じとり、少年を突き飛ばすと全力で走り去った。
(詐欺師か!)
すぐ商人の正体に気が付いたサックスは全力で追いかける。しかし、周りに人が多いためか思うように進むことができない。
(魔法を使うか!? いやでも、周りの人を巻き込んだら危ない……!)
懐にしまってある物を使うか使うまいか悩んでいると、『アイン、やりなさい!!』という女性の声が聞こえた。
そのあまりに力強い声に思わず振り返る――周りの人も声の方を向いていた――と、先程の少年が魔具を取り出していた。中心に透明感のある赤い宝石がはめ込まれた魔具を手に、少年は呪文を唱える。
「勝利の鷲よ、飛べ!」
その瞬間、魔石が輝き大気の流れが変わる。彼の言葉で魔素が魔法へと変換され、炎が舞う。渦を巻く炎は勢いよく飛び出し、弧を描きながら逃げる商人を追った。
鷲を象った炎は翼を広げ、商人に襲いかかる。大きさだけでも大の大人を優に上回る大きさだ。商人はその迫力に足をもつれさせて盛大に転ぶ。
炎の鷲は高らかに勝利の声を上げると、役目は終えたとばかりすぅっと大気に溶けるように消えていった。その一連の場面を呆然と見つめていると、騒ぎを聞きつけた衛兵が人の波をかき分けながらこちらに来るのが見えた。
当然、そのニセ商人はすぐに取り押さえられることになり、不思議な少年の活躍によって哀れな男は敢え無くお縄に頂戴されることになった。
(あの少年は、いったい……)
衛兵に連れられて一緒に行ってしまった少年。その妙に博識な面といい、魔法の腕もなかなかのものであった。そんな彼に、サックスは興味を抱かずにはいられなかった。
知り合いからは『「悪い癖が出た」と呆れられるだろうな』と苦笑しつつ、彼は情報収集のため足を港の方へ向けたのだった。
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旧作もよろしくお願いします。※基本的に読まなくても分かる様に書くつもりですが、読めばより面白くなると思います。
『転生先のサーカス団は傭兵団!?』
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